第3話 ここにいないはずの凶暴で普通に強いモンスター

 ハーランドは受付から依頼書の写しを手渡された。その詳細な条件を読み込んでいく。


「なるほど……羊を飼育するにはできるだけ自然に近い環境が望ましい。けれど、その環境だとモンスターも生息しているから、羊が危険にさらされる。それを守るための護衛が必要と……」


 事情を高速で理解したハーランドは首を縦に振った。


「わかりました。この依頼受けてみます」


「おお、受けてくれるか。実はな。この依頼は既に別の冒険者数名が依頼を受けているんだけど、その内の1人がこの仕事をやめたがっていてな。後任を探しているってわけさ」


「なるほど……」


「詳しいことはその先輩冒険者に教えてもらうといいさ。それじゃあ、住所と地図を渡しておく。依頼人にはこちらから連絡入れるから忘れずにいくんだぞ。すっぽかしたら、お前さんの信用にもかかわる問題だからな」


「はい! 迅速に安全に現場に向かいます!」


 こうして、ガーランドは羊飼いが住んでいる山へと向かった。



 山にある羊が放牧されている牧場。そこにたどり着いたハーランドは、早速牧場の母屋へと足を踏み入れた。


「すみませーん。斡旋された冒険者のハーランドですけど、依頼人の方はいますか?」


 ハーランドの声に反応したのは、癖のある黒髪、三白眼、牙を思わせるギザギザの歯が特徴的な女性だった。


「ん? ああ。アンタが派遣された冒険者か。アタシはこの牧場を管理するレイチェルだ。よろしく」


 レイチェルが手を差し出してきたので、ハーランドもそれに合わせて握手をした。


「ん? そのニワトリはアンタのツレか? まあ、ウチの羊を食う心配はないだろうけど、あんまり近づけないでくれよ」


「はい。わかりました。ケンティー、アッキー。わかったか?」


「コケー!」


「クックルドゥドゥ!」


 言葉が通じないけれど、なんとなくハーランドの意思を汲もうとうなずいた2羽のニワトリ。


「とりあえず、ハーランド君。アンタの出番は夜からだ。夜は特に危険で、モンスターが活発になる時間帯。心して護衛にあたってくれ」


「了解です」


「それじゃあ、既に先輩冒険者が待機してくれている。彼に仕事を教わると良い。冒険者用の控室はこっちだ」


 レイチェルに案内されるがままハーランドは控室へと向かった。そこに座っていたのはテンガロンハットを被って茶色の革製のマントを着ている青年だった。


「ブラント君。新人が来てくれたぞ」


 その声にブラントと呼ばれた青年が立ち上がった。青年は帽子を外すと茶髪のサラサラとした髪の毛が舞った。


「ん? ああ。オレはブラント。短い間になるだろうけどよろしく」


「俺はハーランドです。こっちがケンティー、こっちはアッキーです」


「ほう。それが君の相棒か。中々良い肉付きをしている」


 ブラントはニワトリたちをまじまじと見つめていた。


「それじゃあ、あとは冒険者同士でうまくやってくれ。じゃあ、アタシは仕事に戻る」


 レイチェルはその場から立ち去った。それを見送った後にブラントが話を切り出す。


「さて、ハーランド君。一応、君のこれまでの経歴をきいてもいいかい?」


「はい。就職しようとしたけれど、100回連続で落とされました」


「なるほど。冒険者としての経歴は?」


「今回が初めての仕事です」


 ハーランドは堂々と言い切った。


「なるほど。正直だね。まあ、下手にウソをつかれるよりかはいいか。護衛にあたって、君の戦闘力をちょっとだけ試させてもらってもいいかな?」


「戦闘力? 俺、喧嘩した経験とかないですよ?」


「うーん……まあ、いいか。これから鍛えればいいだけだし、仕事を覚えるついでに特訓してあげよう」


「はい! よろしくお願いします!」


 ハーランドとブラントは外に出た。放牧している羊と距離を取り、影響がない範囲内で摸擬戦をすることにする。


