第5話
受付から聞こえる冒険者らの怒号や、受付嬢たちのため息を聞きながら、おれは今日も報告書や稟議書と睨めっこしていた。このところ続いた実地調査や、所内調査が嘘だったかのような、平和な一日が流れていた。つまり、朝から晩まで上司に見張られながら、自分の席に張り付いていなければならない一日とも言える。
そんな安寧ながらも絶望的な一日が半分ほど過ぎた頃、一人の受付嬢がおれに救いの手を差し出した。
「リュカ調査官、グラニス・ゲトリクスという冒険者が、どうしてもリュカ調査官に取り次いで欲しいと申し出ているのですが」
昼休み後、稟議書を係長から突き返されたばかりのおれの後ろに、申し訳なさそうな顔の受付嬢が立っていた。
「なんだ、またトラブルか?」
係長が言った。
「おそらく先日の夜勤の際、対応した冒険者でしょう」
おれの言葉ですべてを察したのか、係長は「ああ……」と苦い顔をしたあと、服を正して立ち上がった。
「いいよリュカ、お前はここで待ってろ、俺が追っ払ってやる」
「いえ、自分で対応できます」
「別に、お前がそこまでする必要はないんだぞ」
「大丈夫です、すぐ済みます」
おれは係長をにそう告げると、止められる前に受付に向かった。
カウンター越しに辺りを見回すと、ごった返す冒険者の中、3番窓口に見覚えのある男が立っているのが見えた。向こうもおれに気づいたのか、神妙な顔で会釈してきた。
「先日は、どうもありがとう」
「いえ、結局私は何の役にも立たなかったので」
「そんなことない、あんたのおかげで、ベイルは無様な最後を遂げずに済んだ」
「そう言っていただけると、幸いです」
「今日は、これを渡しに来たんだ。あんたに」
男はそういうと、上着のポケットから小さな金属片を取り出した。
「ベイルの形見だ。家族の話はあまりしなかったが、帝国のどこかに妹がいるとかどうとかって話を、前に本人から聞いたことがある。もし、ここに問い合わせがあったら、俺に代わって渡してくれないか」
「申し訳ありませんが、死亡した冒険者の遺品の預かりは行っておりません」
「わかってる。だからこれは、俺の個人的なお願いだ。俺はこれからもこの稼業を続けるつもりだ。いずれどこかで野垂れ死ぬかもしれない、だからあんたに渡しておきたいんだ、なんだったらあんたが好きに使っても構わない」
おれは手渡された金属片を見た。材質は魔法銀か、別に、これを手にしたからって、おれに何かの責任が発生するってわけでもない。さっさと受け取って、遺失物として受付嬢にでも処理させておけばいいんだ。悩む必要なんて、これっぽっちもない。
「わかった、だが期待するなよ」
おれは金属片を握りしめ、ポケットに突っ込んだ。
皆忙しくしているらしく、おれと男のやり取りを気にしている者は居なかった。
受付窓口と、事務室を繋ぐ扉の前に居たハナ以外は。
――調査官の長い夜(完)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます