第四話

 楓姫は交野少将と婚約する運びとなった。


 姫は嬉しくはあったが、少将が女人関係が派手な公達だと聞いてからは複雑な胸中だった。どうしたものやらと憂いがちにもなる。少将はまめに、文はくれていた。それを慰めにしながら、姫は日々を過ごすのだった。


 婚約してから、半年が経った。姫は既に十六歳になろうとしている。今のご時世ではおくれと言える歳になっていた。


「……姫、少将の君はいつになったら。求婚の文をくださるのじゃ」


「それはわらわにも分かりませぬ」


「そうかや、もう。婚約して半年は過ぎているのに」


 母君は気を揉んでいた。本来であれば、楓姫は今上様や東宮様にだって入内じゅだいできる身分であるというのに。ああ、勿体ないにも程がある。そう、内心では思っていたが。姫はそんな事もつゆ知らず、少将の事ばかりだ。


「姫や、少将の君は諦めて。東宮様へ入内の話を考えますか?」


「なっ、母上。わらわには無理というものです。東宮様に入内など!」


「言うてみただけじゃ、気にするでない」


 母君は苦笑いしながら、言うが。楓姫は気が気でない。東宮様に入内させられたら、自由も何もあったものではないではないか。そんなのは嫌だった。


「……わかりました、母上。わらわも本気になって考えてみます」


「何についてじゃ」


「婚姻について、です」


 姫が言うと、母君は驚きを隠せない。それはそうだろう。先程まで、少将や自身の事ばかりを気にしていたのだから。姫は真っ直ぐに母君を見ながら、告げた。


「いつも、どこかつれない人よりも。東宮様の方が良いやもしれませぬ。母上、父上にもそう話していただけませぬか?」


「まあ、あなたが真面目に考えてくれるのは嬉しいが。本当にいいのかや?」


「……そうですね、わらわは既に縁談があった姫という外聞が付きまとっています。東宮様や今上様はそれをお厭いになるかもしれませぬが」


 姫はそう言って、悲しげに笑う。母君はたまらなくなって姫の肩に腕を回した。気がついたら、母君に抱きしめられている。


「……姫、ほんにすまぬ。わらわが至らぬばかりに」


「母上、わらわも腹は括っております。東宮様に入内も視野に入れておきます故」


「わかった、わらわから父上に言っておく。交野少将の君よりは良いやもしれぬとな」


 母君は頷いて、姫から離れた。二人はその後も話し合った。


 母君もとい、北の方はまた父君もとい、左の大臣と相談する。


「……ふむ、姫が東宮様に入内したいと」


「ええ、どう致しましょう、殿」


「まあ、主上おかみにそれとなく申し上げてはみるが」


「わかりました、お願いします」


「うむ、任せておきなさい」


 左の大臣が頷くと、北の方はほっと胸を撫で下ろす。二人してまた、考えるのだった。

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