第3話 到達
――......ん
あ......
......あれ......ぼ、僕......
「......い、いきて......生きてる......?」
またしても、僕は生き延びていた。激流にのまれ、たどり着いたここがどこかはわからないが、命がある事にただただ、安心した。
そして僕はある事に気がつく。
「......あ......め、眼が......」
左目が見えない事に。
触れてみると、目玉が無い事に気がついた。痛みはないが、おそらく落下の際にぶつけて潰れたのだろう。
......これは、治せない。時間が経ちすぎているのもあるが、損傷したのが魔力の出入口、【魔力回路】のある眼なのが問題だ。魔術師の眼は僕にも治せない。
けど......あれだけ死にかけてまだ生きている。本当に......運が良い......いや、このダンジョンに捨て置かれた時点で運は無いのか。
「......これは」
流されてきたであろう、川の終着点。小さな泉の真ん中にある陸地に僕はいた。
「......光る......水......?」
泉の水は黄金に静かに輝いていた。
どこなんだ......ここは?
下へと流されたはずだけど......ここはどの階層だ?
景色的にB125かもしれないけどもしかしたら川に流されてもっと下層へ運ばれているかも。
現在地がわからない。
本格的に迷宮に迷いこみ、考えれば考えるほど絶望が心を蝕む。
もういっそ死んでしまったら......この恐怖と苦痛からも解放されて楽なのかもしれない、そんな想いが頭をよぎる。
あれだけ死を恐れ、死にたくないと必死だったのが不思議なくらい......
魔物に喰われるくらいなら、空腹に寂しさと悲しみに苦しむくらいなら、このダガーで。
――ああ、まるで鎖に縛られたかのように自由の無い人生だったな。
「おい、お前」
そう命を諦めかけた時、どこからともなく幼女の声がきこえた。疲労もピークに達しているであろう今、何が聞こえたとしても不思議ではなく。
幻聴か。と、思いきや幻覚までみえはじめた。
木にもたれかかって動けない僕。したから顔を覗きこむように座る可愛らしい少女。不思議そうに少し首をかしげてこれまた可愛らしい。
「はは、ずいぶん可愛らしい幻覚だ」
「誰が幻覚じゃ。 わしは幻でもなんでもないぞ......頭大丈夫か?」
「え?」
「可愛いと言うのは本当の事ではあるがな、ふふん」
目の前に現れた少女は得意気に鼻をならす。
......幻覚じゃない?え、え?
白く柔らかい頬をふにふにとつまんでみる。
「ほ、本物だ......!」
「いや、本物だけども」
半目で睨み付けてくる幼女。僕が彼女の頬を伸ばしているせいでちょっとおまぬけな顔になっている。
「ぷっ......くくく」
思わず笑ってしまう。
「おまえ、それが初対面の女にする事か。 失礼極まっとるな......つーか、なに笑っとるんじゃい!」
「ご、ごめん。 でも君は誰なの? どうしてここに?」
「どうしてって、ここはわしの庭じゃし。 人が降りてきたときいて来てみたのよ。 まさか人間だったとはのう......しかもおまえ」
じろじろと僕をみる幼女。なんだろう、あらためてみると幼女というには雰囲気が大人っぽいな。なんというか動きの所作が。
それに腰まで伸びた髪は、とても綺麗な青みがかった黒色で、大きく深みのある彼女の瞳は、みつめていれば吸い込まれ魅了されそうな力があるように感じる。
まあ、つまり将来はとてつもない美女になること間違いなしの美しい幼女なのだ。......うん、将来が楽しみになるな。
って、なに考えてんだ僕は......本当にまいっているな。けど、このダンジョンにもまだ人がいたのか。
ん、あれ......ってことは、もしかして上層に近いのか......!?
「あ、あの、君はここにどうやってきたの!? ほ、他に誰か居ないの!? それと、ここが何層かわかるのかな!?」
「おあっ!?」
前のめりになり、あやうくヘッドバッドをかましそうになる。危ない危ない。
「お、おちつけよ。 さっきまでそのままくたばりそうだったのに急に元気になりおって! びっくりしたぁ......」
帰れるかもしれない、微かに射した光明に枯れた希望が復活する。
そりゃ元気にもなるよ、もしかしたら帰れるかもしれないんだから!
「えーと、ここの階層か......」
「うんうん!」
B100?B80?......もしかして、奇跡的に出口付近だったりして!?
もくもくと期待を膨らましていく僕。
しかし、返ってきた返答は聞きたかったそれとは正反対のそれだった。
「ここは200階層。 最下層じゃよ」
「......へ?」
一瞬、言われた意味が理解できなかった。
別の意味で奇跡が起こっていた。
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