第16話 私達の仕事
春樹敏夫の死後の様子を映し出したスクリーンの映像が消えた。
「これが彼が亡くなった後の一連のことです。あなたたちは次の任務に出なければなりません」
メディウムはそう説明した。
「次の任務って、私達の仕事は魂の回収なんじゃないんですか?」
最初にクレイドルデスゴットの役目を聞いた時はそう言われた。
それならば次にやることとはなんなのだろうか?
「水奈、よく聞きなさい。ここからは重い役目です。少々残酷なこともありますが、あなたはこれをやらなければなりません」
メディウムは本題とばかりに、次にやるべきことを告げた。
「人の命を無理やり奪った者のの魂も、私達が回収するのです」
「へ……?」
水奈はそれを聞いた時、一瞬理解できなかった。
「回収するって、私達の役目は死んだ人の魂の回収じゃないんですか? 犯人はまだ生きてるのに」
死者の魂はすでに死んでいるからこと肉体とはがせる。しかし、犯人はまだ生きた人間だ。それをどうやって魂を回収するというのか。
メディウムの説明についていけない水奈の為に、ファリテが代わりに説明した、
「私達には、死者の魂を回収するだけじゃなくてもう一つやることがあるの。まさに死神として」
ファリテは説明を始めた。その真剣な表情からこれは重い話なのだ。
「クレイドルデスゴットには二つの役割があるの。一つは死者の魂をゆりかごに乗せて運ぶ。そのゆりかごに乗せた魂を輪廻転生として送る。そして……」
次の一言が、まさにこの仕事が「死神」と呼ばれる理由だった。
「人の命を奪った人間の魂を、ゆりかごから振り落とす」
ゆりかごから振り落とす。本来ゆりかごといえば赤子を眠らせる為の道具だ。
しかしそこから振り落とすとはどういう意味だろうか。
「私達の役目はね、死んだ人の魂を回収するだけじゃなくて、それが故意な殺人だった場合は人の命を奪ったやつを報復としてそいつの魂も回収するという役目なの」
「ほうふく……?」
「病死や老衰や事故とかじゃなくて、個人の勝手な意思で人の命を無理やり奪ったものの魂は罰として殺された者の物とは違う、殺人者用の黒いゆりかごに乗せるの。そしてそれに乗せた魂を、ゆりかごから振り落とす、もう二度と次の人生へのゆりかごには乗せないの」
「振り落とすって……」
殺人を犯した魂は専用のゆりかごに乗せたのちに揺らして振り落とされる。
ゆりかごの通り、ゆりかごとは赤子を乗せるゆるやかなイメージではあるが、逆に使い方を間違えれば危険なものだ。
ゆりかごを激しく揺らしたのちに、ゆりかごの中で叩きつけ、そのゆりかごから振り落とす。
赤子はゆりかごから放り投げられれば全身を打つか頭に損傷を受けて死ぬだろう。
もしくは強く揺らされたことで、脳震盪を起こし、死に至る。
それと同じように、犯罪者の魂はゆりかごに乗せたのちに、乱暴に落とす。
そうすることで魂は消滅し、輪廻転生のゆりかごに乗せられない。輪からは外され、二度と現世に生まれることはできない、とファリテは説明した。
「それが……私達が死神と呼ばれる理由……」
死神とは、やはり死をつかさどる神だ。死んだ者の魂を回収するという役目もあれば、生きてる者を死なせてその魂を回収するという役目もある。
自分達はそうやって、ゆりかごという意味ではその二つの役目をやらなければならない。
「私達って、そんなことまでしなきゃいけないの?」
水奈は受け入れたくなかった。
死んだ者の魂を回収するだけならまだいい。それはすでに死んで肉体から離れてる。しかし、生きてる者からどうやって魂を回収するというのか。
「どうやって犯人の魂を回収するの? 生きてるのに」
殺された者と違って、犯人は現在も生きている。どういう手段なのかと。
「犯人を無理やり死なせて。強制的に魂を奪うの」
「死なせるってどうやって」
「私達には犯罪者回収用として、特製の大鎌が支給されてるの、それを使って」
鎌、というと途端に死神の武器を連想する。死神といえば大きな鎌を持っているイメージがある。草を刈るのに鎌を使うように、それで魂を狩り取るといったものだ。
