第5話 絶対に強いはずなのに登場するだけでやられるフラグが立つこの地域にしか存在しないはずのモンスター
「コケーッ!」
ハーランドの前にいるモフモフ羽毛の生物が鳴き声をあげる。目をつむり、簡易的な寝台に寝ているハーランドは目を覚ました。
「……あれ? 俺、寝ちゃっていたのかな?」
あたりをキョロキョロと見まわしたハーランドはここが羊牧場の母屋にある護衛の控室であることに気づいた。
「あ、ああああ!」
叫び声をあげるハーランドにブラントが素早く駆けて控室に入って来た。
「ハーランド君? 大丈夫か? なにがあった?」
「あ、す、すみません。ブラントさん。俺、寝ちゃってました。絶対に眠ってはいけない大事な仕事中だったのに」
「寝ちゃっていた? ああ、そっか。ちょっと記憶が混乱しているみたいだね。大丈夫。君は気絶していただけだ。アサルトリザードとの戦闘でね」
「アサルトリザード……?」
ハーランドはおぼろげな記憶を手繰り寄せた。ブラントがアサルトリザードとの交戦していたこと。そして、自分がサンダーで横やりをいれたこと。無我夢中で放ったサンダーが強めの威力が出ていたこと。でも、それでもハーランドの記憶ではアサルトリザードを倒すには至ってなかった。
「そうだ。アサルトリザード! ブラントさんが倒したんですか?」
まさか、自分の魔法で強大な敵に致命傷を与えたとは思わないハーランドはブラントが敵を倒したと勘違いしている。
「いや、オレじゃない。あいつを倒したのは紛れもない君だ。ハーランド君」
「へ……?」
ハーランドは数刻の間沈黙した。その間にニワトリたちが床をつついている。
「ふふ、あはは。ブラントさんって冗談がうまいんですね。俺があんな化け物に勝てるわけありませんよ」
比較的素直で嘘もつけずに人の言うことを信じやすいハーランドだが、こればっかりは流石に信じない。基礎魔法しか使えない新人冒険者がベテラン冒険者のブラントですら苦戦した相手に勝てるわけがない。それが普通の感覚なのだ。
「いや、本当だ。信じてくれ。確かに最後の一撃を加えたのはオレだ。でも、その一撃が通ったのもキミのサンダーがアサルトリザードのウロコに致命的なダメージを与えたおかげだ。それがなかったら、オレは負けていた。だから……」
なにかを言いかけたブラント。背後から忍び寄って来たレイチェルに肩をたたかれた。
「はいはい。全く。ハーランド君。悪いね。この子はそういう冗談を言う子じゃないんだけどね。今回はちょっと強敵を倒して浮かれちゃっているのかな?」
「違う。レイチェルさんも! 信じてくれよ!」
ブラントがどれだけ敵を倒したのがハーランドだと主張してもその現場を目撃していたのはブラントだけだ。レイチェルは羊を逃がすのに忙しかったし、ハーランドはサンダーを撃つのと同時に力を使い果たして気絶してしまった。事実しか言っていないのに、その証拠が一切ないので疑われるばかりだ。
「それより、ハーランド君のニワトリ。ケンティーとアッキーだっけ? この子らが卵を生んだんだ」
レイチェルはニワトリが生んだ卵を持ってそれをハーランドに見せつけた。
「おお。とれたて新線な卵ですね」
「せっかくだ。この卵をアタシにくれないか? この卵を使ってみんなの朝食を作りたいんだ」
「ええ。良いですよ」
ハーランドは快く了承した。レイチェルはハーランドに微笑みを向ける。
「ありがとう。それじゃあ、ちょっと作ってくるからそこで待ってな」
レイチェルは控室を去り、キッチンへと向かった。その間に、ハーランドとブラントの2人だけになる。
「ハーランド君。とりあえず、もうオレたちの羊の護衛は一旦終わりだ。また、夕方くらいになったらここにきて、夜の番をすることになる」
「はい。そうですね。継続的な依頼ですもんね」
「しばらくはオレもこの護衛の仕事をするけれど、ハーランド君が一人前になったころにはオレもこの仕事をやめる」
