第六話
楓姫は世間で、梨壺女御と呼ばれるようになった。
東宮様との仲も上手くいっている。実は、入内に当たって母君も同行していた。何かと、後宮では姫も気を使うだろうからと心配しての事だが。
姫もとい、女御は競う恋敵もいない中、ゆったりと構えていた。
「女御様、今日も手習いかや」
「だって、他にやる事がないのじゃ」
「ふう、周囲は早う御子をと望んでいる方も多いというのにのう」
母君は呆れて、ため息をつきながら言う。女御はお構いなしに歌を紙に書きつけた。
<指折りて経ちにし日とを数ふれば
君の訪ひ待ちにし事か>
そう、さらさらと綴る。意味は(指折りながら、経った日を数えたら。あの方の訪いを待って過ごしていることだ)となるか。女御なりに、過ぎた時間を思って詠んだのだが。
母君は傍らで見ながら、女御の心境の変化を思う。何が彼女を変えたのか。やはり、東宮様の方が高貴な方だ。そちらに惹かれたのか?
否、それはないだろう。女御は交野少将にあれだけ惹かれていたのだ。けど、自身が持ち出したからか。母君は考え続けるのだった。
入内してから、早くも二月が過ぎる。季節は十一月、晩秋になりつつあった。母君はもう慣れてきたろうからと一条大宮邸へと戻っていた。女御付きに小宰相の君がいたが。
彼女は乳母の君の娘で女御とは
「小宰相、わらわはもう里に帰りたくなった」
「あら、いかがなさいましたか?」
「わらわ、後宮でいるのが苦痛になってきた。毎日、同じ事の繰り返しではないかや」
小宰相の君は苦笑いした。女御はぎりと歯ぎしりをする。
「……周りが御子を望んでいるのは分かっておる、けど。わらわは入内してから、まだ二月じゃぞえ。そんなすぐにできる訳がなかろうが」
「女御様」
「小宰相、宮にはわらわが病で臥せっておるとでも伝えておくれ」
そう言って、女御は奥へと引っ込んでしまう。小宰相はやれやれと肩を竦めた。女御が人一倍、活発なのを忘れていた。そうでなくても、室内に押し込められて鬱憤が限界まで達していたようだ。女御は周りの期待の大きさにも嫌気が差してもいるようだし。小宰相の君は立ち上がり、東宮様付きの女房に伝えに行った。
夜になり、梨壺女御の元には東宮様のお渡りがあるはずだった。が、女御は具合が悪いからと臥せっている。仕方ないと東宮様はこの日のお渡りをやめた。
女御はしてやったりとほくそ笑んだ。いい加減、自由な実家に帰りたくなっていた。後宮ではいろんなしきたりがあり、滅多に部屋からも出られない。
「女御様、東宮様はお帰りになりました」
「……そうかや」
小宰相の君が言うと、女御は嬉しそうに言った。ちょっと、本当に病なのか疑わしい。それもそのはず、仮病なのは確かだった。小宰相の君は諦めて女御に何も言うまいと思うのだった。
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