第2話
「リュカ先輩、相談があるんすけど」
レンがいつになく真剣な眼差しで、おれの隣に立ったのは、かれこれ2週間ほど前のことだっただろうか、いうなればこれがすべての始まりだ。
「おれにはない」
その日は特別忙しく、時刻は既に夜警時に差し掛かろうしていたが、仕事はまだ山のようにデスクの上に積みあがっていた。更にいうのなら、おれはついさっき、提出した報告書を上司から破り捨てられ、書き直しを命ぜられたばかりだった。
「先輩、聞いてます?」
おれは帳面を流れる葦ペンの手を止めて、顔を上げた。
「うるせえな。忙しいの、見て分からないか?」
可愛い後輩のために(可愛いかどうかは議論の余地がある)的確で、だが本質から逸脱しない程度の機智に富んだアドバイスを施してやろうと、おれなりに考えを巡らせた結果がこれだった。
つまり、おれは本当に忙しかったし、ついでに苛立ってもいた。
「今日、日中なんですけど、何人かの冒険者から、ある苦情が入ってるって報告を受付の子から教えてもらったんですよ」
だが去年、この冒険者ギルドに配属されたばかりの後輩も、中々にメンタルの強い男だった。おれの悪態なぞものともせず、勝手に相談とやらを吐露し始めた。
「その苦情の内容なんですけど、なんかガッタリア大森林に生息してる、カーバンクルって妖精種の討伐報酬が、労力と見合ってないって内容なんですよ。先月退職したガリバさんから引き継いだばかりなんで、自分あそこの状況いまいちピンと来てないんすよね、実際どう思います? 報酬引き上げたほうがいいと思います? ねえ、先輩聞いてます?」
はあ――報告書の文字を書き間違えて、おれは大きくため息をついた。とっとと仕事を終わらせて、自宅に帰りたいってのに、これじゃ気が散って仕方がなかった。
「そんなんどうでもいいだろ、今する相談じゃないって、まじで」
おれは音を立ててペンを天板に置き、念のため声にも苛立ちを込めておいた。係長を含め、他の職員もまだ数人、ギルドの受付事務所に残っていため、怒鳴り散らすわけにもいかない。これがおれにできる背一杯の抵抗だった。
「どうでもいいっすかね?」
「ああ、冒険者ってのは総じてまともな人種じゃないんだ。金にがめつく、欲深く、平気で嘘をつき、盗み、奪う。そんな奴らの言うことまともに受け合ってたら、時間がいくらあっても足りないぞ」
「じゃあ、苦情はどうします?」
「調査した結果、そのような事実は確認されなかった、とでも書面で回答しとけ」
「え? それ答えになってないんじゃないっすか?」
「だから言ってんだろ、まともに答える必要ないって」
「そういうことっすか。じゃあそれでいってみます、あざっした」
レンはぺこりと小さく会釈すると、何食わぬ顔で自分のデスクに戻っていった。
おれは最後の「あざっした」という言葉が、どうにも引っ掛かったが。今更この後輩の失礼な態度を責め立てる気力も湧かなかった。報告書はまた最初から書かなければだめだろう。
そして更なる試練は、ちょうどその一週間後の、昼休憩中にやってきた。
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