第6話 露骨に怪しい仮面を被っているけれど優しいおじさん

「すみません。仕事を探しにきました」


「あいよ。仕事だね」


 ハーランドは斡旋所の受付にて、仕事を探すために求人票の資料を目に通していた。


「お、この仕事が良さそうだな」


 ハーランドが目にした仕事。それは害虫駆除の仕事だった。しかし……


「ああ。すまんな。その仕事、備考欄のところ見てくれ。経験者優遇って書いてあるだろ?」


「ええ。書いてますね」


「だからお前さんは応募してもダメなんだ」


 受付のおじさんに言われて首をかしげるハーランド。経験者優遇なのになぜ自分がダメなのか全く理解できなかった。


「あの……? 経験者優遇ってことは、経験者以外でも優遇されないだけで応募しても良いのではないでしょうか?」


「いや、まあ……なんだ。色々と面倒な規則があってだな。完全に未経験者を採用しないって書くと色々と問題になることがあってだな。だから言葉を濁しているだけなのさ。一応は応募することもできるけど、十中八九、採用はされないだろう」


「なるほど……」


 就職試験に100回敗北したハーランド。就職試験にすらこぎつけずに書類選考の段階で落ちたこともあったが、ようやくその謎が解けたと合点がいった表情をした。


「でも、書いてないだけで実際に未経験者を弾くんだったら変わりませんよね? 最初から未経験者はダメって言った方が親切だと思います」


「言いことを教えてやろう。世の中のそういう決まり事を決める人間って言うのは、こういう求人に応募したことがない。どこ行っても引く手あまたなくらい優秀だからな。する必要がないんだ。だから実態を把握できるわけがないのさ」


 世の中の理不尽さ、不条理さ。それを知ることができるのは、恵まれていない側の人間なのだ。でも、ルールを決めるのはいつだって恵まれている人間。その世知辛さを社会の掃きための環境に来たことでかみしめることができたハーランド。


「まあ、経験を積みたいのならば、未経験者歓迎って書いてある求人を探すこったな。そっちは、猫の手も借りたいくらいに人手が足りてないからな。新人はそっちで経験と実績を積むといい」


「ありがとうございます」


 ハーランドはそれを頭に入れて仕事を探した。しかし……


「ないですね。即日の仕事」


「まあ、即決できるような雇用主も中々いないからな。レイチェルさんのところが特例なだけさ」


 昼の間することがなくて困っていたハーランドだが、すぐにできる仕事はない。その現実の辛さを感じながらも、一応は働けるところを探すことにした。


「それじゃあ、この仕事に応募します」


「山菜取りの護衛の仕事か。まあ、あそこの山はそんな危険なモンスターも少ない。仕事は明日。忘れずに現地に向かってくれ」


「はい!」


 斡旋所を後にしたハーランドだが、街をブラブラと歩いて時間を潰していた。一応は、即日にもらった仕事の報酬はあるものの、それで遊び歩けるような額はない。かと言って、戻る家もない。


