第12話
「ヨシツネ……それはどうしてだ」
「過去のマスターのままなら恐らく刀がメインウェポンになると思うの。心器の中でもマスターが好んでいたのはヨシツネの物だったから……きっと解放すれば一気に強くなれるの。それにロングソードに対しても知見があるからアリスのように応用から学ばなくて済むの」
ヨシツネ……童話であったのだろうか。
それとも昔から語り継がれてきた話であれば童話として扱われるのか。……いや、いい。そんなのは本当に些事たる問題でしかないんだ。アリスの事を詳しくは知らないけど俺の事を強く思って進言している事は分かる。
なら、俺はそのアリスの気持ちに応えたい。
従魔として俺のために動きたいというのなら同じだけの熱量で接したいんだ。それが主として無くてはならない姿だろう。ただ……アリスの言葉には二つほど大きな不確定要素がある。
一つ目に刀と剣でそこまで大きく才能の差が分かれるのかという事。刀と剣では扱い方に大きな違いがあるのは知っている。でも、剣は大した事が無いくせに刀は最強クラスで扱えるとかは納得がいかないんだよな。そして、それ以前に……。
「強くはなりたいけど……ヨシツネを狙って解放するとなればどれだけ先になるんだろうな」
「恐らくアリスの次かと思われます。私の解放だけでは確信は持てませんでしたが……私に続いてアリスが来た時点で、解放順番はマスターが重宝していた順だと推測できるようになりました。その流れが間違っていないのであれば……」
「三番目に重宝していたヨシツネが解放される可能性が高い、と」
なるほど、この子達は過去の俺を知っているからこそ、その一流レベルの頭脳を持って思考を深めているんだ。戦闘の面からしても技術力は最上位に位置するような存在……よくよく考えればそれらを従えさせて、それでいて好きなように扱えるなんてイカれた話だな。
「剣の扱い方は教えるの。だけど、今のマスター相手だと確実に傷だらけにしてしまうからアリスはしたくないの」
「俺は別に」
「アリスが嫌なの! 傷だらけになって痛みを覚えている時間なんて少ない方が良いの! アリスは魔法は得意だけど回復系統は苦手だから……適任に基礎的な部分を教えて貰ってからの方が確実に上手くいくの」
それは従魔としての優しさみたいなものか。
俺個人としては痛みで学ぶからこそ、効率的に動けるって考えているから傷だらけになろうが何とも思わないが……まぁ、譲歩できる部分で意固地になる理由も無いだろう。
「分かったよ。それなら一週間以内にヨシツネを解放しないとな。そうしないとアリスに剣を教えてもらう時間が取れなくなってしまう」
「アリスは寝なくても大丈夫なの。だから、レベル上げの手伝いなら幾らでもできるの」
「はは、そうは言っても多少は休んでくれよ」
「マスターの近くにいれば休めるの。それに学園にいる時は外にも出られないだろうから寝る時間なら幾らでも取れるの」
メイジー曰く、俺に銃の適性はあるらしい。
それは教えてもらった時に過去にサブウェポンとして扱っていた事、近接においてもメイジーの心器で立ち回っていた事……全てにおいてアリスのような剣に対しての強い才能の否定はされていない。
最悪は過去のメインとサブを入れ替えればいいだけだと考えれば……そこまで大きな問題はないだろうな。二丁拳銃程度なら多少は戦えるだろうから危険となれば入れ替えればいい。なら……。
「これがアリスの心器か」
「……詳しく言えばアリスの心器の派生武器なの。アリスは近接戦が得意じゃないから……時間稼ぎができるように生み出しただけの武器なの」
「でも、剣術の技術力だけでもトップクラス……なんというか、俺の従魔って本当にすごい人しかいないんだね」
「マスターのおかげなの。マスターが暗闇の中から出してくれたから……アリスは頑張れるの。きっとマスター以外だったらアリスはここまで強くなれていなかったの」
