第2話 怪しいけれど売ってる人は合法だと言い張る謎の白い粉
実家を追放されたハーランドは、2羽のニワトリを抱きかかえながら、羽毛をもふもふしつつ職を探すことにした。
ハーランドが住んでいるところはネオバシ区。普通に生きていれば就職先に困るようなところではないが、ハーランドはここで100連敗している。正規雇用は無理だと諦めて、まずは日雇いでもいいから稼ぐことを覚えなければならない。
実家近くでなんとかしようとするも……既に連敗続きだったこの街にハーランドが働ける場所はなかった。
「クックルドゥドゥ」
「そうか。アッキー。お前もこの街には用はないと思うか」
「コケー!」
「ケンティーもそう思うってか。よし、どうせなら故郷から離れてみるか!」
特別、ニワトリの言葉がわかる能力はないハーランドは、勝手に自分の意見をニワトリが言ったことにして、ならずものが集まると言われているネオドヤ区に行ってみることにした。
ネオドヤ区に着くと帽子を深く被った青年がハーランドの目の前に立ちはだかった。
「おっと、兄さん。ちょっとした仕事していかない?」
「仕事!?」
あからさまに怪しい風体の青年だが、就職に失敗したハーランドにとって向こうから仕事がやってくるなんて正に渡りに船という状況。
「そう。この謎の白い粉を時計塔の前にいる女に渡して欲しいんだ。髪型は雷に打たれたみたいに逆立ったやべえ女だから一目見るだけでわかると思うぜ」
青年が周囲に見えないように、チラっとだけハーランドに白い粉が入った透明な袋を見せた。
「あの……! そういうの良くないと思います!」
「え? な、なんだよ。別に怪しい仕事じゃねえって。この粉も合法、合法。そりゃもう合法だぜ!」
「いや、そうじゃなくて。例え奇抜な恰好していたとしても、人をそんな風にやべえとか言うものじゃないと思います!」
「な、なんだ。そっちか……まあ。あいつもわざと奇抜な恰好してんだ」
「へー。どうしてですか?」
「そりゃあ、もし憲兵に見つかったとしても、印象に残るのは奇抜な髪型のほうだ。逃げる時には別の髪型に変えれば人の印象はすぐに変わる。普通の髪型だったら、顔の方を覚えられちまうからな……って言わせんじゃねえよ!」
「へー。よく考えてるんですねえ」
憲兵に見つかったらのくだりを丸々スルーしたハーランド。
「まあ、そういうわけだ。この全く怪しくもない合法な粉を例の女に届けて欲しいんだ。報酬は女の方から受け取ってくれよな!」
青年がハーランドに白い粉の入った袋を渡そうとした時だった。ハーランドが抱えていたアッキーが暴れ出した。
「あ、こら! アッキー!」
アッキーは青年から袋をひったくるとその中身をくちばしを使ってビリビリに引き裂いた。
「あ、あああ! オレのブツが!」
「す、すみません! 待つんだ! アッキー!」
ハーランドがアッキーを捕まえようと、抱っこしていたケンティーを離した。次の瞬間、ケンティーが「コケーっ!」と叫びながら青年の頭の上に飛び乗り、彼の頭の上でタップダンスを踊った。
「い、いてえ! くそ! かぎづめが……! てめえ!」
青年は上にいるケンティーをどかそうと自分の帽子を取った。帽子を深々と被っていて顔を隠していた青年の顔が明らかになった。
「ア、アイツは指名手配犯のティガーだ!」
通行人の一人が青年を指さしてそう言った。その瞬間、ティガーは「やべ」と言い、その場から逃げ去った。
「追えー! あいつを捕まえたら、懸賞金30万ジンバドルだぞー!」
通行人たちは逃げていくティガーを追っていった。その数はかなり多くて――
「いて」
「おっと、ごめんよ」
どさくさに紛れてハーランドにぶつかる者もいた。だが、その十数秒後には、ハーランドの周囲は静まり返り、元の落ち着きを取り戻した。
