第5話

 カーバンクルの生息地は、開拓都市オリエンティウムから南東へ数時間程度進んだところにある、ガッタリアという森の中にあった。


 地域の住民はこの森のことを、ガッタリア大森林と呼ぶが、その大きさについては未だに疑義が残っている。というのも、この森の奥で発生するとある現象によって、森林の全容が未だ掴めずにいるからだ。しかし、今回の依頼ではガッタリア森林の奥地まで行く必要はないため、その詳細については、また別の機会に話すとしよう。


 それより今は、丸一日かけたのに、カーバンクル一匹見つからないまま、シムルたちが野営の準備を始めたことの方が問題だった。


「今日は、これで捜索終了ということでしょうか?」


 おれは天幕の紐を、木に結び付けるのを手伝いながら、シムルに問いかけた。


「ありがとう。まあ、仕舞には少し早いが、日が暮れてから、野営の準備をし始めたんじゃ遅いからな」


「このペースで、調査期間中に、カーバンクルの変異体を発見することは、可能なのでしょうか?」


「今日はたまたまカーバンクルを見つけられなかっただけだ、普段なら半日探せば2匹くらいは見つかるよ。最近じゃ3匹狩れば、1匹は変異体だ。三日もあれば、あんたたちも間違いなく、お目にかかれる」


「それを聞いて安心しました」


 おれは紐の片側をシムルに手渡すと、立ち上がった。


「私とレンは、そこらへんで燃料になりそうな枝葉でも探してきます」


「ああ、何もかも悪いな、助かるよ」


「いえいえ、こちらこそ」


 おれはシムルに会釈し、先ほどから近くでミリアムといちゃついているレンに近づくと、後ろから外套の襟を引っ張った。


「お前はおれと一緒に来い、薪拾いだ」


「え、ちょっと、なんですか? 今ミリアムさんと一緒に、食事の準備をしてたんですよ」


「お前みたいな若い独身男が、まともな料理なんかできるわけないだろう」


「それ偏見ですよ! 今の若者は炊事洗濯、なんでもできるんです」


「いいから黙ってこい」


 おれは不貞腐れるレンを引きずって、野営地から離れると、そこらへんに落ちている細い枝を拾いながら、声を潜めた。


「やっぱりおれの言ったとおりだろ?」


「何がです?」


「冒険者は嘘つきばっかりだってことだ」


「どうしたんすか、急に」


「お前まだ気づかないのか? カーバンクルが手強いなんて、最初から冒険者どもの嘘だったんだよ、ましてや苦情に書かれていた変異種なんてのは、存在すらしないだろう」


 レンが枝を拾う手を止めて、怪訝な表情を向けた。


「じゃあ、実際に依頼の達成率が下がっていったのは、何故なんですか?」


「談合だ。それもかなり大規模な談合。カーバンクル討伐は、元々かなり特殊な依頼なんだよ」


「どういうことです?」


「カーバンクルは防御力こそ高いが、攻撃能力はほとんど持たない妖精種だ。だからこそ、倒せる倒せないは別として、討伐依頼自体は低ランク帯の冒険者でも受けることができる。その代わり、報酬は妖精種の討伐依頼としては安めに見積もっているんだ」


「つまり、高ランク帯の冒険者にとっては依頼を受けるうまみはないけど、低ランク帯の冒険者にとっては貴重な収入源になるってことですか?」


「そういうこと、ギルドの想定としては、数うちゃ当たる戦法を取ってるってわけだ。そんでもって宝石細工組合には、安値でカーバンクルの紅玉を卸せる。おおかた、それを気に食わない冒険者たちが、報酬を吊り上げようとしてるに違いない」


 ある程度木の枝が集まった。おれはそれらをすべてレンの腕の中に放り込むと、立ち上がった。


「この実地調査中、奴らのことをよく観察しておけ、きっとカーバンクル相手に手こずる振りをするはずだ。どういった部分に疑義が生じたか、報告書に記載するためには、必ず現認する必要がある」


「わかりました」


 レンはいつになく真面目な表情で頷いた。そして抱えた木の枝を、半分ほどおれに手渡した。


 いや、半分より若干多かったか?

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