第27話 巻き込まれ、奪われ
水奈達が再び現世へ向かい、死亡した上田武夫の家にたどり着いた。
そして、中に入り、遺族の元へ行く。
ここは今、苦しみに悩まされていた。
葬儀も終わり、遺影と遺骨を入れた白い箱の前で、上田武夫の妻が泣いていた。
「お父さん……お父さん……助けてあげられなくて、ごめんなさい」
その母をなだめようとするかのように、中学生の息子がじっと見ていた。
その目はまるで、自分は悲しくても決して泣いてはいけない、母を支える為には、今自分がしっかりせねばならない、という感情も宿っているように見えた。
上田武夫の遺体は爆破による損傷が激しく、とてもだがそのままでは遺族に引き渡せず、全身に包帯が巻かれた状態で棺に納められた。
それはもはや、人間の死体ではなく、元は人だったものの物体となっている。
上田武夫の家族は彼の最後の別れに顔を見ることもできなかった。
損傷が激しい顔を見れば、苦しい思いをしながら死んでいったその表情が見えてしまうかもしれない。もう彼のいつもの表情も見れないのだから。愛する家族のそんな顔を見ることはとてもできない。もう、生前のような肉体ではないのだ。あの人間として生きていた身体と同じとは思えないほどに損傷が激しかった。
葬儀を済ませ、早く火葬して、骨になった方がまだマシだった。
あの遺体のままでは、まだ彼は苦しんでいる最中なのかもしれない。
それならば一刻も早く、火葬して骨にしてやった方がマシなのかもしれない、と。葬儀は悲しみでは済まされたものではなかった。最期を看取ることもできなかったのだから。
犯人が死亡した為に、遺族は怒りを向ける場もなく、ただ悲しみと怒りに包まれるわけだった。なぜ自分の家族が巻き込まれなければならなかったのだろう。
どれだけ恐ろしかったか、それを外で待っていたこの二人も不安と心配といつ家族が死ぬかわからない恐怖で待たされた。きっと助かると希望を持っていたのに、それが叶わなかった時、どれだけの絶望が襲い掛かったか。
理不尽な行為により、家族を失った上田武夫の妻と息子は、もはや精神状態が狂う一歩手前だった。怒りと悲しみと絶望。彼はもう帰ってこない。身体もあんなむごい状態にされ、最後はどれだけ恐怖だっただろうか。
一家の大黒柱を失い、唐突な死別。最期に言葉を交わすことすらもできず。
上田武夫の葬儀が終わっても、遺族の悲しみは収まらない。
事故でもなく、病死でもなく、一人の人間の身勝手な行為で家族を奪われた。
犯人も死亡してしまったので怒りをぶつける場所もない。しかも、犯人は死ぬことが望みだったような形でもあったので、死んだからといってせいせいしない。あいつにとっては自分が死ぬことも目的だったのだろうと思うとその念願を達成させてしまったようなものだ。
中学生の息子は泣くことはできなくてもやり場のない怒りに燃えていた。
なぜ父がこんなことに巻き込まれたのだろう。なぜ助けてもらえなかったのか。
自分がもっと強く警察官に頼めば、むしろ周囲の制止を振り切ってでも自らが助けに行けばよかったのではないか。
しかし、中学生という子供の年齢には、どうすることもできない。
大人のように権力を持ってるわけでもなんでもない。自分が何もすることはできないとくらいわかっていたが、それでも父を失った悲しみは大きい。
息子の中にこうなるなら、父が生きていたうちにもっと父の為にいろんなことをしてやるべきだった、父をいたわるべきだった、と様々な感情が沸いていく。
のちに立てこもり事件で人質にされていた社員は、現場の状況を事細かに警察に話した。
人質にされた社員達は家族とも連絡が取れず、死の恐怖におびえながら静かに泣いていた。
ガソリンが撒かれた室内で、いつ火がつけられるかに怯えていた。
岡崎は共に死亡した上田にしつこく恨みの言葉を投げつけていた。刃物やガソリンといった準備がしてあったところをみると、その状態から察するに、最初から計画的な犯行だったと思われる。
死亡した岡崎についての経歴も調べるうちにだんだんと明らかになっていった。
岡崎は生活苦だった。
仕事を解雇されたことにより、収入がなくなり、家賃も払えず住んでいた部屋を追い出された。家族がおわず、頼れる場所もなかった。食べる物を買う金もなく、路上で過ごし、貧しくてみじめな思いをした。これも全て自分を解雇にしたあの会社のせいだと、恨んでいた。
そう思うと日に日に会社への怒りは募った。
どうすれば復讐できる? どうすればあの上司を苦しめることができるのか?
それだけではすまない。こんな理不尽な社会に報復せねばならない、っといった心情だったのだろう。そして立てこもりをするための計画を立てていた。
いよいよ最後に余った金で武器とガソリンを買い、計画を実行に移したのだ。。
最初から、自分も死ぬつもりで。
このように社会を恨み、ねたむ間がいる、こんなにもみじめな思いをさせられる者もいる
まさにこの事件はそういった世間の連鎖の負の感情により起きたことだったのだ。
水奈はそんな遺族の二人を見て、やりきれない思いを抱いた。
すでに犯人には自分達が手を下したとしても、もう元には戻らないと。
「水奈、色々思うところがあるのかもしれないけど、私達にはやるべきことがあるでしょ? その為にここへ来たのよ」
そうだった、そのアフターケアを自分達がするのだった、と水奈は思い出した。
「やるわよ」
ファリテはゆりかごから上田の魂を抱き上げ、それを家族の前に置く。
そして、ファリテは精神を集中させた。
ファリテのブレスレットがあの時と同じように桃色に輝いた。
今回も始まる。死者の魂とその家族との通信が。
「文子、幹夫」
魂から発せられる、上田武夫の声が響いた。
「何、今の?
