第7話

 その後も、おれたちは時間の許す限り森を歩き回り、カーバンクルを探した。


 2匹目が見つかったのは、もう諦めようとした夕暮れ間近だった。しかも次はシムルが仕掛けた紋章魔術の罠にかかったことで見つかったのだ。


「これがあるから、俺たちはカーバンクルの討伐依頼で生計を立てれるんだ」


 それはシムルが休憩がてら、時折地面に書き記していた魔法陣による罠だった。大きさは大体、地下水道工事のために使用するマンホールと同じくらいだろうか。その真ん中に、カーバンクルがうずくまっていた。


「紋章魔術ですか? どういった効果です?」


「詳しくは教えられない。とにかく、こいつはもうここから動けないと考えてもらっていい」


 おれはつい感嘆の声を漏らしてしまった。イリーニャ派の紋章魔術は、ティティア派の呪歌ほどの爆発力はないが、利便性が高く実戦向きなものも多い印象があったが、まさにそのとおりだった。


「次こそ変異体とやらを見てみたいのですが」


「紅玉を抜き取ってみない限りは分からない」


 シムルは動けないカーバンクルの前に立ち、ドニトスの戦斧に魔術を掛けた。戦斧の刃腹に刻まれていた魔法陣が、エーテルによって赤く浮かび上がる。


「罠にかかって動けなくなったカーバンクルは、こうやって倒すことに決めているんだ」


「呪歌を使わずとも突破できるんですか?」


 確かこいつら、接待のときにカーバンクルの障壁を壊す方法は、二つあると言ってたな。その二つ目がこれってわけか。


「あまり、スマートな方法とは言えねえけどな」


 ドニトスはにたっと笑うと、シムルの魔術で強化された戦斧を、カーバンクルに向かって一心不乱に振り下ろし続けた。


 一発や二発でどうにかなりそうな障壁ではなかったが、それでも数分もの間休まず撃ち込まれる攻撃に対して、とうとう障壁の方にひびが入った。


「エレナ、そろそろ交代してくれ」


「はいはい」


 夏の終わりとはいえ、まだまだ暑い時期だ。ドニトスは水を飲むと、地面に尻を付いた。


 代わりにカーバンクルの障壁を叩き始めたのはエレナだった。彼女の武器は一見すると何の変哲もない槌だったが、先端の材質は紛れもない魔法銀ミスリルだった。


魔道具アーティファクトですか」


「ああ、よく気づいたな」


「女性が選ぶ武器にしては、重すぎるように見えたので」


「エレナは魔道具の適正が高いんだ、それに重心の使い方だって、馬鹿にできない」


 シムルは誇らしげな表情でエレナを見つめていた。確かに、その細見からは想像もできないほど破壊力のある打撃が、カーバンクルの障壁を揺らしていた。


 だが、エレナの手は1分もしないうちに止まってしまった。


「どうした?」


 エレナは口を押え、その場に座り込んだ。すぐさまシムルが駆け寄って、エレナの肩を支える。


「大丈夫、ちょっと立ち眩みがしただけ」


「疲れが溜まってんのか? 俺が代わる、お前はちょっと休んでろ」


 カーバンクルの障壁が治ってしまう前に、ドニトスが戦斧をまた振り上げた。


「ごめん、ちょっと休めば、すぐ良くなるから」


「気にすんな、貸しにしておく」


 ドニトスはげらげらと高笑いし、戦斧を振り続けた。

 確かに絵になる方法ではない。ただひたすら攻撃を続けて、カーバンクルの心が折れるのを待つという、駆け出し冒険者が取りそうな手法だ。


 しかし、実際に10分ほど経つと、ゴッと鈍い音が森に響くと同時に、カーバンクルの頭は陥没し、突っ伏したままぶるぶると痙攣し始めた。


「ふぅ、こいつはあまり根性のないほうだったな」


 ドニトスが顎から滴る汗を拭いながら言った。


「普段はもっと時間が掛かると?」


「まあな、長い奴は1時間は耐える」


 本当かどうかは分からない。実際に今見た限りでは、むしろ討伐報酬を、引き下げてもいいと感じるほどだ。


「変異体かどうかは、紅玉を抜き取ったときに判明するということでしたよね?」


 おれはシムルが紅玉を取る前に、再度確認した。奴の言うことを信じれば変異体である確率は3分の1、だったらこれが変異体だったとしても、何もおかしくない。


「そうだ、どうやら半信半疑らしいな」


「いえいえ、そんなことはありません」


「腰ぬかすなよ」


 シムルはエレナを含めた全員が準備を整えるのを待って、カーバンクルの額から紅玉を取り外した。


 何も起こらない。


「どうやら今回も空振りでしたね」


 それもそのはずだ、変異体なんてもの、初めから存在しないのだ。おれが鼻で笑ったとき、それは起こった。


 紅玉を抜き取られ、完全に絶命したはずのカーバンクルが、視界の端で、起き上がったのだ。おれはぎょっとして見やる。


 ぽっかり空いた額の空洞から、黒い煙のようなものが噴き出していた。


「先輩……マジだったじゃないすか」


 レンが眉をひそめながら、おれを見た。

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