「ふーん。この地区は捕まえただけでお金がもらえる人がいるんだ。いいなー。そういう人だけを捕まえて生きていきたい」
そんなことを考えながらノンキに街を歩くハーランドだが。時間が経てば腹が空くのが人間というもの。ハーランドの腹の虫が鳴り、どこかで買い物しようとする。
「父さんから30万ジンバドルももらったし……贅沢に外食なんてのもいいかもな。えっとサイフは……」
ハーランドは自分の体をまさぐった。しかし、体のどこを触ってもサイフに当たらない。
「……あれ?」
ハーランドはここで全財産が入ったサイフがなくなったことに気づいた。実はさっき、どさくさに紛れてハーランドにぶつかった者にサイフをスられてしまったのだった。しかし、ハーランドはそれを知る由もない。
どこでなくしたか検討もつかないまま、ハーランドの足元で鳴き声をあげているニワトリたちを見つめた。
「ケンティー。アッキー。サイフを家に忘れてきたみたい」
ハーランド。ここで渾身の勘違い。
「参ったな。今更、実家に戻れないし、かと言ってどこかに泊まるのにもお金がかかるよね」
ハーランドは頭をよく稼働させて考えてみた。考えた結果、辿り着いた結論は……
「あ、さっきのティガーとかいう人を捕まえれば良いんだ。あの人を捕まえたら30万ジンバドルもらえるし! そうすりゃプラマイゼロだ! よし、やるぞ!」
ハーランド、21歳。底抜けに前向きな性格だった。100回就活に失敗してもめげない根性持ち。全財産なくしてもこの思考である。
◇
アテもなく指名手配犯ティガーを探すハーランド。しかし、そんな簡単に見つかるはずもなく、ただただ徒労。真上にあった太陽も下がりつつある時間帯、とある建物の前にいた。
「なんだここ。冒険者業用仕事斡旋所?」
冒険者。それは、社会不適合者の最後の受け皿。無能、犯罪者、脛に傷を持つものの掃きだめ。そんなロクでもない連中が集まるこの斡旋所は正にこの世の地獄。
「まあ、仕事がもらえるっぽいなら入ってみるかな」
全く、無警戒で斡旋所に入るハーランド21歳。幼児でももう少し警戒心はあるのに、この成人男性の行動力はどこから来るのか。それはこの世の誰にも解明できないことであった。
薄暗い照明。ところどころヒビが入っている木造建築。外観も相当北汚かったが、内観は更に汚い。そんな性格すらも終わってる顔が残念な人のような建物。見るからにゴロツキがなにやら台帳を見ている。
「やあ、あんた初めて見る顔だね」
受付のおじさんがハーランドに話しかけてきた。頭に毛はない。しかしその分、過剰なまでにヒゲがある。男性ホルモンマシマシの外見のおじさんがヤニで黄ばんだ歯をニっと見せた。
「はい、初めてです」
ハーランドは素直にそう言った。
「まあ、ウチもニワトリ連れて来る人は初めて見たよ。まあ、初めてなら会員登録が必須だね。この用紙に名前を書きな。文字は書けるかい?」
「ええ。書けます」
「それは良かった。ここの連中は文字を書けない連中も多くてね。職員が代わりに読み書きするなんてこともザラにあんだ。へっへっへ」
ハーランドは登録用紙に必要事項を書いて受付に渡した。
「どれどれ……おお、不備がない。こいつは珍しい。あんた結構育ち良いんだな」
「そうですか? 心優しくて頼りになる良い両親に育てられたもので」
書類に不備がないだけで褒められるような業界。それが冒険者業界である。
「はい、登録完了。早速仕事していくかい?」
「ええ。ぜひともお願いします」
仕事がなかったハーランドはすぐに仕事が紹介してもらえるとのことでいともたやすく食いつく。
「あんた、動物好きそうな見た目しているしな。こんな仕事はどうだ? 羊飼いからの依頼で羊の護衛。夜な夜なやってくるモンスターから羊を守るだけの簡単なお仕事だ」
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