第13話
「じゃあ、先輩は最初っから気づいてたってことっすか?」
レンが報告書を書く手を止めて、驚いたようにおれを見た。
「正確にはシムルがドニトスを囮役に選んだときだ。もしミリアムの言うようにエレナが妊娠しているのだとしたら、それは魔術師であるシムルの子供であるはずがない。疑うべきはシムル以外で近い関係の男性、つまり同じパーティーメンバーのドニトスだ。そしてドニトスが囮役に決定されたとき、シムルもおれと同じ考えに至ったんじゃないかと、ふと思ったんだ」
「それで、魔法陣が発動する瞬間、わざと僕らに向かって〝旋風〟の魔道具を使用したんですね」
「ほとんどただの勘だったけどな。シムルとしては、ドニトスは道中で力尽き、おれとお前だけが戻ってくるのが望ましかったんだろう」
「だけど僕らは、全員生きて戻ってきてしまった」
「となると次は、魔法陣にドニトスをカーバンクルごと閉じ込めて、事故に見せかけて殺すかなって、思い浮かんだ。実際に地面に描かれていた魔法陣は、不幸な事故を引き起こすには十分すぎる大きさだったしな」
「ドニトスさん、かわいそうですね。浮気してたって証拠もなかったのに」
「だがあいつも、なかなかの食わせ者だよ。お前気づいてたか? ドニトスがシムルから受け取った紅玉、あれ、こっそりおれのポケットに入れて、カーバンクルから狙われるリスクを避けようとしてたんだぜ」
「マジっすか! え、それやばくないっすか? 僕、報告書に書いていいっすかねそれ」
「いいって書かなくて、めんどくさいから。シムルのことだって、あくまでおれたちの想像で、証拠らしい証拠はないだろ? 今回は変異体のカーバンクルが存在したこと、それをどのように討伐し、報酬の見直しをするべきだと思料するかどうか、それだけでいいんだ」
「そうっすか……」
レンは少し納得いかない様子だったが、それでもおれたちは今日、休日返上で報告書を作成しに、冒険者ギルドへ来てるんだ。ちゃちゃっと終わらせてちゃちゃっと帰りたい。その気持ちはレンも同様のはずだ。
「いやあ、それにしても、冒険者って大変ですねいろいろと、あんなに仲良く見えても、結構どろどろしてるもんなんすね」
「まあそんなもんだろ、人間なんて。別に冒険者じゃなくても、変わらないよ」
それに、ドニトスが身を挺しておれを助けようとしてくれたことは、紛れもない事実だ。どんな人間にも完璧な善人は居ない、完全な悪人が居ないように。それは冒険者だって一緒なんだろう。自分だけでも助かりたいって気持ちと、それでも誰かを助けたいって気持ちが、常にせめぎ合いながら、日々生きてるんだ。
「そういえば、お前どうなんだよ。まだミリアムって魔術師と、連絡取り合ってるんだろ?」
「はい、昨日も一緒に食事しましたよ。彼女もパーティーが解散しちゃって、毎日暇してるらしいんで」
「お前も中々隅に置けないな」
おれが肩を小突いて茶化すと、レンは不思議そうな表情を浮かべたが、しばらしくておれの意図が分かったのか、ああ、そういうことですか、と手を叩いて笑みを浮かべた。
「揉めそうな報告書には、疎明書類として参考人調書を付ける! 先輩に教わったことですよ、僕が忘れるわけないじゃないですか」
あら? どうも話が食い違っているようだが……まあいいか、若者の恋路に、おれみたいなおっさんが首を突っ込んでも仕方ないしな。
「そうだ、終わったら、一緒に飯でも食いに行くか?」
便所だろうか、おもむろに立ち上がったレンに対し、おれはなるべく負担に感じさせないように、何気ない雰囲気で誘ってみた。
「やめときます、せっかくの休みですから、帰ったら家でゆっくりします」
「そっか」
おれが若い頃は、先輩の誘いなんか恐ろしくて断れなかったが、今どきの若者に対しては杞憂だったのか、それともおれのきめ細やかな気遣いが、レンに断る勇気を与えたのか。臆することなくスタスタと、事務所の奥に歩いていくレンの背中を眺めながら、おれは少しだけ居心地の悪い、複雑な気持ちにさせられた。
そろそろ帰るか、邪魔してるだけかもしれないし。
レンが休日を使って、今回の同行調査に関しての報告書を作成すると言っていたため、何か手伝えることがあればと思っておれも出てきたが、同行調査のときと違って、どうやらその必要はないみたいだった。
おれは立ち上がり、椅子を自分の机に戻した。レンが戻ってきてから、ひとこと声ぐらいかけて帰るか。
おれはちょっとした時間つぶしのつもりで、レンの書いた報告書に目を落とした。
本職はオリエンティウム冒険者ギルドに所属する調査官であるが――
という定型文から始まり、主観的な視点は一切入れず、事実のみをありのまま伝える手堅い文章でありながらも、彼の伝えたい部分に迫るにつれ、自然と描写が細かくなっていく、心のこもった、いい報告書だった。
そして最後は、冒険者に対する報酬についての、彼の意見によって締められていた。
――以上の理由から、本職はギルドが冒険者へ支払う報酬額を、80セステルから、120セステルに変更することが望ましいと思料する。
おれは顔を上げ、レンがまだ戻ってきそうにないのを確認すると、最後の120セステルという数字に、印象指輪で訂正印を押して、140に書き換えた。
――カーバンクルの紅玉(完)
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