閑話 主のために(前編)

「何だ! 何なんだ!」


 男は酷く困惑していた。

 それは自身の盗賊団が誰かに襲撃を受けていたからだ。そうやって攻めてきた冒険者達は過去にも多くいた。だが、そんな存在は入口の盗賊達に簡単に殺されており、今のように警鐘が鳴らされる事自体が起こった事の無い事件だったのだ。


 街に近いという最悪な立地。

 それでありながら敵を圧倒し、殺し続けてきたほどの実力を持ちながら、街には多くの協力者すら作った。築き上げてきた砂上の楼閣が唐突に崩れ始めている、それを楼閣の頂上に立っていた彼には目に見えて分かっていた。


「と、頭領!」

「どうした! 何があった!」

「一人の女に! 入口の近くにいた奴らが全員、殺されたんだ! 今だっ、て……!」

「ビ、ビル……?」


 その言葉にビルの応答は無かった。

 目の前にいたビルが頭領と呼ばれた男へと寄りかかり、徐々に体が下へと崩れ落ちていく。その後頭部にあったのは一つの大きな穴。そこからダラダラと地面に血が垂れていて……。




「二人とも撃ち抜いたつもりだったのですが……やはり、召喚したてで体が慣れていませんね」


 そんな小さな女性の声、洞窟の淡い松明の光が少しずつ彼女を照らしていく。赤い頭巾、そして赤いマントのような服は彼女が殺した盗賊達の血のようにも感じられた。そして、感じる大きな恐怖に抗うように頭領は叫んだ。


「だ、誰だ!」

「貴方には関係がありませんよ。これから死ぬ貴方には」

「こ、これから死ぬだと! ふざけるな!」


 頭領は剣を抜いて一気に少女と距離を詰めた。

 一見すると無謀にも思えるような行動ではあったが無策であったわけではない。そうしなければ直に恐怖で足が動かなくなっていた事、そして彼女が手に持つ得物は剣のような人を切るようなものでは無かった。


 だから、近接戦に望みを賭け詰めたが……。




「はぁ、暴れずにさっさと死んで欲しいのですけど。こんなところで時間をかけたくはないんですよ」

「止められた……?」

「止めるのは普通でしょう。まさか、この武器では止められないとでも思っていたのですか」


 全ての力を出して放った本気の振り。

 それを簡単に止められたのだ。それも相手の得物は短い『く』の字型の白い鉄の棒。滑らせたり、受け止めたりするには明確に難しい、もっと言えば簡単に切れてもおかしくは無い見た目をしている武器のはずなのに……。


「う、うわァァァっ!」

「早いですね。ですが、無意味です」

「死ね! 死ね! 死ねよ! なんで死なねぇんだよ!」


 縦、横、縦……できる限り手数を増やすために何度も剣を振るった。小さな武器、それを持つ手に少しでも傷をつけるために、あわよくば敵である少女を殺すために……だが、そのどれもが届かない。それどころか……。




「がッ……!」

「聞くに絶えない声ですね。そんなに振ったとしても心器は壊せませんよ」


 焦りから剣を横に振り切ってしまった事でできた一瞬の隙、そこを突かれて剣を蹴りで飛ばされてしまう。ただでさえ、一撃も与えられなかった中で得物さえも失った現状、頭領の精神を壊すには十分だった。


「あ、ああァァァッ!」

「はぁ……イヤなものを見ました」

「あ、ひっ……?」


 白いくの字の鉄の棒から放たれた六発の鉄の何か、最初は両手へと当たり、次に両足に当てられ、最後に心臓と頭へと当てられる。そのまま少女は息絶えた頭領とビルの遺体に手をかけて消滅させたかと思うと小さくため息を吐いた。


「惨たらしい殺し方だな」

「……どちら様でしょうか。いえ、ここにいる時点で盗賊なのは確実でしたね」

「ご名答、元Bランク冒険者の現傭兵、ダリーと言う。お前は?」


 低い感情の篭っていなさそうな声、その先にいたのは無精髭と白い短髪が特徴的な男だった。その風貌と威圧感に少女は小さく息を吐くと面倒臭そうに口を開く。


「名乗る必要は無いでしょう」

「ふむ、ならば、名も無きまま死ね!」


 剣を抜き少女目掛けて振るう。

 それに対して少女は冷や汗をかきながら躱し続けた。明らかに先程、戦った頭領とは別格の強さ。心器と呼ばれた得物でガードしない時点でダリーは嬉しそうに笑みを浮かべた。


「どうした! 威勢がいいのは口だけか!?」

「いえ、貴方の剣筋を見ていただけです」

「そうかい! お眼鏡にかなったようで何よりだよ!」


 そう言ってダリーは笑顔を見せ、再度剣を振るった。縦、横、横……その剣の流れは間違いなく高ランク冒険者だった事実をより際立たせ、遂に少女の得物でガードの体勢を取らせる。だが、その時に見せた一瞬の油断。


 高々、先程よりも剣を少し高く上げただけ。

 そこを突かれ剣を上に弾かれたかと思うとダリーの右肩に何かが当たる。そこからダラリと血が流れ始め、ダリーの表情が少しずつ苦痛なものへと変わり始めた。一秒にも満たない隙なはずなのに崩れた体勢から攻撃を当てて見せたのだ。それに何も感じないわけがない。


「……利き腕が使えないのに剣を振りますか」

「振らなきゃ死ぬだろうがッ!」

「左腕でその速度、少し侮り過ぎていたようですね」


 少女はフッと笑ってみせダリーを強く蹴った。

 そのまま大きく距離を取ったかと思うと頭巾を後方へとズラして顔を見せる。その顔は盗賊団を潰しに来たという割には幼く、そんな少女に圧倒されている自分にダリーは小さな苛立ちを覚えた。


「私の名前は赤ずきん、ここには私のマスターに献上できそうなものが多くあると考え来ました。加えて盗賊狩りによるレベル上げもかねています」

「それは……礼儀か?」

「ええ、貴方はただ殺すには惜しい存在だと思いましたので名乗らせて頂きました。そうですね……これからの貴方の行動次第では生かしてあげても良いですよ」

「……チッ!」


 お辞儀をした少女にダリーは剣を構え直した。

 赤ずきんと名乗った少女の言葉の真意がよく分かっているからだ。ただ生かすつもりはない、楽しませてくれれば少しは生かしてやってもよいという圧倒的強者からの慈悲の言葉……だからこそ、生きるために剣を振るった。


 ただ振るうだけでは勝ち目などない、それが分かっているからこそ、恥を忍んで蹴りや殴りすらも入れている。それこそ、貫かれて痛みから動きが遅い右腕さえも使って攻撃を絶やさない事に執着した。だが、そんな男に対して赤ずきんは笑顔を見せ蹴り飛ばして攻撃を止めさせる。


「なるほど、武器破壊を狙っているのですか」

「な……!」


 その言葉にダリーは驚嘆の表情を浮かべる。

 探られないように全身全霊を込めて攻撃を行っていたというのに……真意を簡単に見抜かれてしまっている現状。敵にバレている状態で策を続ける事の無意味さを理解しているからこそ、ダリーは小さな沈黙を続けた。

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