第八話

 女御が懐妊してから、半年が過ぎた。


 もう、季節は六月に入り、夏になっている。女御はもう後二月もしたら、お産という時期にあった。父君や母君も初孫とあり、楽しみの中にも心配も混じっている。女御は割と、華奢な体つきのために難産になりはしないか。それが心配の種ではあった。


 小宰相の君や周りの女房達も女御の扱いには気を使っていた。


「……ああ、暑いのう。わらわは夏は嫌いじゃ」


「女御様、でしたら。削り氷などいかがでしょう」


「良いの、削り氷なら食べるぞえ」


 女御は削り氷と聞いて、機嫌を直した。小宰相の君は女童めのわらわに言って、削り氷を作るように台盤所へ伝えに行かせる。それを見ていた女御は内心で思った。


(わらわは懐妊しているから、実家に帰れたが。いつでも、帰れるわけではない。後宮があんなに窮屈な場所とは知らなんだ。我ながら、考えが甘過ぎたの)


 衵扇を開いたり閉じたりする。苛々が募るが、そうも言ってられない。ジリジリと容赦なく照りつける日差しを睨みつけたのだった。


 また、一月が過ぎた。女御はもう臨月に入っている。お腹が大きくせり出して、立ったり座ったりするのも一苦労だ。寝返りもろくにできないから、夜も満足に休めないでいる。


「女御様、後もう少しの辛抱です」


「分かっておる、けど。早う赤子には出て来てほしいのじゃ」


「女御様……」


 小宰相の君は女御を見やる。最近は特に苛々している時が多くなった。二人して庭の前栽を黙って眺めた。


 父君と母君はお産の時を今か今かと待っていた。もう、女御が宿下がりしてから半年以上が過ぎている。季節は八月に入り、秋になっていた。


「殿、北の方様。女御様が産気づかれました!」


「何と、それは真か?」


「ええ、つい先程に!」


「分かった、わらわもそちらに行きます。殿、一旦失礼します」


「うむ、北の方。任せた」


「ええ」


 北の方もとい、母君は頷く。父君は見送ったのだった。


 母君は女御を生んだ時を思い出す。

 女御の時は難産であった。真夜中に産気づき、一晩中陣痛に苦しんだ。やっと、生まれた時には明け方近くになっていたか。我が娘にはあんな思いをさせたくない。ああ、神仏よ。女御をお守りくだされ。母君は内心で願った。


 女御が産気づいたのは夕方だ。思ったより、早い刻限で母君はやきもきした。周りの女房達にてきぱきと指示を出して自身でも動く。 

 祈祷僧や陰陽師などが忙しなく、動き回る気配がした。護摩焚きの煙やお経を唱える声が辺りに満ちる。母君はただ、女御や生まれ来る御子の無事を願う。

 刻一刻と時間は経つ。宵の口に入り、お産は佳境に入っているらしい。女房や産婆たちが女御に呼びかける声が母君にも届いた。母君は手を合わせたのだった。

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