第13話 適切に焼けば旨くなるチキン

羊の見張り番をしているブラントとハーランドはヒマを潰すために会話をしている。


「そうだ。ブラントさん。俺、また新しい魔法を使ったんですよ」


「新しい魔法。例の修飾魔法か。一体、どんな魔法を使ったんだ?」


「肩こり腰痛等に効く命中すると気持ちが良い微弱なサンダーですね」


 得意気に話すハーランドを見ていて、ブラントは噴き出してしまった。


「あはは、それはすごい魔法だね。そうか、なにも戦闘に役立つ魔法ばかりじゃないのか」


 ハーランドの発想力の凄さを感じ、ブラントは改めてハーランドの評価が上がった。


「ブラントさんはこの魔法を受けてみたいですか?」


 ブラントは、ハーランドの提案をを笑い飛ばした。


「ははは。流石にオレはまだそこまで歳じゃないよ。肩こりも腰痛もまだ味わったことがないからね」


「そうなんですか。そういえば、父さんは腰痛で悩んでいた時期があったなあ」


 今は一緒に暮らしていない父親に思いをはせながら夜空を見上げ、ハーランドはため息をついた。


「父さん今頃何しているんだろうか……流石にこの時間じゃ寝ているか。父さんは夜は早めに寝るし」


「ハーランド君は寝なくても平気なのか?」


「意外と俺って睡眠時間短いんですよね。だから、ある意味ではこの仕事は向いているのかもしれません」


「そっか。まあ、眠れる時に眠っておかないといざって時に力は出ないからね。常に万全の状態を整えるのも冒険者として生き残るために必要なことだ」


「はい。肝に銘じておきます」


 そういう会話をしながら、ハーランドとブラントは羊の見張りを終えた。明け方、レイチェルにバトンタッチする時にハーランドとブラントは控室で仮眠を取り、昼前に起きて下山した。


「それじゃあ、ハーランド君。また今夜仕事で会おう」


「はい!」


 羊の見張り番や山菜取りの護衛。それらの仕事を経て、ある程度の金がたまっているハーランドは、街を出歩くことにした。


 せっかく自分が生まれ育った街でないところに来たのだから、その街を楽しまなければ損である。まずは街の名物を食べてみようと昼食を食べられる食堂を探していたところ――


「ちょっと、そこの恰好良いお兄さん」


 フリフリのスカートが特徴的な脇い女性にハーランドが呼び止められた。


「1000年に1度の奇跡の格好良さを持つ俺のことですか?」


「いや。そこまでは言ってないけれど、ちょっとウチでマッサージを受けていきませんか?」


 ハーランドは女性がもっているビラを受け取った。『リラクゼーション ジャスミン』という店名で男性を対象にしたマッサージ店らしい。女性スタッフの似顔絵が描かれていてどれも美人揃いである。


