第11話 肩こり腰痛等に効く命中すると気持ちが良い微弱なサンダー
ハーランドに指先を向けられて裏切られたと思ったジェイク。このままでは魔法を撃たれる。立ち上がって逃げようとしても、腰が痛くて満足に立ち上がることすらできない。
「肩こり腰痛等に効く命中すると気持ちが良い微弱なサンダー!」
ハーランドの指先から放たれるサンダー。しかし、その威力は弱い。ちょっとビリっと痺れるものの、全身をもみほぐすマッサージのような振動がジェイクの体に駆け巡る。
「うっ……こ、これは……?」
じんわりとジェイクの腰痛が引いてくる。腰痛を治すサンダー。そんなものはこの世のどこにも存在しない。ジェイクの常識ではありえなかった魔法を正に今この瞬間体験しているのだ。
「大丈夫ですか? 立てますか?」
ハーランドはジェイクに手を差し伸べた。ジェイクはその手を取り、腰に力を入れて立ち上がった。
「なんともない……?」
まだ少し痛みは残るものの、たった1度の戦闘する分には気にならない程度。万全の状態ではないとはいえ、ジェイクほどの実力者であるならば、ロッドタイガーを倒すのには問題ない。
「がるるるうううう!」
ロッドタイガーは唸っていて、ハーランドたちを威嚇している。ハーランドが見せた妙な動きによって、少し警戒はしているものの、いつ襲ってきてもおかしくない状況である。
「なんだかよくわからんが……とにかく助かった。お前さんは本当に不思議な魔法使いだな。あの角が邪魔なんだろ? ワシに任せてくれ」
ジェイクは手にした鎌を構える。そして、ロッドタイガーに向かって駆けだした。
「おりゃああ!」
ジェイクは鎌を振る。ロッドタイガーの額にある避雷針。それを鎌でポッキリと刈り取った。
「がああああ!」
避雷針を折られたことでロッドタイガーは雄たけびを上げる。魔法を吸収し、本体に魔法ダメージを受けさせない避雷針。それがなければ、もう魔法は十分に通る。
「ナイス! ジェイクさん! 行くぞ!」
ハーランドはブラントから教わったサンダーアローの魔法を思い浮かべた。電撃を先端に集めて、矢の形状を作り出す。なぜかハーランドはその魔法を習得できなかったが、それと“似た魔法”は撃つことができる。
「先端に電撃が集まった矢の形状をしたサンダー!」
ハーランドの指先から雷の矢が放たれる。それがロッドタイガーの喉元に突き刺さる。
「がっ……」
喉を損傷したことで断末魔の叫びをロクにあげることもできないままに、ロッドタイガーはその場に倒れてしまった。ピクピクと痙攣していき、やがてその痙攣も徐々に弱まっていく。完全に動かなくなるのは時間の問題だ。
「や、やったのか……」
「ああ、お前さんの勝ちだ」
ジェイクはそう言いながら、鎌の刃こぼれの状態を確認している。まるでこの状況を予想していたかのように、全く驚いたリアクションを見せずにする日常の動作。
「お、おおおお! 俺があんな強いモンスターに勝ったんですね」
「まあ、ワシのお陰でもあるがな。そして、ワシの腰痛を治してくれたお前……いや、ハーランド。お前の勝利だ」
「え……?」
今までハーランドのことを名前で呼ばずに「お前さん」とだけ言っていたジェイク。だが、ここに来てようやくハーランドの名前を呼んだのだ。
「俺の名前覚えていたんですね」
「当り前じゃ。年寄だからって物忘れが激しいなどとバカにするでないぞ」
ニカっと笑うジェイクに釣られて笑うハーランド。年齢はかなり離れてはいるものの、2人の間には確かな友情が芽生えた瞬間だった。
◇
ロッドタイガーを倒して、無事に下山している途中の2人と2羽のニワトリ。
「ハーランド。さっきの魔法はなんだ? ワシの腰痛を治した魔法。それをどこで覚えた?」
「いや、覚えたというよりかは即興で作ったという感じですね。弱い電気を与えるマッサージがあったのを思い出して、もしかしたら、サンダーの威力も調整すれば腰痛に効く魔法になるんじゃないかなと思ったんです」
