第26話 任された裁き



 三人は例の黒いゆりかごの間へ来た。

 相変わらず、ここは何度来てもまがまがしい空間だ。

 部屋の中央にある真っ黒な籠と、周囲の魔法陣、燭台に祭壇。

 水奈はすでに前回、ここで魂の処刑方法をこの目で見た。

 あの籠に魂を入れ、苦しめ、魔法陣の床が開き、そこへ落とす。

 それを見たために、やはりここはあまり居心地のいい場所ではないと思った。

 すでにここで魂を処刑するのを見た、つまり自分達が処罰を下す場所だと知っているから。

 前回と同じように、ファリテはまず、籠に岡崎の魂を入れた。

「水奈、これからどうなるかやり方はわかってますね?」

 メディウムはそう聞いた。

「はい……知ってますけど、なんでですか?」

水奈は前回すでにここで犯罪者の魂の裁きを見た。

 それは実に凄まじい光景ではあった。

 被害者が殺された痛みと同じような苦しみを加害者に感じさせて絶望を味合わせた上で、その魂をゆりかごごと深い穴の底へ突き落す。

 そうすることで悪人の魂は砕け散り、もう二度と生まれ変わることはできない。

 因果応報とはいえ、実に残酷な手口だ。


「今回はあなたに執行を命じます」

「私が……ですか?」

 悪しきものの魂を処刑する、そんな重い役目を水奈に任せるというのか。

 すでに死んでいる者の魂とはいえ、実質刑務所でいう死刑執行と同じである。

 自らの手で存在を消せというものは残酷な気がした。

「でも、私……それはちょっと怖いです」

 ただでさえまだまだ研修という身だが、いきなりそんなことを任されるのは恐怖もある。

 この仕事をしてきてベテランであろうファリテならともかく、水奈はまだこの仕事に慣れているわけではない。ましてやそんな重いことは責任があるようで戸惑う。

「これに戸惑っているようでは、今後はこの任務ができませんよ? いつかはあなたもクレイドルデスゴットとしてこういう役目をやっていくのです。それには研修とはいえ実戦も必要です。なので今回はあなたに命じるのです」

 水奈はどっちみち、この先この任務を自分がやっていかねばならない、それが決まっている。

 それならば少しでも早くこの役目にも慣れなくてはならない。水奈に今回それをやらせるのはその為でだろう。

「はい……わかりました」

 メディウムの言うことを聞かないわけにもいかない。水奈はしぶしぶ了解した。

「じゃあ、お願いね水奈」

 黒いゆりかごの中を覗くと、今回はあのミキサーのような大きな刃はついていない。

 処刑方法は毎回それぞれの魂に合った方法で違うのかもしれない。

 犯罪者といっても、人を殺めた手口は様々な。それと同じ苦しみを遭わせるとなると、手法も変わる。

 水奈は執行用レバーの前に立った。

 これを自分が引いてしまえば、あの拷問じみた処刑が始まる。

 その重大な役目を自分がやるのだ。大きな罪を犯した者への、処罰を自分が。

 黒いゆりかごの前ではそんな水奈のことをファリテとメディウムがじっと見ている。それは早くしなさいという目線にも感じられた・

「では……行きます」

水奈はレバーを引いた。それはやや重く、その重量の分だけ大きな罰が始まるという気もした。それだけレバーは重かった。

 水奈がレバーを限界まで引くと、周囲の魔法陣が光り出した。まるで炎のように真っ赤な光だ。それは中央にある黒いゆりかごに一気に集中する。

 すると、ゆりかごの中から火が噴出される。

 恐らく、今回は岡崎がガソリンに引火させたことによりの殺人だった為に、火あぶりということなのだろう。

 その業火の中で籠が激しく回り出す。魂が洗濯機のように高速で炙られる。

 それはまるで空襲や震災で起きるといわれる炎の竜巻のようだ。

 籠の中で、炎の渦が出来上がる。この中にいればただでは済まないだろう。

「ぐあああー!」

 ゆりかごの中から岡崎の絶叫が聞こえた。

 岡崎は爆発で一瞬で絶命したから痛みを味わなかったからこそ、こうして炎の渦に閉じ込めることでじわじわといたぶるのだ。この痛みこそが、絶望を味わったあの上田の痛みだと理解させるために。

「あちいー、止めてくれー!」

 死ぬことが怖くないと言っていた岡崎は叫び始めた。

 恐らく、生身の人間としての絶命は一瞬だったが、こうしてじわじわと熱を加えられることはあの死に方と全く違うからだろう。生身の身体はなくとも、その痛みは凄まじい。

「あなたが巻き添えにした人は、これよりもずっと恐ろしい想いをしたのです。因果応報です」

 岡崎はあの死に方を憎んでいた上司を巻き添えにできたから満足だと言っていた。

 しかし、道連れにされた上田はこうして共に無理やりに人生を終わらされた。

 彼は死ぬまでに恐怖を味わい、自分が死ぬとわかった時には絶望的だった。

 ゆりかごの中の炎の渦はどんどん速さと火力を増し、激しくなっていった。その勢いは止まらない。これが生身の人間ならば、恐らく皮膚どろこか、骨まで焼き尽くされただろう。

その様子を水奈は黙って見ていた。ファリテ達も何も言わない。

あのオフィスビルでの一瞬の爆発ではなく、こうしてじわじわと痛みを味わうとはどんなことだろうか、と想像すると恐ろしいはずだが、岡崎の処刑法としてはこれがふさわしい気もした。

どっちにしろ水奈はメディウムが決めたことには反論できない。むごくても、これがここのルールなのだろう、と思った。こうすることが最適な方法なのだと。


そこから十分ほどしただろうか。おそらく岡崎の魂は生身であればもはや身も骨も何ものこらないほどに焼き尽くされただろう。もう絶叫も何も聞こえない。

次第に炎の勢いが弱くなり、回転が止まった。

 岡崎の魂の入ったゆりかごが宙に浮いた。そして魔法陣が光り、床に巨大な穴が開いた。

そこへ籠が回転し、下に向けると、黒い霧状になった岡崎の魂が落とされた。それはまるで粗大ごみのように。

今回は火に包まれた魂なので、もはやすでにただの燃えカスになっているだけかもしれない。

しかし重力により、落ちて行った。

岡崎の魂は、完全に消滅したのだ。

「これであなたは輪廻から外されました。二度と生まれ変わることはできません」

 メディウムは穴に向かって言った。

 岡崎はもう二度と、現世に生まれることはない。

 魂そのものが火に焼き尽くされたのだから、どこにも存在しない。

 現世では遺体が残ったが、冥界ではもう何も残らない。存在そのものが消えたのだから。


 水奈は自分が魂の処刑の執行をしてみて、やはり重い役目だと思った。

 つい先ほどまで魂として存在していたものが、自分の手により、どこにも存在しない、完全に消えてしまう、それをやったのが自分だと。

 岡崎が火の中で絶叫をあげていたが、それも水奈がやったことなのだと。

 その気持ちを引きずっている水奈に、ファリテが声をかけた。

「水奈、まだ辛いのはわかるけど、私達は次にやることがあるでしょ?」

 今しがた一つの任務が終わったばかりでも、この仕事には次にしなければならないこともある。次は残された家族へのアフターケアだ。

 二人はその為にまた現世へ行くことになる。

 重い役目をやろうと、どんなことがあろうと、これが自分達の仕事なのだから。


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