第28話 ファリテの過去


水奈が部屋で眠り、現世でいうなら朝を迎えた頃、メディウムから通信が入った。

「水奈、私の元へ来てちょうだい」

 また今日も研修が始まるのだろう、と水奈はすぐに準備した。

 

 メディウムの元へ来ると、今日はファリテの姿がなかった。

 いつも一緒に行くはずなのに、どうしたというのだろうか。

「あれ、今回はファリテは一緒に行かないんですか?」

 てっきり今回もファリテと同行という形で研修扱いの任務なのだと思っていた

 しかし、彼女の姿はない。

「そのファリテのことなのです」

「え?」

 意味がわからない。何がファリテのことだというのか。

「ファリテは今、部屋で眠らせています。私が深く眠る術をかけたのです、しばらく起きることはできません。今回、あなたにファリテのことをさせるために」

 そして、メディウムは言った。

「今回のターゲットはファリテなのですよ」

 ファリテ、と言われて水奈は首を傾げた。

「なんですかそれ? いつものように現世で死を迎える者の魂を回収に行くって仕事じゃないんですか? ファリテのことってどういう意味です?」

「そのままの意味です。今回あなたがやるのはファリテのことなのですよ。彼女が死んだ後の」

「ファリテが……死んだ後の?」

 ここに来た時、彼女が言っていたことを思い出す。

 寿命や病気ではなく、突然死などで死んだものがここへ来る。

 自分もそれのようなもの、と彼女は言っていた。

ということはファリテもまた、なんらかの事情で死んでここへ来たということなのだろうか、とは思っていた。

こに初めて来た水奈のように、ファリテもそんな時期があったのだろうか。

「そう、彼女もまた、元は人間でした。それが突如命を落とし、ここへ来た。誰かに無理やり殺され、命を奪われた。そのまま家族には何も言えず、死別してしまった。」

 メディウムは淡々とそう言った。

「ファリテって……殺されてここへ来たんですか?」

「そうです」

 水奈は少し黙り込んだ。あの冷静沈着なファリテは自分が殺された過去がある?

