第6話

 カーバンクルが見つかったのは、二日目の昼下がりになって、ようやくだった。


「エレナ! 右から回り込め、ドニトスは左だ!」


 シムルは仲間に的確に指示を飛ばしながら、草深い森の中、カーバンクルを追い詰めていった。一見すると手を抜いているようには見えないが、どこでどんな不正行為をするかわかったもんじゃない。おれは一時も目を離さないよう、レンと共にシムルたちを追いかけることにした。


 しかし、善良な公務員であるおれが、年がら年中、原野や山河を走り回っている冒険者と同じペースで、森の中を走り続けられるわけがなかった。5分も経たないうちに、せり出した木の根に足を取られ、蛙みたいにひっくり返ったのは、もはや必然ともいえることだった。


「先に行きますからね」


 レンはおれを飛び越えながら言った。まだ若いからだろうか、おれと違って全く息を切らしていないように見える。


「おい、おれが来るまで、倒すなって言っとけよ!」


「だったら早く来てくださいよ」


 くそったれ! おれは立ち上がり、服に付いた泥を落とすと、また走り出した。しかし先頭とはどんどん差が開いていく。


 結局、おれが数分遅れで皆に追いついたときには、カーバンクルは四方をシムルたちに囲まれた状態だった。


 怯えた犬ように、青い獣毛を逆立てるカーバンクル、つぶらな黒い瞳と、つんと立った耳が、逃げ場を求めて左右にせわしなく動いていた。


水槍アクアルマ!」


 おれが追いついたことで、カーバンクルを刺激してしまったのか。ミリアムとエレナの間を抜けて逃げようとしたため、咄嗟にミリアムが水の魔術を放った。


 杖の先から放たれた水の刃が、カーバンクルに迫る瞬間、奴の額に埋まっていた、美しい紅玉がきらりと光った。


「これが厄介なのよね」


 ミリアムがため息と共に呟いた。


 カーバンクルは額の紅玉に似た、赤みがかった半透明の膜のようなものに包まれていた。

 退路をふさぐように、ドニトスがカバーに入ったため、カーバンクルはその場で立ち往生していたが、あれだけ勢いのある水槍が直撃したにもかかわらず、外傷らしい外傷は全く見て取れない。


「これがカーバングルの障壁なんだ。属性変化を伴っているから、魔術だけでなく物理的な攻撃も防がれるんだよ。なんなら、試しに斬ってみる?」


 シムルがおれの腰に下げた立派な剣を顎で指しながら言った。


「やめておきます、実をいうと剣術は苦手なんですよ。しかし、うちのレンであれば、多少はお役に立てるかもしれません」


 そういうと、おれはレンに目配せした。念のため、本当にカーバンクルの障壁が機能しているのか、試してみる必要があった。


「倒してしまっても、構わないんですよね?」


 レンは不敵な笑みを浮かべながら剣を抜くと、ウサギに毛が生えた程度の大きさのカーバンクルに向かって、頭上から思い切り刃を振り下ろした。相手がたとえ誰であっても全力を尽くす。普段からそういう姿勢で仕事にも臨んでくれればありがたいんだが。


「かったい! 何これ、無茶苦茶に硬いっすよ」


 しかし、レンの剣はまるで岩を切りつけたかのように、カーバンクルの数センチ手前で弾かれた。しびれた手の平をぶらぶらさせながら、悪態をつくレン。


「じゃあミリアム、頼む」


 シムルはほら見たことかと目を細めると、レンの手を引いて後ろに下がった。


 おれはミリアムのほうに視線を向けた。既に呪歌の準備が整っていたようだ。おれもこの目で魔術師の呪歌を見るのは初めてだったため、緊張が走る。


空炎アルゲニス


 ティティア派魔術師との協定で、ギルド職員は職務上知り得た奥義について、永久的な守秘義務が課せられているため、魔術構築プロセスの描写は省くものの、ミリアムの放った呪歌はカーバンクルの障壁魔術に引火すると、消えない炎となってカーバンクルの体に纏わりついた。

 どうやら直接的な熱で相手を攻撃する魔術ではないのだろう、カーバンクルも戸惑ってこそいたが、熱がる素振りは見せていなかった。


 しかし、矢庭に、ドニトスが手に持った戦斧で、カーバンクルを殴りつけたとき、ミリアムの放った炎の本当の効果に、なんとなく察しがついてしまった。


 本来なら、先ほどのレンと同様、カーバンクルの障壁魔術によって、ドニトスの戦斧も弾かれるはずだった。しかし、聞こえてきた音は、どう考えても肉や骨を潰したときの、生々しいそれだった。


「もしかして、もう倒されたんですか?」


 おれがドニトスの後ろから、恐る恐る覗き込むと、青い獣毛を真っ赤な血で濡らしながら、絶命しているカーバンクルの姿が目に入った。


「おお、随分、あっさり倒しましたね」


「まあ慣れてるからな。だがこれをあっさりと捉えるかどうかは、人それぞれだろ? 二日間森を駆けまわって、数十分の追いかけっこの末、ようやく倒せた一匹だ」


 シムルはそう言いながら、カーバンクルの死骸から、輝く紅玉を抜き取った。


「そんでこの紅玉ひとつで、80セステル、4人で分けたら一人たったの20セステルだ。それでも、今回のは変異体じゃないだけマシだ」


「変異体だと、具体的にいくらほど提示すれば、討伐依頼として成立するでしょうか?」


「最低でも200は出してもらわないと割に合わない」


 おれは肩をすくめた。


「一度この目で見てみないと、なんとも」

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