第36話 ゆらゆら (アトラ 視点)




 俺には愛する妻がいた。彼女は幼馴染みで、病弱だった。そんな彼女を守りたくて俺は聖騎士となることを決めた。


 聖騎士となるには己の体に『神力』を宿さねばならない。それは強力な力であり、それ故に命を落とすこともある。


 死亡率38%。しかし、俺は彼女を守れる力が欲しかった。聖騎士となれば騎士だった頃より安定した収入が見込めるし、なにより強さが手にはいる。


 その力で大切な人を守る。


 そして、地獄のような苦痛の果て、俺は神力を宿すことに成功し、聖騎士となることが出来た。


 やがて、そんな妻との間に二人の子供を授かった。


 男の子と、女の子。


 心の底から嬉しかった。最愛の妻との間に授かった二人は、何にかえても守り抜かなくてはと、心に誓った。


 三人の笑顔と、幸せな生活。しかし、それは長くは続かなかった。


「――そなたを神木主に命ずる」


 地方にある村への派遣が決まった。それは、家族との別離が決まったと同じで、神木主は名誉な事だとわかってはいたが、素直に喜べなかった。


「家族や親族は連れて行ってはならない、か......」


 理由としては守る対象は平等でなければならない、との事で家族や肉親を連れていけば万一魔物の襲撃が起こった場合、優先して守ろうとしてしまうからだという。


 俺は家族の側で家族を守る為に、この力を手にした。命がけで手にした......と言うのに、それは難しいようだ。


「なにいってるの、アトラ! 大丈夫だから、子供たちは私がいるから、安心して」


 妻は俺の心を見透かしていた。その不安をぬぐうようにいつもの笑顔をみせてくれた。


 けれど、やはり複雑だった......俺はこの子ら二人の成長を見ることは出来ない。


 神木主は十年は交代出来ない。出来てもまた他の町や村に派遣されるとも聞く。


 俺はなぜ、聖騎士になったのか?村での暮らしが数年経ったあたりで、もうわからなくなってきた。


 そして、それは起こった。


 家族のいる町が魔物によって襲撃された。情報によれば聖騎士が十数人投入されたとあり、襲撃の情報を聞いた時は手が震え、目眩がする程に動揺したが、なんとか耐えた。


 だ、大丈夫だ......強い聖騎士は多くいる、十人もいれば大概の魔物は討伐できるさ......大丈夫、大丈夫、大丈夫だ!


 ――そして、その後の知らせが来た。


 聖騎士の生存者は二名。


 町民も半数以上殺され、その殺された中には


 俺の家族三人の名前があった。


 現実味が無かったが、確かに現実だと認識していた。


 後に聞いた話だと、その戦いに投入された聖騎士は隊長の一名を除き、全てダイヤになりたての新人だったという。


 生き残った二名は劣勢と判断し、応援を呼びに戦場を出て生き延びることが出来た。


 そして後に判明した任務の内容。


 実は、その任務は実戦訓練とされ決行されたらしかった。なぜそれがわかったか?


 ワーウルフを討伐に現れた聖騎士、その中にそいつらがいたからだ。そして、彼らはまるで武勇伝のように、面白おかしく、あの日の惨劇を語っていた。


『いやあー、焦ったっすよあんとき! でもすぐに負けるって判断して逃げたから今、命ありますけどね? あれは逃げるが勝ちっすよ~、無理無理。 あはは』


『さっすがに、他人の命よか自分のが大切っつーか、訓練で死ぬとかありえないっしょ! 命、大事! ......ねえ、アトラさん? そー思いません?』


『......ああ、全くだ』


 話を聞いていくと、わかる事実。彼らは俺がその町の人間だと知らないようで色々と話してくれた。


 王政府は、小さな町一つに聖騎士を......人件費をかけたくなかったようで、それ故の訓練を兼ねた実戦。



 ――静かに、ゆっくりと心が軋み、割れた音がした。



 俺のこの命をかけ、血の滲む鍛練と、死線を潜り抜けた戦いは......全て愛する家族の為だったのに。


 ――信じていた......だが、裏切られた。


 やがて俺の焔は身を焦がし、村を焼こうと大きなモノへと成っていった。


 そして、ワーウルフの討伐任務が始まり、気がつけばワーウルフに襲われる聖騎士二人を見殺しにしていた。


 俺の家族を見殺しにした、二人を見殺しにする。絶望に染まる二人の表情を舐め回すようにみつめていたが、すっきりもせず......ましてや胸の奥にあるどす黒い何かが消えるわけではなかった。


 そして俺は残りの聖騎士、ダイヤ二人を殺した。


「......な、え!? おまえ、つええな......つーかなんで? この聖騎士仲間じゃねえの? なんで聖騎士のお前が殺すんだよ」


 臨戦態勢のまま、こちらを警戒しながら混乱するワーウルフ。彼らの問いかけに俺はこう答えた。


「......いや、仲間なんかじゃなかった。 こいつらは、敵だった」


 それから、死四天魔のアルフィルクというワーウルフ達の頭が現れた。やつは言った、人の世を掻き回したいという私たちと利害が一致している。


 我々とこの歪に出来上がった王国を崩してみないか、と。


 そして、俺はアルフィルクの手を取り、手始めに村を潰そうと目論んだ。


 村人の目を盗み、ワーウルフと通じて村へいれ人を拐わせる。


 そうしてじわりじわりと村を消耗させた甲斐もあって、あと一歩で俺はこの村から自由になれる。



 ――......これが終われば次は王都に出向き、そして





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