「そして水奈、今回は初めてあなたの任務です。あなたがファリテを救う為の」

「私の……初めての任務……」

 今までは研修という形だったが、今回からは水奈の本番となるような発言だ。

 今回は研修という形ではなく、水奈が本格的にクレイドルデスゴッドとして動けといわれているように。

「私が……ファリテを……!?」

「あなたはファリテを救わなければなりません。その為に、あなたが今回の任務をする必要があります」

今回救う者は、ファリテ自身。彼女が何等かの理由で命を落としたので、その為に何かの役割を水奈がするということだろう。

「ではまずはファリテの過去についての映像を見てもらいましょう」

 メディウムはいつものスクリーンを出現させた。 

「今から映すのはファリテの人間だった頃。つまり二年前ですね」

 ファリテは熟練とはいえ、ほんの二年なのだ。

 つまり、二年前になんらかの事件があり、ファリテが命を落とした。

「これがファリテが人間だった時の姿、伏田理子という少女です」

 伏田理子、それがファリテの本名のようだ。

 例のスクリーンに、映像が映し出された。


 映像には一人の少女がいた。

黒髪に日本人の肌。年頃は水奈と同じくらい。小柄で少女の顔。ファリテと同じ顔。

 まさしくファリテだ。これはファリテが人間の少女として生きていた頃の記憶。

 ファリテの姿だ、死神装束ではなく、学校の制服である半そでのブラウスにリボンをつけている。どうやら水奈の学校と違い、伏田理子の制服はブレザーなのだろう。

「おはよう。お父さん、お母さん」

「おはよう理子、今日は早いのね」

「うん、朝練がいつもより早いんだって。もうすぐ試合も近いから」

 理子は両親と思われる男女と笑い合いながら朝食をとっていた。

 これを見ると、水奈はかつての自分の生きていた頃を思い出した。

「理子、最近頑張ってるじゃない。部活でエースに選ばれたんでしょ?」

「うん、試合は友達もみんな応援に来てくれるって」

「成績も上がってきてるそうじゃないか。このままなら理子はきっと志望校の教育学部も合格圏なんじゃないか? 先生になる夢も叶うかもな」

「うん、先生になる夢の為に頑張る! いつかは結婚もしたいし、自分の子も育てたい!」

 理子は、友人も多く、部活に入り、夢を持ち、と水奈とは正反対の性格だ。

理子の表情は生き生きしている年相応な少女だ。

 今のクレイドルデスゴットとしての冷静沈着な性格とも、冷酷的な部分も見えない。

「あなた最近、風谷くんとどうなの? この前、映画に行ったそうじゃない?」

「いい感じだよ。風谷くん、今度は水族館に行こうって誘ってくれた」

 理子は年頃の女子高生らしく、恋愛もしていて彼氏もいるようだ。

 友人関係にうといどころか恋愛に全く興味すらなかった水奈とはここも正反対だ。

 学校生活も、まさに青春真っ盛りの少女だ。地味だった水奈とは全く違う。

 生活が充実し、夢も希望もあり、まさに生きることを楽しんでいる少女である。

「お母さん、明日はちょっと町内会の集まりに行ってくるからね」

「はーい」

 そんな会話の映像で、次は場面が変わった。


「ただいまー」

 夕方になり、どうやら理子が家に帰ってきたようだ。

 玄関に鞄を置くと、リビングの方から何やらごそごそと音がするのが聞こえた。

 母だろうか? 町内会の集まりに行くと言っていたのに、この時間に家にいるとは、と。

 何か忘れ物があって一度家に帰ってきたのかもしれない。

 理子はリビングを覗いた。

「どうしたの? 何か忘れ物?」

 その瞬間、理子の身体は凍り付いた。


 リビングに、知らない男がいた。

 父親ではない、この家の者ではない、見知らぬ誰かが。

外見は黒いジーンズに、グレーのパーカーで顔には無精ひげを生やしている、男性としては平均身長の高さ。年は三十代ほどだろうか、靴も脱がず、土足のままそれは家の中にいた。

