第4話 就職に失敗しましたけれど、ものすごく強い修飾はできました
ブラントが持っているライトに照らされているのは闇に紛れる黒さを持つ狼だった。狼は四つん這いで体勢を低くして「グルルウウ」と低いうなり声をあげてこちらを威嚇している。その視線はブラントをとらえていて、今にでもとびかかりそうな勢いである。
「ブラントさん。どうしますか? どうしても勝てない場合は羊を避難させるように指示するってマニュアルにはありましたけれど」
「ハーランド君。誰がこいつに勝てないと言った? こいつは確かに強い。だが――」
ハーランドはマントの中から剣を取り出し……その否や、風切り音が走る。その音が聞こえた数刻後、ブラックサーウルフは血を逃してドサっと倒れた。
「オレはもっと強い!」
たった一撃。警戒していたはずの相手に悟られることなく真正面から不可視の速さでの斬りつけ。強いと評されていたはずのブラックサーウルフですらブラントの敵ではなかった。
「すごい! 流石です。ブラントさん!」
「しかし、おかしいな。ブラックサーウルフは、この大陸でも随一の捕食者。エサに困るわけでもないし、この地域に移動してくることは早々にない。奴らは温暖な地域を好む。ここまで北上してくることは早々ないはずだ」
ブラントが剣についた血を手持ちの布でふき取り、その後鞘に納めた。羊たちは強敵の存在に気づくことなく終わらせえることができた。そう思っていたら……
「ぐるぅぅうう」
またしても、ブラックサーウルフがやってきた。しかし、今度は群れだ。だが……その数は多いものの、みなが深手を負っている。
「え!? ちょ、ブラントさん。こんなにいっぱいいますよ」
「手負いの狼は凶暴性が増す。だが、ブラックサーウルフがここまでの重症を負うことなど早々にない」
ブラントが再び剣を構える。
「ハーランド君。援護を頼む」
ブラントがそう言いかけた瞬間、ブラックサーウルフたちが「キャイィン」と子犬のような情けない声をあげて、逃げ去っていった。
「逃げましたよ!?」
「いや、追う必要もない。幸いにもそっちに羊がいない。オレたちはこの場の警戒にあたろう」
「わかりました」
ブラントの指示に従うハーランド。すぐにその判断が正しいことがわかった。闇に紛れてやってきたのは……地を這う巨大な体躯をした赤黒いトカゲだった。
「な、なんですか。こいつは……!」
ハーランドに緊張が走った。だが、それ以上に震えているのはブラントの方だった。
「こいつは、アサルトリザード。なるほど。どうして、ここにいないはずのブラックサーウルフが来たのかわかった。アサルトリザード。こいつに追われて逃げて来たんだ」
「グワアアアア」
アサルトリザードが大声をあげて吠える。その声に気づいた羊たちがパニックを起こした。
「ハーランド君。ここはオレが食い止める。今すぐ、レイチェルさんにこの異常事態を伝えてくれ。羊たちを避難させるんだ」
「あ……はい、わかりました!」
「早く! 一刻も争う事態だ」
ハーランドはすぐに牧場の母屋に向かい、レイチェルの寝室に向かった。レイチェルは無防備な恰好で眠っていてまるで緊張感がない。
「レイチェルさん! 起きて下さい! 異常事態です!」
レイチェルはハーランドに起こされてすぐに目覚めた。朝早い牧場生活のおかげですぐに目覚めることができた。
「なに! 異常事態だと。どういうことだ?」
「なんか尋常じゃないくらいの強いモンスターがやってきたみたいなんです。今はブラントさんが食い止めていますが、牧場の羊たちを逃がすように指示を出されました」
「わかった。そっちはアタシの方がなんとかしておく。ハーランド君はブラント君の援護に回ってくれ」
「はい」
ハーランドは再びブラントのところに戻る。ライトを持ち、ブラントの無事を祈りながら駆け足で進んだ。
「ハァ!」
ブラントがアサルトリザードと応援していた。彼の傍らにはボロボロになってマントとして機能しなくなった革製の何かが転がっている。その革製の何かには赤黒いシミがついていて、ブラントも傷口をかばいながら応援している。
「ブラントさん。援護に来ました」
