第17話 罪人の魂

 扉の先に降り立ったのは、日草が収容されている留置所の一室だ。

 この時点でファリテ達は生きた人間とは話すことはできない。姿が見えないのだから声すらも聞こえない。監視下に置かれている日草のいる部屋への侵入は可能であり、なおかつ生きてる人間には見えないのだから侵入者とも認識されない。留置所で一人で監視下に置かれている犯人である日草の元に来るなど、簡単なことなのだ。

監視下に置かれ、外から鍵がかかり、脱出できない質素な部屋で、日草は休息している。

散々取り調べを受け、明日にもまた忙しいスケジュールが始まるだろう。

 自分が殺した者の気持ちなんて考えず、自分の身体を休める為に、普通に眠っているのだ。

 人の命を奪ったということも、きっと日草には罪悪感もない。

 一人で布団で眠っている日草の枕元へ二人は立った。

「見ててね、水奈。ここからが本番よ」

 ファリテが手に集中すると、ブレスレットが光る。

瞬時にファリテの手元には例の大鎌が現れた。まさに今、これを使用するのだ。

「日草さん、あなたには裁きを受けてもらいます。その為に魂を剝がさせていただきます」

 ファリテは冷静にそう言った。正しいようで、冷酷な言葉。


 ファリテは大鎌を軽々と使いこなし、布団ごと日草の身体を両断するように斬りつけた。

 ザシュ、という音がするような気がした。実際は無音なのだが。

そして、まるで身体から引きはがされたように、黒い魂が出てくる。


 この鎌は霊力のようなエネルギーで構成されていり、これで斬りつけた物は切断されたことにはならない。現に日草の肉体も、布団も傷一つついてない。

 あくまでも斬りつけたのは日草の肉体から魂を繋ぐ線を切断しただけだ。

 

「真っ黒……。他の魂は明るい色だったのに」

「黒いのは、それだけ悪いことをしたという色なのよ。心が悪に染まった分、真っ黒なの」

 黒い魂を、ファリテはつかみ取り、手に乗せた。

 しばらくして、魂となった日草はようやく気がついたようだ。

「お前らはなんだ!? どうやってここに入ってきた? サツか? 俺はどうなったんだ!?」

 先ほどまで眠りについていた体がいきなり軽くなり、目の前には見知らぬ少女が二人。

 監視下に置かれていて誰もこの部屋に入れないはずなのにこの少女達は、どうやって侵入したというのか。何者かが侵入してくるのならば、看守が見逃すわけがないと。

 それだというのに、部屋には看守でもない二人の少女がいることに驚きを隠せない。

 しかし、身体からはがされている魂の状態の日草の声は部屋の外の看守たちなどには聞こえない。もちろんファリテ達の声もだ。なのでどんなにわめいても、外からは看守は来ない。