「うーん……どうしようかな」


 ハーランドはよそ者丸出しと言った感じで周囲をキョロキョロとしながら街を歩いていた。その時だった。


「そこの青年! 待ちたまえ!」


 聞き覚えのある声にハーランドは振り返った。そこにいたのは、ニワトリを模した仮面を被った中年男性だった。その中年男性にハーランドは見覚えがあった。


「どうやら困っているようだね」


「父さん? なにしてんの?」


 ハーランドは目の前の中年男性にツッコミを入れた。しかし、中年は人差し指を立てて右に振る仕草を見せる。


「チッチッチ。私はハーランドの父ではない」


「いや、俺の名前知っているし、絶対に父さんでしょ」


「断じて違う! 私は人呼んでフライド仮面! 困っている青年に手を差し伸べるのが趣味のおじさんだ!」


 なぜ青年に限定されるのかわからない趣味を持つフライド仮面。ハーランドの父親ではないとかたくなに主張している。


「わかったよ。フライド父さん。それで、何の用なの?」


「私はフライド父さんではない。フライド仮面だ。もう間違えるんじゃないぞ! っとそうだ。私が見るに君は困っているようだね」


 あくまでもフライド仮面だと言い張る父親にハーランドはもうつっこむ気力が失せて話に乗ってあげることにした。


「まあ、困っていると言えば仕事がなくて困ってますね。大体3年前から」


「いや、敬語は使わないでいいぞ。なんかさみしい」


「え? だって初対面ですし」


「大丈夫。私のことを実の父のように思ってくれてもいいからな!」


「それで俺の実の父さんっぽいフライド仮面は何しに来たの?」


「ふふふ、それはハーランドが困っていると思ってな。差し入れを持ってきたのだ」


 フライド仮面は隠し持っていた手籠をハーランドに渡した。その手籠にかぶせられている白いハンカチをとると中には野菜と果物が入っていた。


「こ、これは?」


「ちゃんと栄養を取るのだぞ! では、さらばだ」


 フライド仮面はそれだけ言い残すと帰って行った。明らかにハーランドの実家があるネオバシ区の方に歩いて行っている。そこは気にしないようにして、ハーランドはとりあえず野菜を受け取ることにした。


「うーん……この野菜をどうしよう。一応、レイチェルさんのところに持っていくか」


 一応小腹がすいた時間帯なので、ハーランドは生で食べられる野菜をまるかじりしながら、時間に余裕を持ってレイチェルの住む牧場へと向かおうとした。


 牧場へと向かう山道で子供くらいの大きさの醜悪な顔をした人型のモンスターが現れた。モンスターは上半身裸で腰に毛皮を巻き付けている。


「なんだこいつは……!」


 その人型のモンスターはこん棒を持ち、ハーランドに襲い掛かって来た。


「うわ……! いきなり襲い掛かってくるなんて、とんでもない非常識な無礼者だな!」


「コケー!」


「クックルドゥドゥ!」


 ハーランドの肩に乗っていたケンティーとアッキーが地面へと降り立つ。そして、モンスターに向かってクチバシを打ち付ける。


「コケッ! コケッ!」


「クックル! クックル!」


「ギャー」


「いいぞー! やれー! ケンティー! アッキー!」


 ニワトリたちの大活躍に調子に乗って応援を始めるハーランド。彼は手籠を左手に抱えて右手の人差し指をモンスターに向かってさす。


「サンダー!」


 ハーランドの指先から雷のエネルギーが撃ちだされる。それがモンスターに命中する。


「ぐあああ!」


 モンスターは電撃を浴びて退散してしまった。


「ふう。なんなんだこのモンスターは……最初に来た時はこんなのに遭遇しなかったぞ」


 ハーランドは気を取り直してニワトリと共に山を登った。また進んでいくと……目の前に先ほどと同種のモンスター……否、今度は体躯が大きい。先ほどのは子供だったけれど、今度は大人の大きさの人型モンスター。それも群れである。


「な、なんだこのモンスターたちは……!」


「すんすん……ぐうううう!」


 モンスターたちはにおいを嗅いでから腹の虫を鳴らした。そして、ハーランドは自分が持っている手籠を見る。


「まさか。この野菜を狙っているのか?」


 モンスターたちはハーランドに襲い掛かって来た。


「うわ、一斉に襲い掛かって来た? サンダー!」


 ハーランドは先手必勝と言わんばかりにまずはサンダーを使った。それは最前列にいた1体のモンスターに命中した。しかし、それだけである。後続のモンスターには命中していない。


「うわ、サンダーじゃ攻撃の範囲が狭すぎる。もっと広範囲に広がるサンダー。それを使えなきゃ……」


 ハーランドはイメージした。人差し指から放たれるのがサンダー。人差し指1本では細くてそこから出るエネルギーも範囲が限られる。だが、もし5本の指からサンダーが出たとしたのなら、それは拡散して広範囲の敵に命中するのではないか。


 だが、その魔法はサンダーと呼べるのだろうか。ハーランドはそんなこと考える間もなく、ある言葉を口にしていた。


「と、とにかく出ろ! 広範囲に広がるサンダー!」


 こんな時にそのセリフが出るのは、思ったことを素直に口にする性格のハーランドならではである。普通ならば、そんな都合よく言った通りの魔法が出るわけがない。だが、ハーランドがその言葉を口にした瞬間、パーの状態に開いていた手の五指からサンダーが出てきた。そのエネルギーはハーランドの言葉通りに広範囲に広がり、モンスターたちに命中した。

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