「来るな! ハーランド君!」
「え?」
「正直、今の君がいても足手まといにしかならない。初級魔法のサンダーしか使えないんだろ? そいつじゃこいつのウロコ1つに焦げ跡すらつけられない」
ブラントが剣でアサルトリザードに攻撃する。しかし、その強靭なウロコが刃を受け止める。鉄の塊をぶつけたことで多少は相手をひるませることはできるが、それだけ。ほんの少し動きを止められるが有効打にはならない。すかさず、アサルトリザードがブラントに爪で反撃した。
「ぐわあぁ!」
ブラントの左腕が思い切り引き裂かれた。血がぶしゃっと飛び散り、地面にしみこむ。明らかに戦力に差がある。
ハーランドは恐怖した。冒険者になって初めて出会う相手にしてはいくらなんでも強すぎる。凶悪なモンスターを一撃で倒せるブラント。かなり凄腕の彼ですら敵わない更に強いモンスター。こんな状況。逃げ出したところで誰が咎められようか。
事実、ハーランドは後ずさっていた。生存本能が何度も逃げろと警告している。その意思に従いたい。頭では勝てるわけないとわかってる。でも――
「俺は……ブラントさんを死なせたくない!」
たった1日の付き合い。でも、自分に良くしてくれた人だ。100社に応募して100社に断られ続けて、誰も自分を受け入れてくれなかった。そんな中でブラントだけは、何もできないハーランドに良くしてくれた。そして、ブラントはこれからも冒険者を生かすための活動をしてくれようとしているのだ。その心意気にハーランドは惚れ込んでいた。
「サンダー!」
ハーランドはアサルトリザードに向かってサンダーを放った。しかし、ブラントの言う通りまるで効いていない。怯みすらしないが……ギョロっと敵の目がハーランドをとらえた。
「バッ……! 何しているんだ! ハーランド君!」
標的がハーランドに変わったことで焦るブラント。もうこれ以上、目の前で冒険者が死ぬのを見たくない。だから自分が犠牲になろうとしているのに、このままではハーランドが死ぬ……
「ダメだ……こんな力じゃ。もっと強いサンダーが必要だ……もっと強いサンダーー!」
ハーランドが魔法を唱えた。次の瞬間、ハーランドの指先から先ほどのサンダーよりも大きい雷のエネルギーが放たれてアサルトリザードに命中する。
「ぐ、ぐううう!」
アサルトリザードが怯んだ。
「バ、バカな。ありえない。サンダーは基礎中の基礎の魔法。それでアレだけの威力は出せるはずがない!」
ブラントはハーランドの魔法が急に強くなったことに目を丸くして驚いた。
「まだだ。こんな威力じゃあいつを倒せない! あいつを倒す力、それが必要だ! もっともっともっと強いサンダー! アイツのウロコを焼き切るくらいの力強いサンダー!」
もう滅茶苦茶なことを言うハーランド。言葉で願うだけでそれが実現したら苦労はしない。だが――その祈りはかなった。
ハーランドの指先から信じられないくらいの激しい雷が発生した。バチバチと激しい音を放つそれは音だけで力強さを感じさせる。
「う、うおおおお!」
そのあまりの力の強さにハーランドは絶叫したのちに気を失ってしまった。だが、魔法は“生きて”いる。それがアサルトリザードに命中する。次の瞬間、アサルトリザードの全身が焼かれてウロコがボロボロになり、奴はその場に倒れ崩れ去った。
「い、今のはサンダー……いや、ありえない。こんなすごい威力の魔法。上級魔法ですら見たことないぞ!」
ブラントは思わず口をあんぐりと開けてしまう。あっけにとられていたが、ピクピクと動いているアサルトリザードを見て顔色を変えた。
「ま、まずい。まだ生きてる! 止めだ!」
ブラントは素早くアサルトリザードに剣を突き刺した。自慢の堅いウロコがボロボロになれば、もはやただのでかいトカゲ。ブラントの敵ではない。死にかけのアサルトリザードに止めを刺して、なんとか窮地を脱した。
ブラントは気絶してその場に倒れたハーランドに肩を貸した。そして、「ふっ」とほほ笑んだ。
「とんでもない逸材を見つけてしまったな。本当に大した子だ」
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