第6話 羽化


 


「え、いや、まあ有りだけど......え、住むの? ここに?」


「じゃあしばらくここに居させてもらおうかな......」


「うそじゃろ、まじでいっとるの!? 地上に帰りたくないのおまえ?」


「うん、まじまじ。 食事とかはどうしているの?」


 驚きと戸惑いを張り付けた顔でこちらをみてくる。少女は僕が捨てられ行くあてのない奴隷だということも知らないからな。


「えぇ、んな軽くいわれても......まあ、いいか。 あー、えっと食事か。結論からいうとおまえに食事は必要ないぞ」


「え、僕、光合成とかできないし、綺麗な花も咲かせられないけど」


「いや植物と勘違いしとらんし。 さっきも言ったが、お前は世界樹の涙を飲んだことにより、このダンジョンに呪われ、魔力回路がリンクした......つまりこのダンジョンにある魔力が全ておまえに供給されとるのよ」


「......うん」


「故に物を食わずともおまえは死なぬよ。 全てそれで補っとる」


「え、なにその不老不死的なやつ」


「的なやつじゃないから、不老不死じゃから」


「ええっ!? ほ、本当に!?」


 魔力の供給だけで人は生きていられるのか......そこに驚きだ。


「まあ、厳密には首を落とされたりしたら死ぬから、不死ではないけど、限りなくそれに近いのう。 多少の傷ならすぐ治るし。 つーか、そんな事ここで暮らしとれば嫌でもわかるわ」


「どういう事?」


「ダンジョンを上がるにしてもここで暮らすにしても、強くなければいられんぞ。 でなければ、すぐさま何かの餌じゃ」


 ......そう、甘くはないか。


 でも、それでも人との関わりがない分、幾分は楽かな。


「......わかった、頑張るよ」


 うんうんと頷くノルン。彼女のいう強さとはどの程度なのかはわからない。


 けれど、少女が倒せるレベルであれば......。


「じゃ、基本的な事を教えるでな。 いくぞい」


「わ、わかった」




 ◆◇◆◇◆◇




 あれからはや約三ヶ月、ここでの暮らしはまったく楽ではなかった。



 結論からいえば、普通の子供だと思っていたこのノルンという少女は下層のSSレートの魔物をこえた化物だった。


 まさか、これまでに見た最強クラスの聖騎士や冒険者をもこえた体術と魔法の戦闘技術をその小さな体を通して目の当たりにする事になるとは......。


「か弱い少女が生活できているんだから、案外快適かも」という安直でふわっふわのあまあまな妄想を、ノルンにより跡形もなくぶっ壊されてしまったのだった。



 ――そして、そんな少女にも甘えていられる時期は過ぎ。ついにその時がきた。


「――さて、そろそろおまえも戦え」


 ビクッとからだが跳ねる。


「む、むむ、むりだよ」


「大丈夫じゃ、おまえはユグドラシルから流れ込む無限のオーラとそれを使ったヒールがある。 それに基本的な体術オーラ操作等の戦術は全て教え込んだ。 ......そう簡単には死なぬさ、そろそろ実戦やってみろ」


 確かにあらゆる戦闘技術は教え込まれた。大型、小型の魔物、人型の魔族とやりあう時の注意点や心得、それらの弱点。


 しかし、それでも......この恐怖心は、なかなか克服できるものではない。


 少女と魔物との戦闘を見続けてきて率直に思った事、それは......僕にはあんな動きはできない、だ。


 けど、失敗したら......もし、命に関わるような重傷を負って、一手ヒールが遅れてしまえば、僕は......。


「......で、でも、首を落とされたら死ぬんだよね? 僕、多分......あっという間に食い散らかされると思うんだけど」


 震える声がでた。が、ノルンはそれを気にもとめず、こちらを目をむける。


 それは、いつものような優しい目ではなく、冷たく突き放すような瞳だった。


「いやおまえ勘違いするなよ」


「え?」


「お前はここで生きるといった......ならやるしかないんじゃ。 やれ。 やらなければどの道、いずれ魔物にころされ死ぬぞ」


 前々から彼女は言っていた。強くなければ生き残れない。不老不死となった僕もそれは同じで、食事をとらずとも生きていけるとはいえ、僕らを狩ろうとする魔獣がいる以上、強さは必須なのだと。


 弱肉強食。強い者が生き、弱ければ喰われる。


 それに、いつまでもノルンに守られていていいのか?



「わ、わかった......やるよ」



「うむ、いいこじゃ」



 しかし、やはり、というべきか。当然、というべきか。


 一人立ちの魔獣との戦闘はもはや戦闘といえるものではなく、どちらかといえば一方的な拷問、食事、蹂躙。


 あの世が何度も頭をよぎり、しかしその度にノルンが助けてくれた。


 だが、不思議なことに、絶望的ではなかった。


 魔獣に挑む度に、だんだんと動きが読めるようになって来た気がするのだ。


 僅かだが、攻撃の癖やパターン、どう攻撃をさければ殺されにくいかわかるようになってきた。


 これはヒーラーをやっていたからか、僕は敵を観察する能力がずば抜けているらしい。


 ノルンは僕の事を強くなると評価してくれた。良い眼と吸収する力が高く、「そのうちわしを超える才だのう」とほめてくれた。


 彼女のその言葉が、とても嬉しかった。


 かつて僕はロキに期待をされ、応え、望んだものじゃないと捨てられ、そしてまた新たにノルンに期待をされた。


 打算や嘘を感じないノルンの言葉は、僕の背中を押し、気力と勇気をくれる。


 そこに対する、応えたいという思いこそが強さになるのだと、彼女の優しさと出会える事によって思えた。



 ――そして、僕は初めて、ひとりで魔物の命を奪うことに成功した。


 相手は一角兎、アークラビット。


 Sレート。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る