第9話 死を纏う風



「......久しぶりの空だ」


 降り注ぐ日光を手で遮り、天を仰ぐ。


 ダンジョンにも空はあったが、それは全て魔力で形成されたモノだった。しかし、今眼前に広がるのは正真正銘、本物の空。


 数年ぶりの空はやはり、とてつもない解放感がある。


「んーーーーっ」


 日光に全身を包まれ、伸びをする。


 僕は、ついにSSSランクのダンジョンから生きてかえってきた......誰一人、踏破したことのない最高難度のユグドラシルの迷宮から。



「服、どうしよう......この染みついた魔獣や魔族の血の臭いと色、洗っても落ちないだろうな......」



 着替えなどあるわけもなく、ダンジョン内ではずっと同じ服をきていた。


 再度訪れたダンジョンのB125で運良く僕の旅鞄がひとつ見つかったけど、着替えは入れてなかった。


 しかし全部ロキ達に持っていかれたと思っていたのに、なぜ鞄だけ置いてあったんだ......?


 まあ、とにかく、戦闘時もずっとこれ一着だったので、敵の返り血が染み込んでしまっていて、もはや赤ではなく全体的にどす黒くなっている。


 頭髪も、白い髪が血に染まり続けて、ほのかに紅く見える。はえかわるまでこのままでいるしかないだろう。


「......って言うか、ここはどこだ」


 辺りを見ると、僕らが入ったダンジョンの入り口じゃない事に気がついた。見覚えがない。


 振り返ると先程まであった出口も消えはじめていた。


 ......出口は自動的に消えるのか。成る程、またダンジョンへと侵入するには、最初に入ったあの入り口から入るしかないのか。


 とにかく、どこか村か町をさがさないとな。幸いダンジョン内でお金になりそうなモノを幾つか持ってこれた。


 換金所を探して、旅の資金をつくらなければ。


「......ん?」


 そんな事を考えていると、微かに鼻をつく何かの焼ける臭いを感じた。そちらへと顔をむけると、遠くで煙が空へと吸い込まれている。


「......火事? いや、違う......血と魔族の匂いがする」






 ◆◇◆◇◆





「まさか......」



 一人の鎧を纏った騎士が呟く。



 ――あたりには砕けた馬車の木片が散らばり、肉塊となった馬を魔獣がガツガツと喰っている。


 その側には女性が二人と男性が血塗れで倒れている。その外傷からして、もう絶命しているのは明らかだろう。


 馬車は魔族に奇襲をうけたらしく、そこから少し離れた所では鎧を身に纏った騎士二人が常人の二倍はあろうかという大型の魔族と対峙していた。


 その後ろには生き残りの奴隷だと思われる女性が一人。恐怖で体が震えている。


「いやあ、上物ばかりだねえ。 流石はドレイク奴隷商の商品だ。 美女と魔力の高いモノばかり......でも運ばれていたのはたった三人とは。 それは計算外だったねぇ」


「き、貴様......褐色の一本角とその大きな戦斧......B+レートの人狩りのバイガンか」


「そうだよ。 上の命令でねぇ、人をたくさん食べとかないといけないんだぁ」


 バイガンは竜人と呼ばれる魔族で、この近辺を縄張りに村や旅人を殺しそれを喰らっていた。


 国から報奨金がかけられる程の高レート魔族である。


「ふん、最近旅人や馬車をひく行商人が襲われることが多かったからな......ついに、王都を攻め落とす準備といったところか」


 バイガンはベロりと長い舌を出し、ひひっと嗤う。


「そうだよぉ。 魔王直属、死四天魔の一人であるあのお方は王都を攻め落とせって命令を頂いたらしくねぇ、その為の準備なのさぁ」


「べらべらと口の軽いやつめ、お前のようなバカな魔族がいるからこうして我々王国騎士団の聖騎士が護衛任務へつくことになったんだ......わかるか? お前は我々、聖騎士にここで駆逐される」


「ああ、そうだよねぇ。 今まで奴隷商の護衛に聖騎士が乗っていることはなかったしなぁ。 でも」


 ブンと言う音と共に、突風が騎士を襲った。それは魔族が戦斧を一振りし発生したもので、斧の重々しい見た目から想像もつかない程のスピードだった。


(......あ、あれによる攻撃は要注意だ。鎧で護られているとはいえ、まともに食らえば盾で受けたとしても致命的なダメージをくらうだろう。部下に注意を促さなければ)


「......おい、聞け。 今の戦斧の振りを見ただろう......あれを食らえばただではすまない......きをつけ、え?」



 横目で部下を見ると、そこには部下の下半身だけがたたずんでいた。



 ――ブシュウッ





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