第8話 そして地上へ



 古巣のパーティーには、今はもう何もない。強くなったからまた仲間にしてもらえるかもとか、また一緒に冒険がしたいとかは微塵も思わない。今あるのは、多少の憎しみと悔しさか。


 良いように利用して欠陥白魔導師とみるや、ダンジョンへ置き去り。


 人の命を簡単に奪うような人たちには未練も何もない。


 まあ、数年たって今更こられても向こうも困るだろうけど。


 それはいいとして、他に何かやり残した事なんて......そういえば、僕が死にたくなかった理由って......。



 しかし、もう一度問い直された事により僕はそれを思い出した。


「......お前にはおらぬのか、大切な人は」


 その一言で、これまでは生きることに必死で忘れてしまっていた彼女の記憶が蘇った。


 それは、冒険者パーティー、グンキノドンワへ買われる前、奴隷商の館でずっと一緒だった奴隷の女の子。


 名前はネネモア。


 彼女は僕と同じくらいの歳で、若い奴隷はそのふたりしかおらず、ネネと呼んでいた。


 だから遊び相手はずっと彼女だけで、奴隷になってからはずっと一緒にいた。


 ネネは赤毛の少女で、少し目尻が上がっており、目元のホクロが特徴的だった。


 彼女もノルンと同じで、将来美女になるんだなと思わさせる美しさで、おそらくそういう目的で飼われていたのだと今にして思う。


 なぜかいつもお姉さんぶる彼女は、奴隷商が機嫌悪く僕らを殴って発散する時には必ずかばってくれた。


 僕が泣きながら大丈夫?と聞くと彼女は決まってこう言った。「あなたは私がまもってあげる。 だからいつか、私が困った時に助けてね」明るく笑う彼女の笑顔が温かかった。


 いつか困った時、奴隷として売られる運命の僕がいつか彼女の困った時にかけつけて助けるだなんて出来るわけない。


 それは彼女もわかっているはずで、だからこそ僕はその優しさに心がみたされた。そして、その無償の愛情に救われていた。


 あの頃や冒険者時代では、無理だったこと。



 ――そうだ、今なら出来るかもしれない。



 彼女のもとへ行き、困っていたら助けてあげる。それが今の僕には出来る。


 この今の力があれば、彼女の助けになれるかもしれない。


「ノルン、僕......やり残したこと、あった」


「む?」


「外にでるよ」


「......そうか」


「ノルンも一緒に......」


「わしはここから出られんと言ったろう。 おまえも白魔導師なら、気がついているんじゃないか? わしのこの体はこのダンジョンのオーラでつくられたもの......肉体は遥か昔に滅んでおる。 今のわしは、いわゆるそのオーラの残滓のようなものだからな」


「......ごめん、ひどいこと言った」


 ノルンの言いたくないことを言わせてしまった。これまで注意して触れないようにしていたのに。


「よいわ。 まあ、たまに帰ってこいよ......寂しいし」


 口をとがらせ、子供のような拗ねかたをするノルン。


「うん、わかった。 全てが終わったら、また戻ってくるよ」


 こんな寂しそうな師匠を一人にはしておけないよな。それに僕もここが気に入っている。


 全てを終わらせて、必ずまた戻ってこよう。


「ほいじゃ、出口までごあんなーい! まあ、出るまでに最短二年とかかかるけどの」


 じゃあ、まだしばらくは一人にせずにすみそうだな。


「......うん、ありがとう。 お願いするよ」


 こうして僕は地上を目指し、ダンジョンを上がりはじめた。


 彼女に会うために。




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