第2話 死に物狂い



 彼らがテレポストーンを使用し、姿を消してからおおよそ一時間たった頃。


 少しずつヒールで失った魔力が回復し、動けるまでになった。


 そして、僕に逃げ場がなくなった事を告げるようにリーダーの張っていた魔物よけの結界がゆっくりと光子状になり、霧散し消滅する。


「......こ、ここにいればいずれ魔物に見つかり殺される......少しでも......僅かでも、生き延びれそうな場所をさがさないと......」


 現実逃避をしようとする自分へと言い聞かせる。まだ、死ねないと。


 そして僕は覚悟を決め、行動を開始した。


 このダンジョンは1フロアあたりが異様に広く、途中まではオーソドックスなダンジョンではあったが、今僕が取り残されているこの階層はまるで外のように空があり木々が生い茂っていた。


 ――B125。


 この階層へ侵入した途端、入り口は忽然と消え、戻ることが出来なくなった。


 そして更に恐ろしいのが、このフロアに徘徊する魔物は一目見ただけでもその危険度がわかるような強靭な魔力を纏っていて、最低でもSレート、高ければSSレートにも上りそうなレベルだった事だ。


 これは国で最高レベルの冒険者パーティーや王国騎士軍ですら、倒すことが困難な危険度である。



「......僕達なら、Sレートでもなんとかなると......思ってた......けど、これは......」



 実際にそれを目の当たりにすると、その考えがいかに浅はかであったのか理解できた。


 しかしながら、僕がいたパーティーは冒険者ギルドの中でも、戦闘力の高いことで有名で、ロキが言っていたように魔王を倒す命を受けたパーティー、グンキノドンワのメンバーは名のあるものばかりだ。


 戦闘力、統率力、魔法、全てにおいて高いレベルで使いこなせ、王国騎士軍の面々にも一目おかれるリーダーのロキ。


 盾役でありながらその大柄な体躯とその筋力から生み出されるパワーで味方を守りながらの攻撃を可能にする、大剣使いの戦士スグレンスト。


 長剣の二刀流で王都の剣術大会でも優勝したこともあり、更には剣の腕もさることながら魔術により雷と風を付与し攻撃力をあげる事もできる付与術士としての顔もあわせ持つ、女剣聖のヒメノ。


 古の魔女の血をひくとされ、生まれながらの黒魔導師。その魔法の威力はドラゴンの放つ咆哮を凌ぎ、一人でB+ランクの魔獣を倒すことも可能な、魔女のフェイル。


 そうそうたる顔ぶれが集まる冒険者パーティー【グンキノドンワ】は、多くが在籍するギルドの冒険者パーティーのなかでも三組しか存在しない、『Aランク』である。


 そんな圧倒的強者たる彼らが一目みただけで勝てないと判断した魔物達がこのフロアにはごろごろと存在していた。


 やつらに見つかれば殺される。間違いなく、一瞬にして。


 けれど、いつまでもこんなところをうろついている訳にもいかない......ダンジョンを脱出とまではいかずとも、せめてここよりも安全な一つ上のフロアへ上がらなければ。


 大丈夫だ、魔力がある今なら一度だけであれば......重傷でも僕はヒールで治せる。......まあ、その直後、動けなくなってしまうけど。



 しかし、立ち止まっていても時間が過ぎるだけで助けがくるわけもない。無理矢理に恐怖心を噛み殺し、震える足を一歩一歩と前に出して歩きはじめたのだった。






 ――あれからどのくらいの時間がたったのかわからない。半日過ぎたような気もするし、まだ数時間しかたっていない気もする。



「......つかれた......もう......歩きたくない」



 ――ただ一つ確かな事はまだ奇跡的に生きているということ。



「でも、まだ......死んでない......僕はまだ生きている......」



 ここまでに遭遇した魔物に殺されかけること二回。奇跡的にも僕はこの魔物だらけの階層で、たった二回しか魔物に遭遇する事がなかった。


 しかし、そのいずれも死と紙一重。


 一度目は額に角の生えた小さな兎型の魔獣だった。兎は旅路で捕まえ食べた事もあったので、あまりの空腹にもしかすると食べられるかもと、捕らえて食料にしようと試みた。


 しかしそれはかなわなかった。その愛らしい見た目とは正反対に、兎は好戦的な魔獣だったらしく、小刻みにいれるフェイントで僕を翻弄した後、額の角で綺麗にひとつきにされた。


 その角は正確に心臓を貫いていて、刺されたことによる痛みと出血により意識がとびかけた。が、無理矢理角を抜き、ギリギリヒールで突き破られた心臓と胸を復活させた。


 すぐに魔力が枯渇し動けなくなり死を覚悟したが、兎は興味を失ったのか何処かへ消えていった。


 二度目は大きなトカゲのような魔獣。出くわすやいなや、一瞬で肩から先を食われ戦闘不能にされた。


 想像を絶する痛みにうずくまり死を覚悟したが、その瞬間他の魔獣が乱入してきて、また運良く生き延びれた。




 ――そして



「......な、い、いつ......」




 ――今、三度目の魔物との遭遇。



 巨大な四足歩行の亀が後ろをつけてきていた。気配が無く、それは突然姿を現した。


 だが、その大きさ的にもここまで接近されていて、気がつかないというのは有り得ない。


「......何かしらの、能力か......?」


 考えてる暇は無い。


「......こいつ......しとめられるタイミングをみていたのか......!」


 自分が崖に行き当たっていた事に気がつく。逃げ場の無いこのタイミングだからこそこの大亀は姿を現したのだろう。



「......」



 大亀の脇を抜けようかと考えるが、ここまでに遭遇したどの魔物よりも禍々しいオーラに、死を予感させられた。



 ......無理だ、逃げられない。



 多分、レートSS-くらいか......?


 もう、仕方ない......この魔物を相手にするくらいなら――



 僕は自ら下の川へ飛んだ。



 ――僕は、まだ!死にたくない!!



 目測で約二十メートルの高さだったが、大亀の魔物を相手にするよりは飛び降りた方が生存率は高いと考え、身を投げた。


 良くも悪くも、大亀の放つ殺気に飛び降りの恐怖心が消され、自分でも驚くほどすんなりと飛べた。



 そして



 ――ズダアアアアンンンッッッッ!!!!




 全身が水面に叩きつけられた衝撃で、僕の体と意識は水流へとのまれた――




 ゴボッ......ボコッ......






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