 そして、何かを入れる為なのか、リュックサックをしょっている。

「だ、誰…!?」

 家族ではない、知らない者が家にいる、それも土足で、これは強盗かもしれない。

「ちっ、家のやつが帰ってきたか」

 どすの効いた声で、男はそう言った。

「だ、誰ですかあなた……!」

 ふとリビングの引き戸を見た。庭と繋がっているそのガラス戸は、鍵の部分が割れていた。

どうやら鍵の周囲のガラスだけを割り、そこから中へ手を突っ込んで鍵を外してガラス戸を開けて入ってきたのかもしれない。

それにはガムテープが張りつけられ、音が出ないように割ったのだろう。

「計画が狂ったな。ちょいと金目のもんを持っていくくらいにしようとしたんだがな」

 男が言葉を発する度に理子はその場から動けなかった。腰が抜けて、その場にしりもちをついた。怖い、動けない。

どうやら本当に窃盗のつもりでこの家に侵入してきた強盗なようだ。

空き巣のつもりで家に無断侵入していたところへ運悪く理子が帰ってきてしまった。

 すぐに警察に通報せねば、しかし足がすくんで動かない。

 家の電話は男がいる傍の棚の上なので近づけないからとれない。スマートフォンは学校の鞄に入れっぱなしだ。

「この家のどこに金目になるものがある?」

 理子は恐怖で言葉が出ないあまり、震えながらただ首をガクガクと横へ振った。

「あ……あ……」

パニックになり、叫ぼうとしたが、喉がひきつって声が出ない。

「お嬢ちゃん、ちょっと静かにしててな」

 男は背に持っているリュックに何を入れているかはわからない。

 もしかしてナイフや包丁といった凶器も持ち歩いてるかもしれない。

 下手に叫んだり、この男が気に入らないことをすれば、即座にそれで刺されるかもしれない。

「この家のどこに金目になるものがある?」

 男はもう一度言った。

 理子は恐怖で言葉が出ないあまり、震えながらただ首をガクガクと横へ振った。

 中流階級であるこの家に金目になるものなどあるはずない。なぜこんな家を狙ったのだろうか。金が欲しいのならもっと金持ちの家に行けばいいのではないのか。

 もしもここですぐに金目になるものを差し出さねば何かされるのか、理子はとにかく思考停止した。この男を刺激してはいけないと。

「何も言わないのか。じゃあ大人しくしててもらおう」

 男は窓を割るのに使ったであろうガムテープをポケットから取り出した。

 理子の腕や足を椅子にガムテープで拘束し、口にもテープを貼って塞いだ。

 縛られている間も、理子は抵抗できなかった。下手に抵抗すると、何をされるかわからない。すぐにでも殺されるかもしれないと。

 動きを制限されたこの状況は恐ろしくて仕方なかった。

 拘束されたこの状況で凶器でも出されたら、抵抗できない。逃げることもできない。

 自分を動けなくするということは、この男はそうしなければならない理由があるのだ。つまり、今からの自分の行動を邪魔させない為に。

 今から窃盗を働く者の邪魔をされたり、通報されたりされてはならぬと。

 ただの女子高生である理子はこんな時どうすればいいかわからない。戦う為の知識も緊急事態を乗り越える術もしらない。


 男は理子の目の前で、タンスやクローゼットに棚といったあらゆるものを物色し始めた。恐らく金目になるものを探しているのだろう。

 タンスの服を外に投げ出しながら物色し、棚のあらゆる段を開いていき、ごそごそと中身を探っている。この家に何かいいものがないかと。


男はひたすら家の中を探索する。

理子はそんな男の動きが恐ろしくて仕方なかった。

 早く金目の物を見つけて出て行ってくれ。

 しかし、ここで抵抗をせずに大人しくしていれば、金目のものなど何もないと思った犯人が自分を解放して出て行ってくれるかもしれない。

 そうすれば自分は助かる、逃げることもできるし、家族に助けを求めることもできる。早く出て行ってくれ。

もしここで無理やりにでも拘束をほどいて動けたらどうするか?

 すぐに警察へ通報するか? 電話はここから離れている。スマートフォンも学校の鞄の中だ。 外へ逃げて助けを呼びに行くか? それとも男に飛び掛かって攻撃するか? 家から追い出すか? 凶器を持っているかもしれない相手に、とてもそんなことはできない。

 そうやって反抗的な態度を取って、所持しているかもしれない凶器の餌食にされたらどうする? 少しでも、この男が気に食わない行動をしたらどうなる?

 自分は最悪殺されるのか? 殺されないとしても、どこかに暴行を喰らうのか? それだけでも嫌だ。なんにせよ痛いし、恐ろしいだろう。ただではすまないかもしれない。

いつ何をされるかわからない恐怖だった。自分が殺されるかもしれない、


 昔から住んでいて、いつも見慣れたはずの自宅の中が、まるで恐ろしい空間にも見えてくる。

 見慣れたものですら、この状況では安心できない。

 本来なら暮らしにおいて一番安心できるはずの我が家が、今は人生で一番恐ろしい場所になってしまったようにすら感じる。

「一階には何もないみたいだな。二階に何かあるか?」

 犯人はリビングから出て行き、階段を上って二階へと駆け上がっていった。


 男はひとまず、理子の前からは姿を消した。しかし安心はできなかった。

 まだあの男はこの家の中にいる。ことは終わっていない。

理子の心臓が破裂しそうなほどに鼓動が激しくなる。びっしょうりと汗をかいていた。

 一階に男が満足できるようなものがなかったとすれば、二階にもなかったらどうなる?