「バカな。魔法の開発だと……! 新しい魔法の開発は数百年単位の時間がかかる。今ある魔法も先人たちが研究に研究を重ねて、世代を超えた引継ぎをしてようやく体系化されたものなのに」
それが魔法の常識なのだ。しかし、つい先日まで魔法を使ったことはおろか、その勉強すらしたことがないハーランドはそんなことを知る由もない。自分がどれだけすごいことをしているのか、そんな自覚が全くないのだ。
「うーん……でも、俺は自分のことはあんまり凄いって思わないんですよね。結局、使える魔法も初級魔法のサンダーだけ。だって、サンダーアローすら俺は使えないんですよ」
「いや、お前さんの能力はサンダーアローなんかじゃ効かないくらいに優れている。それに、腰痛治せるんだったら冒険者なんて危険な仕事をしないで、それ専門で十分食っていけるのではないか?」
「え?」
ジェイクの思わぬ発言に「はっ」とするハーランド。確かに、就職できなかったハーランド。その当初の目的とは、きちんとした仕事に就くことである。その職さえあれば、ハーランドは働かなくて済むのだ。
「うーん……確かに。でも、俺はなんだかんだ言いつつ、冒険者が気に入っているんです」
「ほう、それはまたどうしてだ?」
「それは……自分の成長を実感できているからですかね。今まで生きてきた21年間。ここまで自分が成長したことを実感できる数日間はありませんでした。決して、21年間、無駄にしてきたつもりはないんです。食っちゃ寝だけじゃなくて、勉強もしましたし。でも、魔法という新たな力を得て、そこで俺は自分にしか実現できない何か。それがもっともっと見つかると思うんです。例え、俺が魔法でマッサージ屋をやったとしても、そこでそれ以上成長しない。新しい画期的な魔法を思いつくようなことはないと思うんです」
ハーランドの話にジェイクはうなずいていた。
「ハーランド。お前は才能がある。それはワシが保証する。だが、お前にはまだ実績がない。それではせっかくの仕事も中々に割り振られなくて食うに困るだろう?」
ハーランドは現在、羊の見張り番をしている。しかし、それは継続的な仕事ではあるが、そこまで単価は高くない。これ1本だけで食っていくには現実的な稼ぎではないのだ。
「ワシの冒険者時代のコネはある。ワシが口を利けば、増える仕事もあるだろう」
「本当ですか?」
ハーランドはジェイクの話に食いつく。ジェイクは元々、強くて実績がある冒険者。引退した今となっても、その時のコネはまだ残っている。
「ああ。利用できるものはなんでも利用していけ。ハーランドにはそれが許されるだけの素質はある」
そういう話をしていると、ついに山のふもとまでたどり着いた。これにて、ハーランドの『山菜取りの護衛任務』は終了である。
「ハーランド。近いうちにワシの家に遊びに来ると良い。婆さんのうまい山菜料理を好きなだけ食わせてやる」
「はい! それは楽しみです!」
ジェイクが街へと戻っていく中、ハーランドが見つめる先。それは山だった。
もう時刻は昼下がり。今日も夜の間の羊の見張り番の仕事があるため、この山を登らなければならない。
「降りたばかりなのにまた登るのか。大変だな、これは……そうだ! 目的地に一瞬でたどり着くサンダー!」
ハーランドがそんな魔法を唱えてみる。しかし、なにも起こらない。
「…………やっぱり、サンダーって雷魔法の範囲じゃないとダメか」
ハーランドの修飾魔法。それは、きちんとその魔法で実現できる範囲でないと発動しない。雷という属性には、人間を一瞬に目的地まで移動させるような性質はない。そんな常識をかみしめながら、ハーランドは大地を歩いていく。
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