それを聞いて、家族はびくっと驚いた。
「お母さん、今の声、父さんに似てなかった?」
理由のわからない、二人は混乱しそうになった。
そこへ上田武夫の魂が語り掛ける
「ああ、私だ。今、ここにいる。お前たちを見ている」
「ほら、やっぱり! 父さんだよ」
「お父さんなのね!?」
声が反応したことに、これは死んだはずの上田武夫本人の声だと、家族は感じた。
「お父さん、どこにいるの!?」
葬儀も終わり、すでに火葬したはずの相手の声が聞こえる。身体がもうないのに、なぜ声がするのだろうか、と。
「神様が少しだけ時間をくださった。しかし長くは話せない」
自分と通話ができるのはほんの少しの間だけだ、と答えた。
「二人とも、時間がないから聞いてくれ。すまなかった、私のことに心労をかけさせて。事件に巻き込まれた時、真っ先にお前たちのことが頭に浮かんだ。自分がもしもここで死んだらもうお前たちには会うことができなくなるんじゃないかって」
上田武夫はまず、そう言った。やはり彼も自分が死ぬことは恐怖だったのだ。
「そんな……悪いのは私達の方よ! 助けてあげられなくてごめんなさい。私が飛び込んででもお父さんを助けにいけばよかったってずっと後悔してる」
「もしそんなことをしていたら、お前だって巻き込んでしまった可能性がある。私は、お前たちが無事でよかった。私のせいでお前たちまでが巻き込まれたら、と思うと恐ろしい」
「お父さんだって、苦しい想いをしたのに。私が傍にいれなくてごめんなさい」
「あいつを解雇した私にも非があったのかもしれない。あいつは私を恨んでいた」
「そんなことない! 悪いのは全部あいつだ! 父さんが何をしたっていうんだ」
息子は犯人への怒りに燃えていた。
「あいつは自己中心的だっただけだ! 勝手に自分で恨んで、勝手に父さんを巻き込んで、死んで。怒りをぶつけられなくて悔しかった。なんであんなやつの為に、父さんが死ななければならないんだって。死ぬんなら自分一人で死んでくれと思ったほどだよ」
そのくらいに、家族の怒り憎しみ悲しみは大きかった。
「警察の方達も私の為に必死でいろんなことをやってくれたんだ。しかし、もう終わってしまったことはどうしようもない。もちろんこんな形でお前たちと別れるのは悲しい。もっと生きていたかった。幹夫の将来を見届けたかった。母さんと老後を過ごしたかった。私にもまだまだやりたいことはあった」
その言葉を聞くと、やはり本人は未練があり、その将来ももう歩むことができないと、悲しいことでしかなかった。
「だが、私はお前たちと家族になれて幸せだった。私はお前たちの為に働いて、家に帰ればみんながいる。これほどまでに幸せだった人生はない。家に帰ればお前たちがいて、
しかし、その為に会社で一生懸命に働いていたからこそ、事件に巻き込まれてしまったわけだが。
「それと、私のことで人々を恨むようなことをしないでくれ。あの事件の時、皆どうにかして私を助けようとして、いろんなことをしてくれた。必死だったんだ」
二人は家族を失なったことで、助かった社員達に八つ当たりをしたいくらいの気持ちもあった。
「私の家族は死んだのに、なぜあなたたちは助かっているのだ」
「自分達だけが助かりたい為に、私の家族のことは見捨てたのではないか」と。
それどころか現場にいた警察官達にも怒りをぶつけていた。
「なぜ自分の家族を助けてくれなかったのか。もっと早くに突入を決行してくれればよかったのではないか」と。
「きっと、あの事件を教訓にして、これからはあんな事件が起きないように法律や建築様式だって変わっていくだろう。二度と私のような者を出さない為に」
自分が死んだことは無駄ではない。今後人がより社会で生きる為に役に立てると。
「お前たちは幸せになる権利だってある。私のことを悔やんでいては前へ進めない。私は確かに残念だった、悔しくも悲しくもある。だが、お前たちにはまだまだこれからの人生があるんだ。幹夫、これからはお母さんを支えてくれ。文子、私の分まで幹夫を大事にしてくれ」
「お父さん……」
本人のその言葉が、何よりの大きさだ。
突然死は最後に家族と何も言葉を交わさないまま死んでいく。
家族に看取られることも、最後に話すこともできない。
そんな突然の別れのままに最後だった相手と、正式にこうして言葉を交わせるのは、まだありがたいことなのかもしれない。
「私はお前たちを見守っている。どうか、社会を憎まないでくれ。私は今までお前たちといれて幸せだった」
これが上田武夫が最後に家族と会えれば伝えたかったことなのだろう。
「ええ、お父さん、今までありがとう。幹夫は私が立派に育て上げます」
妻は涙をぼろぼろに流しながら、最後に礼を伝えた。
「僕達は裁判にでもなんでも出るよ。できることはする。あんなこと二度としちゃいけない。僕がお母さんを支えるから、安心して」
「ああ、それではさよならだ」
しゅうう……と桃色の光が消えていく。通信が終了する合図だ。
上田武夫の魂を、ゆりかごに乗せた。そして、冥界に持ち帰り見送った。
これで、今回の仕事も完了だ。
こうして、またもや仕事が終わり、水奈達は部屋に戻り、休息を取ることになった。
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