第6話
「ふぅん、それで帰れなかった、と」
「はい……本当にメイジーさんがいなかったら生きていなかったと思います」
「確かに……ギビルならやりかねないね。分かったよ、この事は私から学園に報告しておく。ただ助けてくれるとは」
寮に入るなり受付室に連れていかれた。
そこで帰りが遅くなった事を根掘り葉掘り聞かれたが……話した事は元から考えていた言い訳だ。ギビル達に連れて行かれて瀕死にまで追い込まれてしまった。そこを放浪者のメイジーにポーションを飲まされて助けられ、彼女の護衛のもとで帰ってきたといった感じ。それで、その恩から身寄りの無いメイジーを使用人として雇う事にしているって感じかな。
まぁ、多少は疑いたくもなるだろう。
でも、ギビルの本質を知っている寮母からすれば認めるしかないはずだ。現にリヒトが寮から出る時には寮母に一言も告げていない。いつも出る事を伝えているのに連行されたせいで……。
「いえ、アンさんが分かってくれていればそれでいいんです。学園の人達を信用なんてしていませんから」
「……すまないね。本当は助けてあげたいんだが一般の市民では」
「分かっていますよ。それにメイジーさんが俺の使用人として来てくれているので問題事も減ると思います」
この世界では市民の扱いは酷い。
奴隷、農民、市民、冒険者、商人、貴族、王族といった形で地位が変わっていて……一段階の変化だけで一気に下の者への扱いが悪くなるんだ。まぁ、冒険者はそのせいで商人と喧嘩したりしているようだけど。
もしも、ギビルに目を付けられたら……。
それは大人だろうと何をされるか分かったものではないんだ。だから、俺から、リヒトからも彼女を責める理由にはならないはずだ。悪いのはギビルのような貴族や貴族の子息であって寮母ではない。
「そうだね、放浪者は強くなかったらやっていけない。そんな人ならきっと守ってくれるよ」
「お任せ下さい。この身に変えてもリヒト君はお守りします」
「ふぅん……さては……なるほどねぇ」
メイジーの顔を見ただけで納得したような表情を見せたけど……アレか、メイジーが俺を好んでいる事が分かったのかな。まぁ、仮にバレたところで大した問題にもならないが……。
「メイジーといったかな。今度、一緒にリヒトについて話をしないかい」
「ええ、いいですよ。その時には横にリヒト君を置いて話しましょうか」
「ああ、面白いね。いいよ、やろう」
前言撤回、面倒事になりそうだから二人に誘われても絶対に行かないようにしよう。この二人は混ぜたら危険な存在だ。ああ、きっと、そうに違いない。
「自己紹介が遅れたね。私はアン、元Cランク冒険者だ」
「なるほど、だから、そんなにも強い自信があったのですね」
「ああ、アンタからは明確な強者の威圧感があったからね。下手に対応すれば舐められると思ったんだ。まぁ、蓋を開けてみればリヒトのためだったみたいだけど」
アンの言葉にメイジーは頬を赤くした。
まぁ、俺がアンさんはリヒトの味方だったと言ってもすぐには信じられないよな。俺の安心感はリヒトが抱いていたものを受け継いでいるからであって、彼女と話をした事もないメイジーからすれば分からない事のはすだ。
「メイジーは良い子ですよ。彼女のおかげで少しだけ戦えるようになりました」
「分かっているさ。今のリヒトは前のように弱くは無い。これは……本当に冒険者に推薦してもいいかもしれないね」
「ほ、本当ですか」
冒険者は冒険者の推薦が無ければなれない。
もしくは試験を受けるなどして力がある事を見せ付けたものだけが例外として認められるんだ。そしてリヒトはアンから戦いの指南を受けて、冒険者になる事を夢見ていた。それは彼自身が強くなってギビル達を見返すためだったのかもしれない。
だが、それは俺としても有り難い話だ。
俺は目立ちたくは無い。仮に力がある事を見せ付ける場合、他の奴らにも目を付けられてしまう可能性もあるんだ。だったら、危ない橋を渡らずに済むアンに頼る方が確実に良い。
「三日待ってくれ。それまでには二人分、書いておくから鍛錬に励んでおくんだね」
「分かりました!」
「それじゃあ……夕食でも食べてゆっくり休んでおきな。メイジーちゃんも疲れているだろうからね。ただ、くれぐれも公序良俗に反する行いはしないように。そういうのは私にしておきなさい」
「いやぁ……綺麗だとは思いますけど遠慮しておきますよ」
三十二歳で筋骨隆々、ただし、顔自体は美しいという意味で整っていて優しさも持つ。そこに家事や料理が上手いとなれば確実に引く手数多だと思うんだけどな。
「驚いた、こんなババアを綺麗とはね」
「綺麗ですよ。それはどれだけ歳を取ろうと変わりはしない事実です」
「……ババアを喜ばせるものじゃないよ!」
恥ずかしかったのか、部屋を出ていってしまったが夕食に出された定食の唐揚げがなぜか四つくらい多かったから恐らく嬉しかったらしい。本当の事を言うだけで得をするなんて良いね。明日からもいっぱい褒めておこう。
「はぁ……満足だよぉ……」
「本当にお疲れだったようですね」
「まぁ……さすがにね。記憶の無い俺からしたら色々な事が新鮮なものだからさ。やっぱり、精神的には疲れちゃうよ」
自室に戻ってすぐにベッドへと飛び込む。
ガキというなかれ、いや、十歳ならガキだと言われてもおかしくはないか。はぁ……本当に柔らかくて気持ちがいいなぁ。このまま寝てしまいたい程には気持ちがいいよ。でも、歯磨きとかもしなければいけないしで……。
「うぉ!」
「マスター……ご褒美です。今日は私を召喚してくれましたからね」
「あはは……ありがと」
「いえいえ、これが嫁としての仕事です。お疲れの旦那様をお嫁さんが癒し、お疲れのお嫁さんは旦那様が癒す。普通の事ですよ」
な、なるほど……つまり私も癒せ、と。
うーん……それなら尚更、こうやって膝枕をしてもらうのは良くないんじゃないか。少し顔を上げれば唇が合わさりそうな距離でさ、メイジーだって癒しも何もないだろ。
「でも、メイジーも疲れているだろ。それなら一緒に」
「良い御提案ですが私は今の方が癒されるんですよ。寝顔を間近で眺めてから近くで一緒に眠りにつく……駄目ですか」
「ううん、俺の世話なんかで癒されるのなら別に構わないよ。俺もメイジーに癒されて明日に備えたいからさ」
この太股の柔らかさ……これは人をダメにするソファならぬ、人をダメにするメイジーだ。確実に眠りにつけてしまう。……いや、ダメだダメだ。その前にやらないといけない事が俺にはある。
「でも、歯とかは磨かないといけないからさ」
「
「あ、そうですね。ゆっくりと寝させていただきます」
生活魔法の一つだっけか。
確かにそれをされてしまえば全てを汚れを消し去ってくれるわけだし……何も言えないよな。であれば、この柔らかさを堪能してから眠るだけ。おやすみ……なさい……。
「さてと、やっと、お休みになられましたね」
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