「とりあえず、その様子だと武器もないみたいだね。まあ、とりあえず素手でいいからかかってきてよ」


「わかりました。行きます!」


 ハーランドは腰を低くししてハーランドに突進を仕掛ける。見事なまでの等速直線運動。かわすのはたやすく、ブラントに背後に回られた。


「くっ!」


「今のが実戦ならオレは反撃。君は視覚からの一撃でやられていた。愚直に突っ込むのも場合によっては手だけど、もうちょっと緩急つけた方がいいかもね」


 ブラントがハーランドの肩に手を添えてアドバイスをする。


「ん……触ってみた感じ、君の体には魔法のエネルギーを感じるね。魔法を使った経験はあるかな?」


「ないです」


「そうか。じゃあ試しに撃ってみようか。魔法を使うのに必要なエネルギーはヘソの下あたりにたまっている。ここに意識を集中させてみて」


「はい」


 ハーランドはブラントの言う通りにヘソの下に意識を集中させた。すると、今まで感じたことがない不思議なパワーが溢れて来るのを感じた。


「こ、これが俺の力……!」


「その調子で魔法のエネルギーを放ってみて。指先から放つイメージで」


「はい」


 ハーランドは人差し指から何かを放つイメージをした。次の瞬間、ハーランドの人差し指がバチっと静電気の音がした。


「ふむ。君の元素属性は雷か」


「元素属性ってなんですか?」


「魔法の素質がある人間は体の中に特定の属性を抱えているんだ。炎、水、風、雷、その他諸々。なにも考えずにそれを放出した時に出る属性魔法が元素属性。その人が最も得意とする魔法の属性だよ」


「へー。ブラントさんの元素属性はなんですか?」


「俺は風属性。ちなみに自分の属性以外の魔法も鍛えれば使えるようになるけれど、元素属性と比べたら威力は見劣りするから使うならサブとして使うのが理想かな」


 ブラントは人差し指を立てて、そこから風を発生させて自分の属性をハーランドに見せつけた。


「じゃあ、俺はまずは雷の魔法を極めるのが良いんですね」


「その通り。飲み込みが早いね。それじゃあ、警備の時間まで雷魔法の修行をしようか」


「はい!」



 ブラントと雷魔法の修行をしたハーランド。その甲斐もあってか、最も基礎的な魔法である「サンダー」を習得することができた。


「おめでとう。まずは最初の第一歩だ。これからはオレと一緒に護衛の仕事をしながら、鍛えていけばその内1人でも仕事できるようになるさ」


「本当ですか? ありがとうございます」


 ハーランドはペコリと頭を下げた。


「でも、ブラントさん。どうして、俺に良くしてくれるんですか?」


「オレはこれまで何人もの冒険者が目の前で死んでいく様を見てきた。きちんとした指導を受けてさえいれば死なずに済んだ命もある。冒険者になるのに資格はいらない。紙切れ1枚でなれるくらいに簡単だけど、そこで生き残るのは難しい。実際、君だってそうだろ? もし、初仕事がこれじゃなかったら、死んでた可能性もあるぞ」


「それは漏らしそうなくらいに身震いするほど怖い話ですね」


「ははは。面白い修飾語をつけるね。だから、オレはこれから後続の育成に力を注ごうと思う。力さえあれば少なくとも生き残れる確率は高まる。冒険者が使い捨ての安い命だって風潮を変えたいんだ」


 拳を握って決意を表すブラントの瞳は憂いを秘めていた。これまでの辛い経験の詳細を語らずともその目を見れば想いは伝わってくる。


「グワアアアアァアアアヌ!」


「こ、この鳴き声は……! まさか、ブラックサーウルフ!?」


 ブラントがライトを持って、鳴き声がする方に駆け出した。


「襲撃者ですか?」


「この地域にいるはずがないモンスターだ」


「へー、珍しいこともあるんですね」


「ノンキなこと言ってる場合じゃない。このモンスターは本来、ここらに生息しているモンスターよりも凶暴で強いモンスターなんだ!」

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