第12話 初級魔法しか使えない主人公は最強説

 今日もブラントがハーランドの魔法の練習を見てくれることになった。


「ハーランド君。今日は、属性変化を練習してみようか。君は初級の魔法しか使えないかもしれないけど、もしかしたら属性の変化はできるかもしれない」


「はい! お願いします!」


 魔法使いにはそれぞれ自分が持っている属性がある。何も考えずに適当に自分の魔法のエネルギーを放つことで出て来る属性がその人物の元素属性と呼ばれる。ハーランドの場合は雷属性。ブラントは風属性である。


「それじゃあ、まずはオレと同じ風属性を練習してみよう。ウィンド!」


 ブラントの指先から風が発生する。ハーランドの顔にめがけて撃たれて、彼の銀の前髪が吹かれて後ろになびく。


「お、おお」


「今のは威力を抑えている。本気出せば人間1人を吹き飛ばすくらいの威力は出せる」


「そんな威力を出せるんですか!」


 ハーランドは両目を見開いて目を輝かせた。初級魔法でその威力。もし、それを習得できればハーランドにとって大きな力になる。


「まあ、百聞は一見にしかず。ハーランド君。まずはエネルギーを指先に集中させて留めてくれ。絶対に発射させるんじゃないぞ」


「はい」


 ハーランドは指先に集中した。魔法エネルギーがどんどんハーランドの人差し指にたまってくる。つい、うっかりクセで魔法を出してしまいそうになる。それどころか、気を張っていないと魔法が出てしまいそうだ。出さないように指先に力を入れて耐える。


「う、うう……これからどうすればいいですか?」


「属性変化のイメージは自分ではつきづらい。外部からの刺激を与えるのが1番だ」


 ブラントはハーランドの背後に回る。そして、ハーランドの手首に自身の手を添えて、そこにブラント自身のエネルギーを送り込んだ。


「今、オレのエネルギーをハーランド君に送っている。オレのエネルギーと自分のエネルギーを混ぜ合わせるイメージ。それをしてくれ」


「はい」


 ハーランドの雷のエネルギー。ブラントの風のエネルギー。それらが混ざり合うイメージ。バチバチと火花を散らすようなハーランドの激しいエネルギーにブラントの穏やかなエネルギーが溶け込んでいく。


「その調子だ。今度はオレのエネルギーを取り込むイメージ。自分の雷のエネルギーを消してオレの風のエネルギーを優勢にするんだ」


 激しかったハーランドのエネルギーがどんどん弱まっていく。代わりにその弱まった部分にブラントの風エネルギーが入り込んでくる。


「お、おお? な。なんですかこれ。まるで、自分の体が自分じゃなくなるみたいな感覚です」


「体の中を流れるエネルギーが変わったんだ。そう思うのも無理はない。その状態をよく体に覚えこませてくれ。そして、指先からエネルギーを放て!」


 ハーランドがうなずく。そして、カッと目を見開いて、指先からエネルギーを放出。そこから出たのはいつもの雷のエネルギーではなくて、風だった。


「こ、これは……」


「これが風の魔法。ウィンドだ。君のエネルギーの性質は雷から一時的に風に属性変化した」


 ブラントがハーランドにエネルギーを送るのをやめた。次の瞬間、ハーランドンの指先がバチっと鳴る。


「お、おお? いつもの自分が戻って来たみたいです」


「ああ、自分の元素属性が基本形だ。意識してない状態ならば、ずっとその属性が維持される。試しに風属性に変化させるイメージをしてみてくれ」


「はい」


 今度は自力で風属性に変化させるイメージをする。ハーランドは目をつむり、体内のエネルギーを感じる。ビリビリと痺れるようなエネルギー。それがハーランドの雷のエネルギー。それを先ほどみたいに弱めて風に近づける……


 が、そんなイメージをしてもハーランドのエネルギーは相変わらず雷のままだった。


「できませんね。属性変化」


「まあ、それはそうだろう。今の状態を例えるなら、ハーランド君はやっと補助ありで倒立ができた状態。補助をなくしたらその倒立が上手くいかないのは当然のこと。基本は補助ありでないと属性変化はできないが、補助なしに挑戦しないことには、永遠に自力での属性変化はできなくなる。今度はオレの補助ありでやってみよう」


