就職に失敗したけど俺だけ使える修飾魔法で最強を目指します
下垣
第1話 就職したら負けかなと思ってる
「ハーランド! 就職100回失敗記念! おめでとう!」
パンっとクラッカーが鳴る。そんな不名誉な席の主役のハーランドは銀髪の頭を掻いて照れている。
「いやー、それほどでも。100回かー。ここまで長かったな。いやはや、みんなありがとう」
ハーランドのそのセリフに父母、姉、弟が静まり返る。ハーランドは疑問の表情を浮かべて首を傾げる。
「ハーランド! わかってるのか? お前、今嫌味を言われてんだよ」
ハーランドの父親が急に憤慨する。さっきまで和やかな雰囲気だったのに父親に叱られてハーランドは意味が分からなずに緑色の目を見開く。
「え? お祝いしてくれてるんじゃないの?」
「こうでもしないとお前は自分の現状を把握できんだろうが!」
父親がハーランドに少しだけ厳しくハーランドに指摘をする。今まではとある事情でハーランドに強く言えないため、やんわりと指摘してきた家族。どうせならこの機会にとハーランドに発破をかける作戦を取った。
「ハーランド兄さん。僕ももう就職したんだよ? 3つも下の弟に先を越されて悔しくないの?」
「うーん? 人生の歩みは人それぞれだし、俺はそういうのは気にしないかな。それに、可愛い弟が立派に就職する方が嬉しい。お前が就職できない方が嫌だ!」
「え? ああ、ありがとう。兄さん」
ハーランドを責めていたはずの弟がカウンターを食らい照れてしまう。そのハーランド弟の不甲斐なさに姉はため息をつく。
「ちょっと、なに懐柔されてんのっ! 姉の立場からも言わせてもらうけどね! あんたみたいな穀潰しがいると、こっちの結婚にまで影響しかねないんだからね!」
「え? 姉さん、恋人いたっけ?」
「まだいないよ! でも、将来できた時に困るでしょって話をしてんの!」
「えー、もったいないなあ。姉さんみたいに素敵な人を放っておくなんて、周りは見る目がないね」
「え? ああ、そ、そうかな?」
またしてもカウンターを食らい、姉が懐柔されてしまう。だが、それに異を唱える人物もいた。
「ハーランドや! 今までそうやって、家族をおだてて上手く立ち回っていたようだけど、今度という今度は限界だよ! 我が家の名誉のためにも、そろそろ就職してもらわないと困るんだ!」
今度は母に詰められる。
「別に俺はおだててるつもりはないよ。本心を言ってるだけだよ。父さん、母さんにもいつまでも長生きして欲しいし」
「またそうやって……! アタシは騙されないんだからね!」
「長生きして欲しいのはもあるけど、母さんにはいつまでもキレイでいて欲しいな」
「キレイ……?」
「うん。やっぱり、母さんがキレイな方が俺も嬉しいからね。今のままでも十分キレイだけど、もっとキレイに……あ、でも、これ以上キレイになったら、父さんが気が気でないかな。母さんが口説かれやしないかってね」
「あらやだ、この子ったら」
実の息子に褒められて頬を赤らめる母。だが、最後の砦と言わんばかりに父が机をドンと叩いた。
「ハーランド! 父さんがな! 気が気でないのは、お前の将来についてだ!」
「俺?」
ハーランドが自分を指さす。
「お前以外にいないだろ! いいか? お前は口が上手い! 上手すぎるくらいだ! それでなぜ就職できない!」
尤もな疑問を口にする父親。だが、それがわかっていればハーランドも苦労しない。
「なんでだろうな」
「自分のことだろ。わからんのか?」
「わかってたら、100回も就職失敗してない!」
ハーランドは鳩のように胸を張った。父親はそれを見てこの世の終わりのように頭を抱える。
「威張るな……あのな、父さんも悪かった。それは反省しよう。今まで、お前の就職が上手くいってないのを見ていたのに、なんのアドバイスもしてやれなかったこっちにも問題はあるのかもしれない」
頭ごなしにハーランドを否定するのではなく、きちんと歩み寄る姿勢を見せる父親。