 男はその手間をかけても得たものがない苛立ちを自分に向けてくるかもしれない。

 男が二階に上がっている今のうちに、家族の誰かが帰ってきてくれないだろうか。

 しかし母は町内会の集まりに行くと言っていた。まだ帰らないだろう。

父はいつも仕事が終わるのが夜だ。こんな時間に帰ってくることはない。

 しかし奇跡でも起きてくれ、どちらかがたまたま今の時間に帰ってきてくれないだろうか。


 抵抗はできない、かといって逃げ出すことも助けを呼ぶこともできない。

 何とか拘束を振りほどこうとしたが、固くてできない。少女の力では無理だ。

 誰か助けて、この男を追い出して、警察に通報して。自分が助かる様々な方法を頭に浮かべるが、それを考えたところで今ここにいる理子の状況など誰も知らない。

せめて家族が帰ってきてほしい。この状況が過ぎてほしい、と願った。

 こういう時、父か母がいてくれれば、きっと助けてくれる。しかし今はいない。

 ここは大人しく抵抗せずにただじっとしているだけしかないのか。今がまさに人生最大の危機に陥っていた。これから自分がどうなるかもわからない。

 男がどたどたと階段から降りてくる音がした。

 何か見つけたのか、と思ったが、男は不満そうな顔をしていた。

「ちっ、あてが外れたな。やっぱ、この家、金目になるもんは何もないな」

その表情が、今の理子にとっては恐ろしくて仕方なかった。気分を損ねたようで、この男に気に入るものがなかったということで。

 男は何もない、と言った。それならばこれ以上ここの家にいる意味もない。

 これでこのまま出て行ってほしい、そう願った

 このまま、何も盗めなかった犯人が、そのまま出て行ってくれると。

 そうすれば自分はこの状況から脱出できる。すぐに警察に通報するか、家族を呼べばいいだけの話だ。もう少しで解放されるかもしれないと思ったところだ。

 次の台詞で理子は絶望的な感情に落とされる。

「どうすっかな。この女に顔、見られちまったしなあ」

 犯人のその言葉にぞっとした。

 顔を見られた、それが不都合なのか。

 確かに顔を見られたということは、男がどんな人物だったのかが理子の証言ですぐに明らかになるだろう。その顔を見られたことをどうする、ということは何が起こるのか。

 その顔が見られた証拠を消さねばならぬのではないのか。

 理子は今、自分がどんなことをされるのかと最悪な展開が頭に浮かんだ。

 出て行ってくれるのではなかったのか。八つ当たりのつもりか、口封じか。

 理子はすぐさま抵抗しようとしたが、拘束により、できなかった。口が塞がれていて声を挙げることもできなかった。

「仕方ねえな。殺すしかないな」

 理子はその言葉でもはやこれは最悪な事態が起きる、と恐怖に陥った。

 男は家にあった備品である電化製品のコンセントのコードを理子の元へ持ってきた。

 この状態で何をされるのかは、大体想像がついた。

 自分は今、殺されると。

男はコードを理子の首に巻き付けた。

 これから何をされようとするのか、それはもう想像通りだ。

 理子の首を絞めて殺すつもりなのだろう。

おそらく視察血液が飛び出れば返り血を浴びたことに、そこについた衣服で外に出るのはすぐに何をしたのかが周囲にばれてしまう。返り血を浴びることにより、逃走がややこしくなるからかもしれない。

 それとも痛い思いをして死んでいくよりも、楽な殺し方をした方がいいとせめて情けのつもりなのか。

 どちらにせよ、今自分の命は終わるかもしれない。

理子は最後に救いを求める叫びをあげたかったが、それよりも先に男の手が動いた。

 男は理子の首に巻き付けた紐を左右に思いっきり引っ張り、首を絞めた。

 この時の一瞬の苦しみは一生忘れられない、いや、もう一生などない。

 

最後に理子の頭に走馬灯のように色んなものが浮かぶ。


友達や彼氏といろんな思い出をもっとたくさん作りたかった。部活で今後も試合に出たかった。勉強でいろんなことを知りたかった。教師になり、たくさんの子供達に勉強を教えられる先生になりたかった。旅行にも行きたかった、いつかは留学も考えていたほどだ。もっとテレビや音楽を楽しみたかった。好きな漫画を最終回まで読みたかった。恋人と結婚したかった。いつか子供を生んで育てたかった。大人になってやりたいこともたくさんあった。


それらのものが、今一瞬で全てを失われる。嫌だ、死にたくないと。

首が絞められる、呼吸ができなくなる、意識が遠のく。いよいよ終わりだ。


こうして、伏田理子の一生は終わった。


理子が動かなくなった時、男は死んでるのか確認するために、理子の身体を触ったり蹴ったり、それをしても、理子はもう動かなかった。

そして、何事もなかったかのように、男は外へ逃走していった。


 ほどなくして母親が家に帰った時、悲鳴を上げた。

 娘がぐってりとしている、それも拘束された状態で変わり果てた姿で。

 母親はすぐにどうしたのかと娘の身体に触れると、冷たくなり、脈も呼吸もなかった。

愛する娘がこんな変わり果てた状態になり、母親はパニックだった。

家の中は荒らされており、何者かがここにいた証拠だ。

何があったのかと、何をされたのか、誰がやったのか。


すぐに警察に通報し、救急車を呼んだ。

しかし、病院で死亡が確認された。

突然娘が何者かに殺されたと知った時、母親はもはや狂人状態だった。

かけつけた伏田理子の父親が混乱する妻をなんとか慰めた。

状況がわからなかった家族はとんでもなくすぐに現実を受け入れることができなかった。

何者かに家に入られ、拘束されたあげくに殺されたのだと感じ取れた。

 

