第二話

 楓姫は翌朝から、ぼんやりと過ごした。

 

 かの公達の事が頭から離れない。どうしたものやらと思う。朝餉を済ませ、また届いた文に目を通す。けれど、内容は入ってこない。これには母君がいち早く、気がついた。


「……姫、いかがした?」


「母上、何もありませぬ」


「何もというには見えぬ、昨夜になんぞありましたか?」


 母君が訊いたが、姫は曖昧に笑うばかりで答えない。女房達もやきもきした。姫に不埒者でも近づいたかと気が気でない。実際、当たっているのだが。


「姫、正直に言いなされ。昨夜、どなたかに会いましたか?」


「……会いました、とても麗しい方に」


「麗しい、それは。女人かや?それとも殿方か?」


 母君が詰め寄ると、姫は顔をみるみる赤らめる。


「ふむ、殿方じゃな。姫、その方はやめておきなされ」


「何故ですか?」


「姫は仮にも、左の大臣さのおとどの娘。そのような遊び人はふさわしくない」


 母君の言葉も最もだが。姫は信じられないとばかりに、顔をしかめた。


「ふさわしくないなど、どなたかもまだわからぬのに」


「だからこそです、姫。諦めなされ」


「嫌です、わらわはあの方が良い」


 姫は頑として聞き入れない。母君や女房達は、どうしたものやらと顔を見合わせた。母君は父君の大臣に相談せねばとため息をつくのだった。


 夕刻になり、左の大臣が帰ってくる。母君もとい、北の方は待ち構えて大臣を早速、中へと連れて行く。


「どうした、北の方」


「殿、ちょっと相談があります」


「相談?」


 大臣は不思議そうに、首を傾げた。北の方は困ったと言わんばかりにまた、ため息をつく。


「姫が昨夜に会った公達が相手でなければ、嫌だと言うのです。いくら言っても聞かなくて」


「……ふむ、昨夜にいらした公達か。確か、関白殿のご子息の交野少将かたののしょうしょうの君だったな」


「あら、交野少将様でしたか。なら、問題はありませぬな」


「まあ、な」


「殿、交野少将様に姫との縁談を打診できませぬか?」


 大臣はふむと腕を組んで、考え込む。北の方はあらと首を傾げた。


「殿?」


「いや、交野少将の君はああ見えてなかなかに女遊びに関しては派手な方。ちと、姫の今後が心配でな」


「んま、そうでございましたか。なら、どうしましょう」


 北の方はおろおろとしだす。大臣はどうしたものやらとため息をついた。


「仕方あるまい、少将の君に打診はしてみよう。が、断られる事も視野に入れておかねばな」


「はあ」


「どうなることやら」


 大臣や北の方は心配げに顔を見合わせた。親の心子知らずとはよく言ったものだった。


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