「あなたの魂を奪いに来ました。あなたは人を殺めた。その罪の重さにより、私達の上の方があなたには裁きが必要だと判断したのです」

 混乱する日草に、ファリテは告げた。

「んだと!? お前らは警察か裁判官か何かかよ! てめえら地獄の使いか? 死神か? なんなのかは知らねえが、とっとと俺を元の身体に戻しやがれ!」

 日草はあえて威圧的な態度をとってきた。

 日草にとっては、ファリテ達は「死神」と認識されているようだ。まさにその通りだが。

「残念ながらそれはできません。あなたに罪の重さを知ってもらわなければならないからです」

威圧的な日草にも関わらず、ファリテは日草に冷酷に返した。

 ここで弱気な態度を取ってしまえば、相手をつけあがらせてしまう。

 恐らくファリテは今までもこういった任務を遂行する為にこうやってこなしてきたのだろう。

 その慣れた口調からこの仕事の熟練者だということがわかる。

「ふざけんじゃねえよ。何か知らねえが、お前らなんかに裁かれてたまるか!」

「あなた、自分が何をしたのかわかってるんですか? 人の命を奪ったんですよ?」

 自分勝手なことを言う日草に、水奈も黙っていられなかった。

「だからなんだってんだ! あいつが素直に俺の言うことを聞かなかったから悪いんだ。邪魔になったから殺したまでだ。とっとと金を出せばよかっただけの話だ!」

「あの人だって自分の娘さん為に立派な父親として生きていたんです。突然お父さんを奪われた娘さんの気持ちがわかるんですか?」

「あんな奴の人生なんて知ったこっちゃねえよ! 大人しく金を出せばよかっただけだ! 俺は悪いことをしたなんて思ってねえ! 悪いのはあいつだ!」

 日草はまるで、自分のやっていたことは悪くない、悪いのは向こうだとばかりに自己中心的な態度で反抗する。だからこそ、人を殺すという残酷なことができるのだろう。

「水奈、こういうのは言っても無駄よ。早く任務を遂行させることを優先させるの」

そう言うと、日草の声を無視して、ファリテが身に着けているサークレットが紫の光を放った。

 その光は、霧のように日草の魂を包み込み、その魂に霧が針のように突き刺さった。

「ぎゃああー!!」

 先ほどまで威圧的な態度をとっていた日草が突然狂いだしたかのように叫びを上げた。

「何、何をしたの!?」

 日草の魂の状態がいきなり変わったことに、水奈は驚いた。

「犯人は、殺した者が最後に感じたことを頭に流す。そうすることで、自分が殺した者が最後にどういった苦しみを味わいながら死んでいったかを見せつけて、罪を戒めさせるの。こうすることで魂は身体と完全に分離する」

 身体と魂を完全に分離させるには、精神を極度に追い詰めなくてはならない。

 今、日草は恐怖状態の中、全身を刃物で刺される痛みを味わっている。あの店内にいた春樹敏夫と同じように。

 人をその形で殺したのだから、その者にも同じ苦しみを負わせた上で、戒めさせる。

だからこそ、メディウムは任務前に必ず被害者が死ぬまでの映像を見せるのだろう。死神達が魂を狩るのに後ろめたさを感じないように、犯罪者が因果応報という形にできるように。

 そして、その際にその幻に包むことで静かにさせる。

身体には永久に戻れない、つまり死を迎える。

 ほどなくして、日草の魂は声を出さなくなった

極度の恐怖により、犯罪者は自分が殺した者と同じ痛みを身体に受け、日草の魂は完全に身体とは分離した。

「回収よ。ここに閉じ込めるわ」

 ファリテは鎌を掲げると、何やら黒い物体が現れる。中に赤子を包みこむように寝かせられるゆりかごのようなもの。

 しかし春樹敏夫の魂を回収したようなものではない。 

 これはまさに禍々しいオーラに包まれているような気がする。

魂を完全に逃がさないようにつかみ取ると、そのゆりかご閉じ込めるように囲み、押し込め

 これはゆりかごというよりも、捕獲した虫を閉じ込める虫かご、いや動物を入れる檻だ。

 死者のゆりかごのような安らかなものではなく、犯罪者用の黒い檻のような籠である。

「これで日草の魂は確保したわ。さ、帰りましょ」

 犯人の怒声も何事もなかったかのように、ファリテはあっさりと帰ると言った。

 そしてまたもや扉を出現させて、二人でその中へ入って冥界に戻った。

「これからこの魂は裁きを受けるわ」

 冥界へと繋がる扉の中の階段を上りながら、ファリテはそう言った。

「水奈、どうだった? 加害者側の魂を奪う任務は」

「あまりいい気分じゃなかったかも。人を殺した方も悪いけど、その魂を奪う為に、被害者と同じ死に方を味合わせるってのもなんか怖い。もちろん、あの人は無理やり殺されたからこの人以上に苦しい想いをしたのは確かだけど。だからって私達が勝手に無理やり死なせちゃっていいのかなとは思う」

 水奈にとっては、それが今回は素直な感想だった。

「因果応報ってやつよ。あいつが生きていたら殺された春樹さんはゆりかごで次の人生へ送れない。その為にはこれは仕方ないことなのよ」


そうやって確保した魂を一度、冥界へ連れて帰る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る