閑話 主のために(後篇)
「ハズレですか」
「……いや、そうだよ。素直な剣では躱されるのが目に見えているからな。だったら、無力化させた方が良いに決まっている」
「へぇ……これは良い存在を見つけました。その考え自体はかなり合理的で良いものだと思いますよ。ですが、私には無意味です」
「無意、味……」
笑顔で非常な現実を伝えてくる少女にダリーは心の底から畏怖した。全てにおいて自身よりも上の状態にいるからこそ、心の底から褒めて笑顔で事実を伝えてくる。
そんな化け物と戦うのは二度目だった。
冒険者を辞める理由になった先の戦い、それを思い出させるような、いや、その相手すらも超えるような化け物の中の化け物。果たして手負いになる前の段階で勝てただろうか……そこまで至って首を横に振る。
「何故か教えてもらっても?」
「私の得物は心器、言わば私の魂を具現化させたような武器ですから。この武器が壊れるという事は私の心も壊れるという事、その程度の得物で破壊できるわけもないでしょう」
「心器とは……なんだ」
「ええ、出すのすらも一種の才能と呼ばれる最強の武器ですよ。その人に一番に合った得物を出してくれる最高の武器です」
ダリーの持つ剣はそこまで価値が低いものではない。だが、彼女の言うような壊れない武器であれば勝てるわけもないものだった。ましてや、彼女自身の強さからして得物の価値が同程度だったとしても勝てる自信はダリーには無かった。だからこそ……。
「随分と……お喋りをしてくれるんだな」
「私は使えそうな存在には敬意を払いますよ。他にいた盗賊達はマスターの物である私に対して下卑た目を浮かべるだけでしたから。貴方は盗賊の仲間とはいえ、話をする程度ならば許せる相手と判断した迄です」
「なるほど……感謝するよ」
一番の修羅場は去った、ダリーは少女の表情を見てそう確信していた。現に少女は心器を地面に向けて軽く鼻歌を口にしている。その鼻歌は間違いなく少女が上機嫌だからこそ、出ているものだろう。
「色々と話の持っていき方を考えましたが面倒ですね。単刀直入に言わせて頂きます。貴方、私の主のために働きませんか。もちろん、拒否されたとしても働く事になりますが」
「それはどういう……」
「言わずとも分かるのではありませんか。私の仲間にはネクロマンサーと同じ事ができる存在がいるんですよ」
ネクロマンサー、その言葉を知っていた。
勇者のいた日本という国で呼ばれていた死霊術師の別名。つまり、目の前にいる少女が勇者達との関係がある事は明白だった。そんな存在と戦っていたという事実がダリーの心を昂らせ、そして恐怖を覚えさせる。……既に返答は決まっていた。
「なる。いや、ならせてくれ!」
「でしたら、契約をしましょう。後々、マスターに貴方の権利を渡せる状態にしておけば喜んで頂けますからね」
「ま、待ってくれ! なる前に一つだけ約束して欲しい事があるんだ!」
ダリーが焦ったのは権利を渡せるように、という言葉にだった。それは文字通りに取れば自身の全てを渡してしまうという事、別にダリーに少女達を裏切る気は無い。だが、全てを奪われるわけにはいかなかった。
「内容によります」
「一つ目に奴隷では無く従者として扱って欲しいんだ。二つ目に一定の生活における条件を整えて欲しい。そして最後に……俺を君達のような強者へと連れて行って欲しいという事、この三点だ」
別に一つ目と二つ目は最低限で良かった。
ダリーからすれば通って欲しかったのは最後の強者になりたいという強い願い。あの時のような屈辱的な敗北を二度と味合わないのであればゴミ溜めで生きる羽目になっても良かった。コレが最後のチャンスだと思ったから……それさえ通ればそれで……。
「一つ目は私のマスターの事です。きっと、お許しを頂けますよ。二つ目は条件次第で整える事を約束します。最後は私としても喜ばしい限りですね。貴方が努力をするのなら色々な実験もできそうですし」
「……それなら喜んでなろう。元から俺は強くなりたくて盗賊と手を組んでいたからな」
「分かりました。では……
マスターと呼ばれる存在については何も知らないダリーではあったが、少女が簡単に嘘を吐くようには思えはしなかった。ましてや、少女が単独で動きたいと思うような存在が恐怖だけで縛るようにも思えない。
全てが通るかもしれないのだ。
ダリーからすればこれ程までに喜ばしい事は無かった。こうして契約が整い少女の配下となった今、ダリーが最初にするべき事は一つだ。まずは少女に対して一切の敵対心が無い事を伝えなければいけない。そのためにできることは……。
「使えそうなものについて話します。ここの道の先の最深部には盗賊団が七年かけて集めた財宝があり、手前の横道の先には奴隷達がいます。中には剣の才能がある存在もいたため、鍛え方次第では高い価値があると忠言します」
「ええ、助かるわ。それらを全て回収してから奴隷達もマスター好みに変えておく……ねぇ、貴方にはその手伝いができるの」
「お任せ下さい! こう見えて剣の指南などは冒険者の時にしておりました!」
「なら、奴隷達の世話は任せるわ。言う事を聞かないのなら殴っても、殺してもいいわよ。マスターに刃向かうような存在は要らないもの」
アッサリと殺して良いと言う少女。
そこに勇者と同じような存在という過去の感想は抱けなかった。日本にいた存在は奴隷に対して強い忌避感を抱くと聞いていたのだ。だが、少女の内面に秘めたる残虐性はダリーの考えとは逸脱していた。
「さてと、本当にマスターのもとに帰れなくなりそうですね。ここら辺で……お遊びは終わりにしましょうか」
「何を……なされるのですか」
「ここにいる敵を全て殺して回収できそうなものは全て私達の拠点に持っていくの。そのためには人手が必要でしょう」
その顔にダリーは背筋を凍らせた。
形容し難い何か、その先にいたのは人とは別の間違いのない化け物。だからこそ、その時に感じたのは大きな安堵、まだ生きていられるという一つの目標のための事実。
「私の中の狼さん……アイツらを殺して」
少女はそんなダリーを無視して幾つもの狼を召喚して放った。いや、ただの狼ならまだいい。彼女が召喚したのは全て人狼と呼ばれるウルフ系統の魔族だった。その数は三十は超えるだろう。
果たして少女と戦っていたのではなく人狼達と戦っていたとすれば勝ち目はあっただろうか。答えは間違いなく、あるわけが無いだった。
「何だよ……はは、本当に勝てるわけが無いじゃねぇか……!」
その夜、一つの盗賊団が世界から滅ぼされた。
その時に十四人の人間が生きたまま拠点から出ている事は彼女達以外は誰も知らない。
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