第37話 炎槍

 


 ――アトラが槍を構え対峙したとき、僕は確信した。


 彼はこのワーウルフ達より圧倒的に強い。


 神力のオーラが一際大きくなり、揺らめく。まるで空に浮かぶ月へと流れるように、天高く立ち昇る。


「行くぞ、旅人」


「うん」


 小さなダガーナイフを逆手に持ち、手前で交差させ構える。


 ダンジョンでの死の淵を幾度となくさ迷うような死闘の果て、手にいれた超人的反射神経と、冒険者時代に独学で会得した相手の視線や重心、構え、オーラの揺らぎや癖等、それらを読み取る観察眼......その全てが合わさり、今の僕は未来予知の如き予測ができる。



 ......。



 力で敗けを認めさせれば......圧倒的な力の差を見せつければ、この戦いをやめてくれる?


 いや......恐らくは、それでも彼は止まらない。


 でも、彼の想いを......どうにか。



「行くぞ」



 ――シッ――ヒュッッ!!!



 真っ直ぐに突き出された槍は、今まで見たどの槍使いの突きをも上回る神速。


 滑らかな突きは、まるで槍身が伸びてくるかのような錯覚に陥る。



 ギギャッ!



「!! 見切られた、俺の......突きを!!」


 ナイフで槍の側面を滑らすように軌道を反らし回避。その流れのまま、アトラの懐へと潜り込む......が、彼は膝を曲げそれを拒んだ。


 そのまま前蹴りを放ったが、僕は体をひねりアトラの側面へと侵入。


 ドガッ――!!!


 体を密着させ、回転の勢いを乗せた肘を彼の背中へと炸裂させた。


「がはっ!!」


 向き直り、互いに再び構える。


「ッ......やっぱり、お前、普通の旅人じゃねえな。 最初にお前を見たとき、お前は巧くオーラを隠していたが強者の匂いがした」


 アトラは僕を指差し、言った。


「そして今、オーラの揺らぎ、その隙の無さ、体術......その全てが俺の知る全ての強者を圧倒的に上回っている......く、あはははっ、化け物め!! マジでなんなんだよ、お前、すげーな! これで聖騎士でもなんでもねえんだから!」


 くくくっ、と好戦的に笑うアトラ。


 アトラの強さは、実力でいえばルビー。レートでいうならAといったところだろう。


 ダイヤにも隠れた実力者が埋もれていると言うが、彼もまた磨けば紅く光る鉱石だったのか。


 でも......だったら、まだ道はあるだろ。


「......もう、やめよう」


 話を、言葉を......分かりあえるはずだ。


「わかるだろ......君は僕には勝てない......」


 人間である彼が、これ程の強さを手にするには......恐ろしい程の想いや執念がなければ到達できない。恐らくは、大切だった愛する家族への想いがそれだ。


 想いが強ければ強いほど、オーラは強靭になる。


「そんなことは、わかってんだよ!! 止めたきゃ殺せ!! 息の根を止めれば止まる、それだけだろーが!!!」


 ――その時、彼の纏う青白い神力が槍に収束する。


「――深層に囚われし炎の精霊王よ、その怒れる炎で全てを焦がし焼き付けろ!!」


 辺りがジリジリと熱を帯始める。アトラの足元から煙があがり、槍が赤く光出す。


 ――詠唱......これは、符術!!槍に炎属性を符与する気か!!


 高等技術の符術を使えるなんて、聖騎士でも一部の、それこそルビーレベルで数人しかいないというのに......!!


 アトラの槍が獣の咆哮のような轟音と共に焔の大槍と化した。


 ......これは、間違いなくSレートクラス!! どうにか止めたいけど、このレベルの強さだと無傷で止めるのは難しい。


 いや、無傷どころか......彼は自身の命を燃やし尽くそうとしている。殺さずに倒すのも、こうなれば......もう難しいかもしれない。



 ――そうだ



 ......ここで、彼を殺さなければ村人にも被害が......いや、けど、彼だって被害者だ。なんとかしたい。



 ――いや



 まてよ......なぜこれ程の力がありながら村人はまだ全滅していない?


 アトラの力があればワーウルフを使わなくても村を丸ごと焼き払えたはずだ。


 彼の力なら、こんなに回りくどくい方法を使う必要もない、単純に力で......皆殺しにできたはず。



 ――やっぱり、アトラには......まだ、迷いがある......!



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