ゴーレムの慟哭
第1話
「飯でも食いに行かないか?」
その男はアガシア神殿の柱廊に寄りかかって、小柄な女性を誘っていた。
昼下がり、仕事から離れるために外出した先で、まさか奴に出会うことになるとは思わなかった。生きている限り労働からは逃れられないようだ。神々とその番人を買収できるほど、多額の賄賂を用意できるのなら別だが……。
「えっと、今からはちょっと……」
女は少したじろぐと、断る理由を探すように、落ち着きなく辺りに視線を動かしていた。もちろん助け舟を出すつもりなんかさらさらなかった。白昼堂々盗み聞きってのも趣味が悪いが、それでも事件の糸口を掴めるかもしれないまたとない機会だ。おれは彼らに見つからないよう、すぐさま柱に身を隠した。しかし、女の方はそれを目ざとく見つけたらしい。ここぞとばかりに声を上げた。
「あ、リュカさん」
おれは柱の裏でしばらく押し黙っていたが、観念して、柱の裏からたった今やってきたってな感じで顔を出した。
「誰かと思えば君か、まさかおれ以外にも、上司の目を盗んで時間を潰している職員がいるとは思わなかった」
「私は、今も仕事中ですが……」
「そりゃ結構」
女性のほうは、おれと同じく調査官として冒険者ギルドで勤務しているハナという職員だった。ちなみに席はおれの隣、朝から姿を見ないと思ったら、こんなところで男と逢引してるとは、しかも相手はまさかの、冒険者ときた。
「えっと……」
ハナは視線を、おれと男の間で交互に滑らせると、おどおどしながらも互いを紹介し始めた。
「この人は、冒険者のダルムントさんです」
「ダルムントだ、よろしく」
「こちらは、調査官のリカルディウス様です」
「リュカで構いませんよ」
「よろしく、リュカ殿」
ダルムントと呼ばれた男は、僅かに南部の訛りを感じさせる帝国語だった。無精ひげに眼帯、という出で立ちを差し引けば、年齢は記録より多少若く見えるだろうか。他の冒険者同様、清潔感は感じられないが、立ち振る舞いが妙に堂々としていて、品位を掴みかねた。
「ここで会ったのも何かの縁、立ち話もあれですし、三人で食事でもどうですか?」
おれはもちろん食事に誘った。この男は、現在とある事件に関与している可能性がある重要人物だ。盗み聞きはできなかったが、それでも偶然を装って出会えたのは幸運だ。もちろん本当に偶然でしかなかったが。
「いや、悪いが俺はこれから用事があってな」
しかし、ダルムントは首を横に振った。
「冒険者ギルドに関する用事であれば、急がなくとも多少の口利きは致しますよ」
「いや、それには及ばない」
「そうですか、残念です。優秀な冒険者の方に、ギルドの不満点や不備などあれば、是非とも御教示願いたかったのですが」
「またの機会にしてくれ」
急いでいたのか、ダルムントはそう言い放つと、煙のように柱廊の陰に消えてしまった。
くそ、もう少し探りたいことがあったのだが……まあ、仕方ない。無理に引き留めて怪しまれても、後が面倒だ。
「あの――」
ハナは予期せずおれと二人きりになったことで、落ち着かないのかそわそわと周囲を見始めた。こうなると、残されたのは職場を抜け出し、一年のうち最も過ごしやすい季節の真昼間に腹をすかせた二人の調査官だけになる。
「飯でも、食いに行かないか?」
そういう経緯で、おれは神殿の柱に寄りかかりながらそう言った。
もちろん、神々どころか、その番人でさえ納得するような額の賄賂は持ち合わせていない。
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