第4話
実地調査の前に、少しだけ冒険者と呼ばれる存在について説明をしておこう。
開拓都市オリエンティウムの条例を開くと、そこにはこう記されている。
――冒険者ギルドと業務委託契約を結んだ個人事業主の中で、ギルド長が指定した者(以下「冒険者」という。)――
つまり冒険者とは、冒険者ギルドに集まった関係各所からの依頼を、滞りなく遂行する便利屋みたいなもんだと認識してくれればいい。しかし、少しでも教養と良識のある人間に、彼らのことを尋ねるとこう返ってくる。
『銅貨1枚のために平気で人を陥れ、隙あらば戦利品の申告をちょろまかそうとする新世界のクソ!』
実を言うとおれも概ねそっちの意見に同意だ。しかし、普段は職務上、不必要な衝突を避けるためにも〝冒険者〟という名称を使用させてもらっている。
なにしろおれたち〝調査官〟は、冒険者とは切っても切れない関係にあるからだ。
まさに今も、職務の一環として、彼ら冒険者の前にコインを吊り下げ、カーバンクルの討伐依頼に同行させて貰おうと、レンと二人で接待の席についていた。
「同行調査か、まあ、俺は構わないけど」
パーティーのリーダー格であるシムルという男は、葡萄酒を2杯飲んだあと、ようやく同意と取れる発言をした。
「ご迷惑はおかけしません。もちろん通常の報酬とは別に、協力費の用意もあります」
おれは空いたグラスに、更に葡萄酒を注ぎながら言った。
「それは純粋に助かる。カーバンクルの討伐依頼は、決して割のいい依頼とは言えないからな」
シムルはそう答えながら、だよな? と食卓を囲む仲間たちに同意を求めた。真っ先にうなづいたのはドニトスという大柄の男だった。
「すばしっこくて中々捕まえられねえんだよな!」
ドニトスは口いっぱいに頬張っていたオリーブとパンを飛び散らせながら言った。
「もう! 汚いからちゃんと飲み込んでからしゃべってって、いつも言ってるじゃん」
文句を言いながら、それを台ふきで拭き取ったのはミリアムという女魔術師だ。頭頂部付近でひとまとめにした金髪が特徴的な、小柄な女性だったが、その体躯に似合わず口調と態度はパーティーで最も尊大なものに見えた。
「ほら、髭にもこびりついてるし! 汚いから全部そっちゃいなよ」
ドニトスをこれでもかと口汚く罵りながらも、甲斐甲斐しく掃除を続けるミリアム。根は悪い奴ではないのだろう。ドニトスはしょんぼり顔で、言われるがままになっていた。
「カーバンクルは逃げ足も速いですが、追い詰められたときに使う防御魔術も、厄介なんです」
騒がしい二人の代わりに続きを話してくれたのは、シムルの隣に座るエレナという女性だった。こいつは魔道具使いらしいが、先のミリアムとは対照的に、すらりとした長身と大人びた顔つき。細身だが服の上からでも分かる、肩や太ももに付いたしなやかな筋肉が印象的だ――
しかし、最も印象に残るのは、その豊満な胸部だろう。彼女はおれの目線を一瞬だけ追ったが、慣れているのか、そのまま続けた。
「カーバンクルがひとたび障壁魔術を発動すると、私たちのパーティーで、それを突破する方法は二つしかありません」
「私の呪歌ね!」
ミリアムが得意げに言った。
「え、ミリアムさんって呪歌を使えるんですか?」
レンが新しい料理を、皆の皿に取り分けながら、わざとらしい声を上げた。しかし、人懐っこそうな大きな二重の瞳で見つめられると、大抵の女はなんでもしゃべろうって気になってしまうもんだ。おれもこいつくらい顔がよければ、もっと楽に生きられたもんなんだが。
「ま、まあね。学園に居た頃は使えなかったけど、こっちに来てから、使えるようになったの」
「すごいですね、尊敬します」
「そ、そう? ありがと」
ミリアムもまんざらではなさそうだ。
「シムルさんは確か、イリーニャ派の魔術師ということでしたが、失礼でなければどのような魔術をご使用になられるのか、御教授していただいてもよろしいでしょうか?」
おれは会話に入るタイミングを失って、手持ち無沙汰にグラスを揺らしていたシムルに話を振った。
「ああ、俺が使う魔術は、主に紋章魔術だ。普段はドニトスとエレナの武具に、魔術紋章を刻んでやったりしてる」
「シムルの魔術は劣化速度が遅くて、すごく便利なの」
エレナがシムルに身を寄せながら褒めたたえた。
「まーたいちゃついてる」
ミリアムが茶化しながらドニトスと目を見合わせて呆れたように笑い合う。
そのやり取りを見るだけで、このパーティーの絆の強さが見て取れた。長い付き合いで、お互いのことを分かり合っているという雰囲気だ。
現に、ギルドの記録でも、この4人組は1年半前の結成当初から、ずっと同じメンバーで活動を続けている。
どの依頼を受けるときも、臨時でメンバーを追加したり、怪我を負ったメンバーの代わりに代役を立てて活動を続けたり、そういったことを一切せず、固定メンバーのみで活動し続けるパーティーは冒険者ギルド全体でみても珍しい。
家族、親友、恋人、戦友、どの言葉が彼らの関係性を表現するのにふさわしいのかはわからないが、少なくともその絆の強さも、今回おれが彼らを同行調査の相手に選んだ理由の一つだった。
「では、同行調査に同意していただけるということでよろしいですね?」
おれは結論を急ぐことにした。贅沢を言えばもう2杯ほど葡萄酒を飲ませたあと、契約書にサインさせるのが、調査官としての模範的な姿なのだろうが、あいにくおれは模範的でもなければ反権威的でもない、ごく普通の公務員だ。
「ん? ああ、構わないよ。それで協力費のことなんだけど」
協力費をいくらせびられようと、それを捻出するのは中央政府だ。おれの財布が痛むわけじゃない。
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