第3話

「やばいっす、先輩やばいっす」


 レンが飯を食っているおれの隣に、わざわざ自分の席から椅子を持ってきて、割り込むように座った。隣のデスクで硬パンを齧っていた同僚のハナって女が、あからさまに嫌そうな顔をした。


「なんだよ」


「この前言ってたやつっすよ、カーバンクルの、報酬が低いって苦情の」


「ああ――」


 あったかな、そんなの……。

 若干の心当たりはあったが、おれは記憶が曖昧な振りをしてやり過ごそうとした。


「テンプレ回答のあと、討伐依頼を受注する冒険者が激減して、次は依頼元の宝石細工組合から苦情が来たんです」


「そっか……あーそうだな。じゃあそれも〝そのような事実は確認されなかった〟って、報告書を提出して――」


「自分、なんで冒険者から苦情が来た時に、報告しなかったのかって、係長から無茶苦茶怒られたっす」


 おれは固焼き卵を、口いっぱいに頬張って、何も応えられない風を装った。あまり質のいい卵じゃなかった。それに茹で過ぎたせいで、黄身がぱさぱさになっていて、中々咀嚼しきれなかった。


 午後を告げる鐘が、ニスタの監視塔から鳴り響いた。


 昼休み終了の合図だ。おれは口を押えたまま、レンの肩を叩いて、手を振って、別れを告げた。だがレンは席を立たずに続けた。


「係長から、冒険者に同行して、実地調査して、事実確認したあと、報告書を提出しろって言われました」


 それがいい、おれは頷いた。


「先輩も付いてきてくださいね」


 おれは喉を鳴らして、卵を飲み込んだ。


「はあ? やだよ、絶対やだ。仕事溜まってて、忙しいし、無理だよ、現実的にも、物理的にも、絶対に無理だ」


「でも自分、先輩の指示に従った結果、こんなことになったんすよ。かわいそうじゃないですか?」


「いや、それはお前の立ち回りが悪かったからだろ? まあ多少は申し訳ないとは思うけど、一緒に実地調査に行くほどでは……」


 そのとき、おれは名案とも思える妥協案を思いつき、手を叩いた。


「そうだ、じゃあお詫びに今日、晩飯おごってやるよ。ほらお前、ウェリクス広場にできた帝都風の居酒屋行ってみたいって言ってたろ?」


「もういいです、係長に言います」


「え? 何を?」


「リュカ先輩の指示だったって」


「そういうのやめろよ、俺はあくまで一般論としてアドバイスしただけだぞ。自分の無能を人のせいにすんなよ」


 レンが立ち上がり、何かを言おうとしたとき、隣の席で黙々と業務に取り組んでいたハナが口を開いた。


「リュカさん、レン君の教育係でしたよね。助けてあげたらどうなんですか?」


 おれは驚きを隠せなかった。


「うわ、びびった。僕、この人の声聞いたの、初めてかもしれないっす」


 そしてレンはおれ以上に驚いていた。


 ハナは助け舟を出したことを後悔するかのように、唇を噛んで下を向いていた。

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