 ブラントは再びハーランドの手首に手を添える。そして、エネルギーを送り込む。


「ウィンド!」


 ハーランドの指先から風が出る。


「おー……出ました」


「オレの補助があるからね。じゃあ、次は補助なしに挑戦」


「はい…………」


 ハーランドは再び属性変化に挑戦する。


「ウィンド!」


 しかし、指先からはなにもでなかった。無理矢理ひねり出そうとしたら……出た。サンダーが。


「うう……やっぱり出ませんね」


「だが、オレの補助がありならウィンドは出せている。どうやら、ハーランド君は属性変化はできるようだな。ただ、初級以外の魔法が覚えられないだけか」


 こうしてしばらくの間、ハーランドとブラントの特訓は続いた。そして――


「ウィンド!」


 ハーランドの指先から、ちょっとしたそよ風のような優しい風が出た。


「…………なにか出ました」


「一応成功したな。まあ、自分の元素属性以外の魔法を使うと威力が減衰するからサンダー以外だとこうなるのは仕方ない。さあ、今の感覚を忘れないうちにもっとウィンドを唱えてみよう」


「はい! ウィンド!」


 今度は何も出ない。


「大丈夫。慣れないうちは失敗が当たり前。1度成功しても次に失敗することだってあるさ。もう1回やってみよう」


「はい! ウィンド!」


 今度はそよ風が出た。一応の成功である。


 こうして、ハーランドは魔法を繰り返していくことで、3回に2回くらいはウィンドが成功するようになった。


 そこで今日の練習は終わり。羊の見張り番の時間となった。夜の暗い山。焚火の明かりを頼りにハーランドたちは羊小屋を見張る。


「ブラントさん。もし、俺がウィンドをマスターしたら、今度は別の属性を練習するんですか?」


「いや、それはまだ早い。サンダーとウィンドを確実なものに仕上げてから次の属性を覚えよう……なんて言ってみたけれど、オレが教えらえるのはオレの元素属性だけだ」


「え? そうなんですか?」


「ああ。あの補助は元素属性と元素属性を混ぜ合わせてようやく補助として成立する。オレも炎や水や氷や地とか言った属性は使えるけれど、属性変化のエネルギーでは補助はできない」


「なんでですか?」


「体の中を流れるエネルギーって言うのは案外繊細なものだ。そもそも、オレが炎の属性変化のエネルギーを出しても、それは純粋な炎ではない。元が風の炎みたいになってしまう。気を抜くと属性が元素属性に戻ってしまうのはハーランド君も肌感覚でわかってると思う。つまり、ちょっとした刺激や要素ですぐに元の風エネルギーに戻ってしまうんだ。それこそ、エネルギーを混ぜ合わせて取り込む過程で元の風に戻ってしまう」


 ハーランドはふむふむとうなずき、今の言葉をそしゃくし、自分なりに解釈してみた。


「要は、子供のころによくやった伝言ゲームみたいなものですかね。2人で伝える分には正確に伝わりやすいけど、間に1人入るだけで伝言内容がぐちゃぐちゃになっちゃうみたいな」


「あはは。確かにその例えは的を射てるな。元は風の風属性だと情報が欠落しても風属性って伝わりやすいけれど、元が風の炎属性なら、炎属性を伝えたいのになぜか風で伝わってしまうみたいな感じだ」


 ハーランドはなんとなくではあるが、ブラントにばかり教えてもらっていたら他の属性は覚えられないことを理解した。


「と言うと俺が他の属性を覚えるには誰かのブラントさん以外の手助けが必要ってことですね」


「そういうことだ」


「あ、そうだ。ゾーイはどうですか? 彼女は何属性ですか?」


「ゾーイか……彼女は……魔法の素質がない」


「え?」


「完全なる肉体派だ。属性以前の問題だ」


 そこはかとなく微妙な空気が流れる。


「魔法使えない冒険者っていたんですね」


「彼女の前でそれを言うなよ。結構気にしてるんだから」


「はーい」

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