「そうだな。ちょっと面接の練習をしてみようか。それじゃあ、まずはこの会社を志望した動機をきこうか。ハーランド。直近で受けた会社と同じことを答えなさい」
「はい。最近、成長が著しく業界でも注目されている、まるでタケノコのような存在である御社を志望した理由は――」
「待て。ハーランド。お前、それ毎回面接で言ってるのか?」
「ん? なんのこと?」
「タケノコがどうのこうのだ」
「いや、毎回は言ってないよ。この部分は会社によって変えてるよ」
「そういうことじゃない! そこは普通に御社でいいんだよ! 持ち上げ方がやらしすぎるわ!」
「え? でも、本当に思ってたことだから……」
「本心を押し殺せ! 就職したいのならな!」
「私が御社を志望した理由は……うごべぇ!」
ハーランドは口元をおさえてうずくまってしまった。
「カ、ハーランド! どうした! なんか内臓が出てきそうな嗚咽だぞ!」
「だ、だめだ……思ってることを押し殺すと吐きそうになる」
「なんでだよ! 就職したいなら無駄な修飾やめろ!」
「う、うん……が、がんばってみる……ぼへぇ」
「ハーランド。お前、顔色おかしいぞ。そんなに嫌なのか? 修飾しないのが?」
ハーランド。21歳男性。修飾できないのは無理だから就職を諦めた――
◇
ハーランドは就職を諦めたが働くことは諦めていない。父親はそんなハーランドの姿勢を見てある提案をする。
「ハーランド。何も就職だけが人生じゃない。世の中には事業を起こしたりして成功している者もいる。お前はとにかく口が上手い。そのスキルを活かしてなにか事業を始めたらどうだ?」
「事業かー。でも、俺はビジネスのことは何にもわかんないんだよな。貸借対照表と損益計算表の区別もつかないくらい会計オンチだよ?」
「そこは上手く会計士を丸め込んで格安でどうにかしろ。3年間、家族を丸め込んできたお前ならできるだろ!」
「えー。俺はきちんとした仕事をする人には正当な報酬を支払いたいよ。そんな格安でコキ使うなんて人間のすることじゃないよ!」
「うん、実に立派な考えだ! しかし、駆け出しのお前にそんな余裕があるわけないだろ! 現実を見ろ現実を!」
現実を見た結果、事業を起こすのにハーランドは足りないものが多すぎる。まずは事業計画、資本金、技術、技能、コネ、そういうものを築いてこなかった人間が今日、起業しますと言ってできるほど世の中は甘くない。
「まあ、なんにせよ。まずは種銭が必要だな! ハーランド、お前を一旦、我が家から追放する!」
「一旦って何!?」
「せめて、追放の方に引っかかれ! いいか。私はお前のことを大切に想っている」
「それは俺も同じ気持ちだよ! 父さん」
「ああ……だからこそ、心を鬼にして、実家を追い出すのだ。このままでは、私はお前を無限に甘やかしてしまう。そして、お前も無限に甘える性格だ! そうだろう?」
「それは否定できない」
「それはお互いのためにもよくない。だから、まずはきちんと稼いでくるまで家に戻ってくるんじゃあない!」
「稼ぐったってどうすればいいの?」
「うむ。そうだな。流石になにも渡さずに追放はいけないな。ここに30万ジンバドルがある。当面の生活費にはなるだろう。それと、我が家で飼育しているケンティーとアッキーも連れていけ」
「コケーッ!」
「クックルドゥドゥ!」
父親はハーランドに庭にいた2羽のニワトリと30万ジンバドルを渡した。
「ありがとう父さん」
「ニワトリは生きていればタマゴを生む。タマゴは良いぞ? 実に栄養価が高い。しかし、どうしても困窮した時は絞めて食べると良いだろう」
「わかったよ。それじゃあ、父さん……まだどうやって稼げばいいのかわからないけど、とにかくがんばってみる!」
「おう、がんばれ! 陰ながら応援しているぞ!」
こうして、ハーランドは円満退社のように家を追い出されて、自活を強要されてしまった。2羽のもふもふのニワトリと共に始まるハーランドの成り上がりの物語はここから始まったのだ。
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