第8話

 寮から出てすぐにあるバス停のような場所。

 アリスの時間管理もあって到着してすぐに路面電車のような物が来る。計八両からなる大きな電車だけど……これは階級によって乗れる車両が変わるから八両もあるだけだ。俺が転生したリヒトは身分もクラスも最低ランク、つまり最後方の小さな車両に乗らなければいけない。


 定員三十名程の広さに計五十名は乗る。

 そう考えると寮生活の人は割と幸せなのかもしれない。この電車はリヒトが通っていた学園が運営するものだし、寮前が最初の駅だからな。その分だけ席取りは命懸けになるけど……問題は無い。寮から乗る人は精々、二十名と少し。席に座る事はできる。


 それにこの車両に乗る人は自分と同じような立場の人しかいないんだ。先に座れてしまえば絡まれたとしても無視ができるし、殴られたところでギビルよりも圧倒的に弱い者ばかりだからな。居眠りしたフリをして不動を貫けば誰も俺に絡めなくなる。


 実際、何人もの上級生らしき人が絡んできていたけど無視していたら離れていった。二人で座れるような席なら奪おうとするのは分かるけど最低クラスの車両は全て横並びの椅子しかない。俺が立ったところで二、三人が座れるスペースは無いっての。


「おい、お前ら代われよ」


 そのせいで他の生徒が絡まれているけど……知らね。リヒトの友達なのかもしれないけど助けてやる道理も無いし、俺の精神はほぼほぼ亮太だ。それに仲裁に入って目立つのも面倒だし。


「なるほど……ここが……」


 寮から十五分程度で最終駅に到着した。

 背後から見える景色の先にあるのは家が百軒は建てられそうな広大な土地に佇む大きな学校だ。さすがは周囲の王国、帝国、聖王国、魔法国の四カ国の市民が通う最大級の学園だよ。小中高一貫校のような場所だから……普通の学校より閉鎖的な空間なのを除けば色々と学べて良いのかもしれない。


 この学園の……四年Fクラス、つまり最低クラスの落ちこぼれの一人がリヒトだったわけだ。まぁ、アレだけリヒトを虐めていたギビルも素行の悪さから同じクラスなわけだけど。だからこそ、リヒトからすれば憂鬱な生活だっただろうな。


 それは俺になった瞬間に話が変わるけど。

 まず、俺とリヒトの違いは上手く立ち回るために作戦があるかどうかだ。こんな最悪な空間にわざわざ出向いたのは寮から出ずに済むようにしたいのもあるが、一番は情報収集と将来の安定した生活を獲得するため。


 だが、学校に通うのは悪いがリスクも大きい。そこで一月先にある一学期の期末テストで、座学と実技の両方において学年上位五パーセント以内に入る。この中に入れれば授業を受け無くても良い特権が与えられるから……その分だけ見下してくる人と会わなくてよくなるだろう。


 五パーセント以内に入れば確実に目立ってしまうだろうけど……実技は強くないと点数が取れないわけではないからな。習った技術を自発的に行えるかを試されるだけ……それなら教科書さえ見れれば難しくはない。もっと言えば記憶の引き継ぎが完全に成されているせいで思い出すのも楽だし。


 アレだ、記憶の引き出しとかを気にせずとも好きに思い出せる……そんなチート能力が今の俺にはあるんだ。一つ心配なのはリヒトではなく俺が学んだ事も同様に引き出し抜きで思い出せるかどうかってところか。


 三つの家屋の左側、そこにある小学生館の三階層最奥、そこにある自身のクラスに静かに入って席に座る。誰かさんのせいでズタズタのボロボロになった教科書を軽く捲って中を眺めてみた。


 うん、読まずとも先の話が分かるな。

 ここまで来ると仮に突発的にテストを行われたとしても問題は無いだろう。少なくとも四年生の教科書は全て思い出せる。国語、数学、社会、魔法学、魔力学、体術学、剣術学、戦術学……この八つか。


