第19話 残された家族

水奈達は一度部屋に戻り、休息を取った。


そして、再びメディウムにより呼び出され、またもや映像を見せられる。


日草の魂をひきはがした翌日、ニュースや新聞ではこう報道された。

「日草博二は留置所で死亡が確認された。直前に争った形跡や侵入者が入った形跡がないことから、死因は基礎疾患によるものと思われる」

 現世がそう騒いでいるのを、水奈は見せられた映像で知った。

「本当に、あの人は死んじゃったことになったんだ」

 それを知った水奈は、現世の者達には自分達が手を下したということは一切知らないのだと感じた。死因はあくまでも偶然によるもので、ファリテが魂を狩り取ったとは誰も知らない。


春樹敏夫の住んでいたアパートで、娘の美奈は一人、父の遺影の前で座り込んでいた。

 葬儀も終わり、美奈の家には父の遺骨の入った白い箱と遺影が置かれていた。

 ほんの一週間前までは何事もなく二人で過ごしていた部屋だというのに、ほんの一週間で家庭環境は大きく変わってしまった。この部屋に、家主だった存在はもういない。

 ほんの一週間前には誰もがこんなことになるとは想像できなかった。

 人の死とは、そのくらいに一瞬で人の人生を変えてしまうものである。

 父を失い、一人になった美奈は誰が引き取るか、という話もあったが、すでに十八を越えていて、普段から父親が家にいないことが多かった分、家事をしたりしていたおかげで一人暮らしをできるだけの生活能力もあるということで、美奈はそのまま一人暮らしという形でこのままこの部屋で暮らすことになった。大学への学費は敏夫の保険金でなんとかそのまま在学できるということだ。

 しかし、生活面はなんとかなっても、心の傷は治らない。ほんの一週間前まではいつも通りだった父子二人の生活も、失われてしまったのだから。

 父を殺した犯人の死亡についてのニュースを見ても、いくら犯人がどんな目に遭おうと父が生き返ることももうないのだから。

「私、これからどうやって生きて行けばいいの」

 事件が解決しようが、それは世間が安心するというだけだ。

 その世間も、今はニュースで騒いでいても、いずれ次の話題がくれば、次第にこの事件のことは忘れていく。

 この家族を失った苦しみは、美奈自身にしかわからない。心の傷はずっと残る。

 美奈の心には様々な想いが講釈する。

 小さい頃からいつも、父が傍にいた。母が亡くなった時も、父がいてくれたおかげで悲しみを乗り越えることができた。いつも一緒にご飯を食べた。父は夜勤がある為に、生活リズムが合わないこともあったが、それでもなるべく一緒に日々について語り合いながらの生活は楽しかった。それももう二度とない。一緒に買い物へ行ったことも、旅行へ行ったことも、とにかく毎日のように父と一緒だった。受験の合格を祝ってくれた、家に帰れば父がいて、いつも相談に乗ってくれたそのおかげで辛いことも悲しいことからも立ち直れた。その父も、もういない。

傍で見守り続けてくれていた父は、一方的な理由であの犯人に命を奪われた。

 何もしていないのに、なぜあいつは自分から父を奪ったのだろう? と理不尽でしかなかった。しかし、もうどうしようもない。

父がもういないのならば、自分も死んで、父の元へ行こうとも考えた。こんな悲しみを引きずるくらいなら、死んで楽になりたいと。周囲に気を遣わせることも、言葉を投げかけられるのももう耐えられない。今後家族が死んだ後も、残された自分は一生世間からは被害者家族として見られるのだろう。父は事件に巻き込まれて死んだのだから。

「お父さんがいない世界なんて耐えられない」

いっそのこと、父を殺した犯人のように、自分も他者を傷つけてしまいたいという気持ちも少しだけあった。しかし、そんなこと許されるはずもない。

だが美奈の気持ちはもう抑えきれなかった。苦しく、辛い。

 

美奈はちらりと筆記用具入れに入っていたカッターナイフに目を向けた。

 これで首を掻っ切ってしまえば、自分も死ねる。 

意思よりも早く手が動いた。カッターナイフを持ち出して、首元に当てようとしていた。

父はこれよりももっと痛く苦しい目に遭って死んでいったのだ。無理やり刺され、恐ろしい思いをして。

それならば自分の意思で一瞬で死ねるこの方法なら父が最期に経験した痛みよりは弱い。

今、まさに父と同じ末路をたどろうと、美奈が震える手で刃を首に向けようとしていた。


その様子を、冥界からファリテ達は見ていた。

「大変、早く止めなきゃ! この人、死んじゃう」

 一連の動作を見ていて、水奈は一刻も早くこの人の元へ行って止めねばまた不幸になる、と焦った。

「だから私達は、この人にとって一番のケアをするのよ。それが私達の役目」

 ファリテはそう言うと、腕に白いゆりかごを出現させた。

「この人あの子の元へを連れて行くの」

ファリテはそう言った。

「じゃあ、今から行くわよ」

「行くってどこへ?」

「春樹敏夫さんの家族の元へよ」

 家族、といえば前に見た映像の娘のことだろうか。

「私達は、これが大事な仕事だから、言ったでしょ? 家族のアフターケアも私達の仕事だって」

 どうやらこれから行くことになるのは、遺族の元へらしい。

ファリテはすぐさま扉を出現させ、水奈と共にそこへ入り、現世へ繋がる階段を降りた。

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