「はい。そういう約束ですもんね。なんかちょっと寂しいけれど」
「大丈夫。ハーランド君ならやれるさ。まあ、それはそれとして、今回の件はきちんとしかるべきところに報告しておかないといけないな」
「今回の件ってアサルトリザードのことですか?」
「まあ、そうだな。本来ならこの地域にいないはずのモンスターがどうしてこの地域に来たのか。その理由は調査する必要がある。オレはその報告に行くけれど、ハーランド君も一緒に来るかい?」
「はい! ぜひお供させてください」
◇
レイチェル特性の朝食を食べたハーランドとブラントはレイチェルから荷台を借りた。その荷台にアサルトリザードとついでにブラックサーウルフの遺体を乗せた。
「それじゃあ、レイチェルさん。また夜に会いましょう」
「ああ。気を付けるんだよ、ブラント君。ハーランド君もね」
「はい!」
レイチェルに見送られて2人は下山した。街に帰ってきて、ブラントが訪れた先はモンスターの生態調査をしている研究所だった。
「やや、ブラント殿! お待ちしておりましたぞ!」
白衣を着たグルグルメガネの女性研究員がブラントに近寄って来た。
「いやー。連絡を受けた時は正直驚きましたぞ。まさか、あのアサルトリザードがこの地域にねえ。しかも、ブラント殿がそれを倒されたとのことで」
「いや、倒したのはオレじゃない。こっちのハーランド君だ」
「ははは。ブラントさん。その冗談をまだ言うのですか?」
「ん? 冗談? 本当? どっち? ……まあ、どっちが倒したとしてもこちらにとっては関係のないことでしたな。それでは、早速このモンスターの遺体を調べて詳しい状況を調べてみますぞ。ついでに、フィールドワークの研究員にも連絡を取って、今はアサルトリザードが進行してきたと思われるルートを調査中ですぞ」
女性研究員はアサルトリザードの遺体をまじまじと見つめていた。
「ブラント殿! ご協力ありがとうございました。こちらのハーランド殿も」
「いえいえ、俺は本当に気絶していただけでなにもしてませんけど……」
用事を済ませたハーランドたちは研究所を出た。
「さて、ハーランド君。オレはこれから家に帰って休む。君はどうする?」
「えっと……生涯の恥になるレベルで恥ずかしい話なのですけど、実家を追い出されて帰る家がないんです」
ハーランドは頭をかきながら照れ臭そうに話す。
「あー。それは困ったね。まあ、でもレイチェルさんのところで仕事をしていれば寝食に関しては大丈夫だろうと思う。明け方くらいになると控室でしっかりと休めるからね。昼間は適当に時間をつぶす感じでいいと思うかな」
「時間をつぶすかあ」
「どうしてもすることがなければ斡旋所で昼間の仕事を探してみるのはどうかな?」
ブラントの提案にハーランドは少し考えてみた。
「うーん……就職試験100回失敗した仕事に縁のない俺にも仕事が見つかるでしょうか。そもそも俺は基礎魔法のサンダーしか使えないですし、こんなやつに仕事ありますかね?」
ハーランドは基本的に前向きな性格ではあるが、自分を客観視したときに仕事が回ってくるかどうかを考えたときにどうしても楽観できない部分はあった。
「大丈夫。実際にレイチェルさんのところで仕事は見つかっただろう? ハーランド君はもっと自信を持っていいよ」
ブラントはハーランドの強さを知っている。だからこそ、その強さを発揮すれば冒険者としての仕事をいくらでもこなせると思っている。結局は冒険者は強いものだけが生き残る世界なのである。
しかし、当のハーランドはまだ自分の真の力。その本当の使い方すらも知らない。
「わかりました。とりあえずやるだけやってみます」
「うん。その意気だ。冒険者はとにかく実績が重要。実績を積めば色んな仕事が受けられるようになるからね」
持前の前向きさでハーランドは再び斡旋所に向かい仕事を探すことにした。
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