うーん、元の俺ってどれだけすごい人だったんだよ。俺の持っている日本の知識って景気とかは微妙な代わりに他の国よりは治安が良い場所だからな。ああ、アレか……自殺しそうなくらい精神的に追い詰められていたところを俺が助けたとか。
いやいや、そんなのエロ漫画じゃあるまいし起こるわけないよな。それに心器の本を見て知っていたが彼女は吸血鬼、地球にはいない種族のはずだし色々な部分で納得できない事が多い。
「それなら、その分だけ助けてもらわないといけないね。今の俺にはアリスを救えるだけの力も無ければ記憶も無い。きっと、二人からすれば違和感の塊でしかない俺をマスターと認めたくはないかも」
「それはありません!」
「それはないの!」
おお、すごく顔が近いな。
俺としては嬉しい話だけど……その自信はどこから来るんだろうね。メイジーから魂が同じとは言われたが実感は無いからな。心器だって確かに同じだね程度の感覚でしかない。
「その気持ちが変わらない事を祈っているよ。どこまで行っても俺の能力は従魔達に頼り切った他力本願な力なんだ。それで従魔にゴマをすれるかと聞かれればできないからな」
「ゴマをすれば従魔に馬鹿にされてしまいますものね」
「それもあるけど甘い話で人を味方にし続けるのには限界があるっていう事が大きいかな。俺の従魔にいる代わりに何かを与えるなんて所詮は時間稼ぎにしかならない」
過去の俺なら二人に仕事の分だけの報酬は与えられただろう。でも、今は過去の俺が与えた物で二人の気持ちを繋ぎ止めているだけでしかない。ヨシツネの解放だったり、強くなりたい理由の一つがそれだ。
もし、反旗を翻されたらどうしよう……主従関係のおかげで唐突に刺される事は無いが、かなり緩い契約内容のせいで一方的に関係遮断が可能なんだよな。メイジーの時には気にしていなかったけど暇な時間(授業の間)に心器を見ていたおかげで思い出したし。
つまり、この関係性は二人が俺を慕っているからこそ、成り立っている信頼関係であって、少しでも見捨てられる何かがあれば俺は一人になってしまうって事だ。いや、酷かったら嬲り殺されて終わるだろうな。
「であれば、私を嫁に貰いましょう。その時点で私はマスターを確実に裏切らない忠臣へと姿を変えます。その際に私がマスターに全てを捧げると契約をしてしまえば裏切り行為を考える事さえできなくなりますから」
「……確かに最悪はそれも悪くないのかな」
「そうですよね。確かにマスターは私を家族のように思っていますから嫁に貰う気は……え、今、なんと言いましたか」
笑顔で、尚且つ驚いた顔をされてしまった。
そんなに過去の俺はメイジーを異性として見ていない発言をしていたのか。いや、それとも手が出せなくなるような理由でもあったのか。だけど、メイジーの提案って下手な主従関係よりも好感を持てるんだよな。
メイジーの言う契約とは従魔との関係の一つみたいなものだ。両者が合意のもとで、という前提で一種の縛りを与える事ができる召喚士ならではの能力の一つ。メイジーは婚約するという望みを、俺は裏切られないという安寧を得られる俺に少しのデメリットも無い最高の契約内容だ。
「メイジー、その考えは案外と良案なのかもしれない。もちろん、従魔側の気持ち次第ではあるけど昔よりも信用ができなくなった分だけ、近くで接する事ができる時間と言い訳が必要になる」
「な、なるほど……」
「メイジーが本気でその言葉を口にしているのなら婚約も辞す気は無い。特にメイジーは可愛くて優しいからな。そんな子を嫁にもらえるとなれば嫌な気持ちを抱く人はいないだろう。というか、そんな嬉しい話を断る理由が俺には無い」
この契約が成されればイリアのような表向きの関係を作る人と接触したとして、メイジーには説得するための言い訳の一つができるからな。嫁と有象無象のどちらの方が好みか分かるだろ、とかで納得はしてもらえるはず。つまり、メリットが多過ぎるって事だ。
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