「ふーん……」


「どうですか? 日々の疲れを当店でスッキリしていきませんか?」


 ニコニコと語りかける呼び込みの女性だが、ハーランドは首を横に振った。


「ちょっと高いかな。それに俺は別に疲れていないし」


「いえいえ、自分では疲れてないと思っていても、意外と疲れがたまっているものですよ? この辺とか」


 女性はハーランドの鎖骨の下辺りを指でそっと撫でる。しかし、ハーランドはその手を払いのけた。


「痛っ……」


「ちょっと、なにしているんですか! 人の体に断りもいれずに触るなんて失礼じゃないですか!」


「あ、ご、ごめんなさい」


 ハーランドは女性に注意してそのまま、街をブラブラと歩いていた。そこで良さげな食堂を見つけたので入ってみることにした。


「すみません。ここってニワトリ同伴で大丈夫ですか?」


「いや……ニワトリはちょっと厳しいね」


「そうですか。それじゃあ、ケンティー、アッキー。お前たちは適当に外で遊んでおいで。悪い人に捕まるんじゃないぞ」


「コケー!」


「クックルドゥドゥ!」


 連れているニワトリを外に離して、ハーランドは食堂の席についた。


「いらっしゃい。当店オススメのメニューはチキン定食だよ」


 ニワトリを連れていたハーランドに対してチキン定食を勧める定食屋のオヤジ。ハーランドはそれにうなずく。


「じゃあ、それでお願いします」


 元々はシメるつもりで、ケンティーとアッキーを渡されたハーランド。そこにチキンが食べられないというセンチメンタルな心はなかった。


 定食が来るまでの間、ハーランドが席についていると、向かいの席のテーブルについている2人組の男性が話していた。


「なあ、あのマッサージ店、なんか変じゃなかったか?」


「いや? 別に変な感じは一切なかったけど?」


「……そうか?」


 2人組の男性が会話をしている。顔がかっこいい方の男性はマッサージ店が変だと言っているのに、残念ながらそうではない男性の方は全く疑問に思っていない。


「うーん……なんかリンパがどうのこうの言って変なところ触ってこなかったか?」


「あはは、変なところってどこだよ」


「いや、なんでもない。忘れてくれ」


 男性たちの会話に聞き耳を立てていると、チキン定食ができあがり、定食屋のオヤジが持ってきた。


「へい、お待ち」


「はい。ありがとうございます。いただきます」


 こんがりと焼かれて表面の皮がパリっとしているチキン。それをナイフで切り、口に含む。歯で噛むと中の肉汁がぶわっと広がり、肉のうまみとこんがりと焼けた肉の良いにおいが口と鼻孔に食の喜びを伝えて来る。


「お、おお! なんだこの旨さ! こんな旨いチキン食べたことがない。たとえ、砂漠にさまよい一滴でも水が欲しい、そんな喉がからからな時でもこの肉汁を飲みたいくらいに旨い!」


 そんなわけない。砂漠で一滴の水が欲しいときは普通の水を飲めばいい。


「ごちそうさん!」


「あいよ!」


 先ほどマッサージ店がおかしいと言っていた男性たちが帰った。そのテーブルの上にはくしゃくしゃになった紙があった。視力が良いハーランドにはその文字が見えた。『リラクゼーション ジャスミン』。


「ふーん、あのマッセージ店がおかしいねえ……」


 マッサージ店がおかしいと言われてなんとなく興味がわいたハーランド……ではあるが、本当になんとなくの好奇心のレベルであった。特になにか行動を起こそうなんて思わずに、会計を済ませて店を出るハーランド。


「コケー!」


「クックルドゥドゥ」


「おー。ケンティー、アッキー。よく待っててくれたな」


 ハーランドはこのニワトリたちを見ながら、先ほどの旨かったチキン定食を思い出す。このニワトリたちもシメてきちんと調理すればあれくらいの料理に変身する。


「生物って不思議だなあ」


「コケ?」


 元は命だったものをいただき、生命の神秘を感じたハーランドは街をブラブラとアテもなく歩くことにした。


「うーん……」


 ハーランドは町中でなにか地図を見ながら唸っているゾーイを見つけた。


「あ、ゾーイ!」


「おお、ハーランドか」


「今日はレイチェルさんのところの仕事はいかないんですか?」


「ああ。あそこの仕事は基本的に交代制だからな。今日のウチ休みだ……と言っても、お父さんの仕事の手伝いをしているけどね」


「お父さんの仕事?」


「うん。ウチのお父さんは憲兵なんだ。なんでも最近この辺に違法に営業されている大人の店があるって話だ」


「へー。そんなものがあるんだねえ」


「ハーランド。君も男性だからそういうところに行くなとは言わないが、きちんと正規の手続きをしている店にしときな。違法に営業されている店は色々とトラブルに巻き込まれるからな」


「ふーん、違法と合法の境目ってなにかあるの?」


「そうだねー。まあ、色々と違いはあるけれど今回のケースだと……マッサージ店だと偽ってそういう行為に及ぶみたいな感じかな。そういう行為自体は違法ではないが、それだったらきちんと明記する必要がある。でも、その店はしてないみらいなんだ。なにか心当たりはないか?」


「心当たり……? ないな」


 ハーランド21歳。彼は鈍感である。

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