 日本でもあった三つの教科は小学生二年生レベルだから問題は無い。社会も歴史をサラッと覚えていれば良いだけだし……魔法学や剣術学とかに比べれば何もしなくていいかな。


 残り五つはメイジーに聞けば多少はどうにかなるだろう。座学は問題無いが実技の方ができるか微妙過ぎる。リヒトの時よりもステータス面では強いとはいえ、魔法の才能とかはそのままだ。


 まぁ、剣術や体術は寮母から学べる部分も多いから心配はしていないが……メイジー、アリス以外の従魔も早く解放しないといけないな。元々、早急な解放は必要だったけど目標のために余計に求められるようになった。狙いは剣を扱う存在、メイジーの話であればヘンゼルとグレーテル辺りか。


 うーん、今更ながらメイジーとアリスって本当に信用していい存在なのだろうか。いや、考え過ぎなだけかもしれない。でも……もしも、俺の従魔が本来は俺の敵であった存在だとしたらどうすればいいんだ。


 今は偽の記憶に騙されて俺を愛してくれているだけ、もっと言えばメイジー以外の従魔が俺を好意的に思っているのかさえ、分かりはしない。皆は俺の記憶があったとしても、俺は皆の事を欠片も知らないからな。


 魔導書のページを捲ってみる。

 未だに破り捨てていないメイジーのページ、それと新しく仲間になったアリスのページもそのままだ。あの時は使えそうなページを適当に破っただけだからな。


 まぁ……破ったところで効果があったかは不明なわけだけど。だって、俺が破った二ページは上から下までみっちりと文字が書かれていた。でも、残っているメイジーのページは全て虫食いの白紙に近い状態だ。それはアリスにも言える。


 アリスも虫食いが無いのは二ページのみとなれば俺の記憶のせいか。ここのページが破れるようになった時には俺の記憶も取り戻せる……は楽観的に考え過ぎだよな。




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【不思議の国のアリス】

 白いゴスロリの服を着た少女。白兎を追ったところで不思議な世界へと迷い込む。白兎達に誤算があったとすれば彼女が普通の少女では無かった事だろう。

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 ふーん、なるほど、吸血鬼なんだな。

 メイジーの持っているスキルで使えそうだったのは身体強化と銃術、敵の位置が分かる固有スキルの生命探知か。他にも使えそうなスキルはあるけど俺は使えないみたいだし……そこら辺も虫食いの関係かね。


 対してアリスの場合は……黒魔法と吸血の二つ辺りだな。前者はリヒトの記憶があるから何も分からないわけではないけど……リスクが大きいし知識が豊富でも無いんだ。そこら辺は独学で覚えていくしかないか。


 まぁ、最初はメイジーからだな。

 メイジーの心器だって十全に扱えない状況でアリスの能力だって使えるようにする……のは、さすがに俺を信じ過ぎている。今のところは早く強くなる理由も無いのなら時間をかけていい。


 とはいえ……その強いのハードルは俺やメイジー、アリスの場合は確実に高いだろうけど。ここに来て思ったが俺より強い、細かく言えば俺が倒せないと踏んだ存在なんて十数人しかいない。メイジーが倒せないとなれば二、三人が関の山だ。




「———って事で、魔力というのはだな……はぁ、鐘が鳴ったか。じゃあ、今日の魔力学は終わりだ。勝手に昼休憩をとって午後の講義に備えろ」


 うん、やっぱり、座学は何も問題がない。

 リヒト自体が頭は良かったようだからな。虐められて教科書が無い状況でも上位二十パーセントに入れるような存在だ。基礎的な話で躓く部分は欠片も見当たらない。軽く流して聞いていただけでもすんなり覚えられた。


 それに午後一時までで四講義入っていたが誰かに絡まれる事も無かったな。教室の中にギビルとかもいたが睨んでくるだけで向かってくる様子も無い。リヒトの友人だった人達もギビル関連で来る様子が無いから安心して一人でいられる。


 昼休憩は四十分、食事をとるのもアリだが……それより先にしたい事があるから今日は抜きだ。ましてや、絡まれる危険性が高い空間に留まる理由も無いし。なら……そうだな、色々と確かめておきたい事もあるから図書室にでも行こう。

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