伏田理子の遺体は鑑識にかけられた。

 死因は首を絞められたことによる窒息死。

 抵抗した後がなく、拘束されていたことから、動けない状態の被害者を一方的に殺害したのだと。

 両親は警察から長い取り調べを受けることになり、なぜこんなことになったのか、誰がこんなことをしたのか、などとを推理する為に、最近トラブルになったことや人間関係などを一通り答えることになった。

 しかし容疑者らしき人物が浮上しなかったことから、犯人は理子の知人などではなく、会ったこともない見知らぬ他人の行為だということで手がかりはなかった。

 

自宅に無言の帰宅をはたした娘を前に、両親はもはや発狂しそうだった。

拘束が解かれ、綺麗な状態にされた遺体だとしても、まだ娘は苦しんでいるのでは、と思えた。

 愛する娘が何者かに殺されたのだ。それも非常にむごい形で、一方的に。

 娘が最期はどれだけ恐ろしい想いをしたのだろう。それを考えると狂ってしまいそうだった。

 家に見知らぬ者が無理やり入り込んだ上に拘束され、一切抵抗のできない状態にされ、それは恐ろしいなんてものではなかっただろう。

 きっと死ぬまでに恐怖を味わったはずだ。殺されるかもしれないという恐怖に怯え、絶望し、最後は結局命を奪われた。なぜ犯人は全く知らない少女にそんな酷いことができるのか。

 娘にはなんの恨みも憎しみもないはずだ。会ったこともないのだから。

娘はたった一人で、犯人のいる家にいた時、どんな気持ちだったのか。

娘がどれだけの絶望を味わい、どれだけ恐ろしい想いをしたか、それはもう辛いものだった。

 きっと自分が殺されるかもしれないという恐怖に怯えただろう。


殺されるかもしれないという時間を味わい、どれだけ怖くて死に向かい合ったか。

これでは死ぬのなら何も恐怖を味合わずに逝けた方がマシだったのかもしれないとすら思えた。極限状態の恐怖にまで追いつめられた娘のことを想うと、狂ってしまいそうに。

殺される時はどんなに苦しかったか。自分の命が奪われるとわかった時に、どれだけの絶望だったか。

「なんであの時、この子の傍にいれなかったの。なんで一人にしてしまったの。なんで私が助けられなかったの」

両親は泣いた。なぜ家に娘を一人きりにしてしまったのだろうかと。

そのせいで、家に強盗に入られ、居合わせた為に殺されてしまったのだ。

せめてあの場に自分がいれば、助けることができたかもしれない。守ってやれたかもしれない。どうして傍にいることができなかったのか、そのせいで殺されてしまった

なぜよりによってあの日は家にいなかったのだろうか。

高校生というまだ未熟な子供という年齢に、親が傍にいなかったことが、守ってもらえなかったことが、どれだけ恐ろしかったか。

戦うこともなければ誰かに恨みなど持たれることもない。ただの一般人だというのに、なぜこんな斬撃に巻き込まれたのか。


警察が現場検証をしたところ、室内が荒らされていたことから強盗殺人であると推測された。

被害者の衣服が乱れた状態ではなかったことから強姦といった目的ではないと。

争った形跡もないことから、何かで脅して恐怖により、動けなくなったところを拘束し、たと思われる。

リビングのガラス戸から侵入し、被害者と対峙。拘束した上で、家の中を物色。口封じにと少女を絞殺。そして逃走。

 現場には犯人が物色した後から、指紋や髪の毛といったものがないかと調査された。

 理子の身体に触れた際に靴跡なども残っていないか、家中を徹底的に調べたが、それだけでは犯人が特定できなかった。

「犯人は依然逃走中」

こうして犯人もわからないまま、事件は迷宮入りとなった。


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