やはり死神は鎌を使うというイメージがあるが、それはクレイドルデスゴッド達も同じであり、ファリテ達はこれで悪人の魂を狩るのに使うのだ。
「メディウム様の特性の大鎌で無理やり身体と魂を引きはがせば、その身体は抜け殻として死体になる」
ファリテはそう言うと、手に精神を集中させた。それと同時に、ブレスレットが赤く光る。
その手が輝くと、瞬時にファリテと同じくらいの大きさの特大な鎌が現れた。
持ち手は赤黒く、一見錆びているかのような色に見えるが、表面には艶があり、使いこなしてはいるものの、まだまだ十分使える立派なものだ。
そしてその先には三日月のような斜線な形をした銀色に輝く大きな刃がついている。
これくらいの大きさの刃なら、ギロチンのように人の首を切断することも可能だろう。
「この鎌はメディウム様のエネルギーで作られているから物理的には使えないけど、魂を引きはがす為の専用の鎌よ」
ファリテは淡々とそう説明した。その口ぶりからおそらくこれを今までも使用してきたのだろう。
「犯人は事故に見せかけて、自然に死なせるとか、持病の悪化とか、そういう風な自然死だと被害者側の遺族が納得できない。それができなければこれで魂を引きはがして無理やり魂を出すの。その身体は心臓発作とか突然死として扱われるわ」
死神の鎌で無理やり魂を引きはがされた死体は、そうやって処理される。
ファリテ達、クレイドルデスゴットの姿は一般人には見えず、さらにこの鎌で斬りつける動作も見えることはない。
犯人が自殺だと、結局は自らが死ぬことを望んだ上での死亡なので、それでは反省もできず、遺族の恨みをぶつける場所もなくなってしまうからだ。
そこでファリテ達が直接手を下すことで魂を回収するということだ。
「これじゃ私達のやってることも殺人なんじゃないの?」
犯罪者だとはいえ、結局は自分達もその罪人の命を奪うことになってしまう。罪人には命もある。これでは自分達のすることも、人の命を奪う、殺人である。
「私達はクレイドルデスゴットとして、ゆりかごの死神なのですよ」
メディウムそう言った。
「私達はメディウム様が選んだ対象者でやっている。つまり、これは正当なことなのよ」
ただ誰にでもやっているのではなく、メディウムという神に近い存在がそういったことが必要な者を選んでやっているからいいということなのだろうか、と水奈は思った。
「ゆりかごに乗せて魂を運ぶなら、その人を安らかにするためにはその人の命を奪うものをけすことで、その人が次の人生を全うに過ごせる。遺族の恨みを晴らすならこれしかない。仇を取るの」
つまり、その者が人を殺したように、クレイドルデスゴットもまた、そうやって人の命を奪うのだ。
水奈たちは死亡した魂のアフターケアが役目だからだ。
それには死者の魂そのものと遺族の気持ちを沈めるには命を奪った者を裁くことで釣り合わせるといことだろう。
こういうことをするから天使ではなく死神なのだ。
死んだ者の魂は安らかに回収できても、罪を犯した者の魂は乱暴に扱う。
こうすることで家族と死者による報復の役割を、水奈たちクレイドルデスゴットがやるのだ。
以前ファリテは「聖職者の天使を名乗れない」といっていたが、これが本当の理由なのだろう。
「でも、私達もある意味その犯罪者と同じように生きてる人を無理やり死なせるってことじゃない。犯罪者だからって必ず死刑にしていいわけじゃないでしょ? その人だって、改心するとか罪を償うとか」
犯人をかばいたいわけではない。でも理不尽な気がしないでもない。
「水奈、だから見たでしょ。あの人が苦しみながら死ぬ瞬間も、残された家族が悲しむ様子も」
水奈達には、あの事件の様子やその後の場面を見せられる。
それは犯人の命を奪うことに抵抗をなくすためだ。
その為に、事件現場やその後に犯人の様子を見せる。そうすることで、これは制裁を下すという意味で彼女達が死神としてやらなければならないことだと。
「私達はゆりかごの死神。死んだ人の魂をゆりかごに乗せて回収して、その人の魂をゆりかごに乗せて次の人生へと送り出す。つまり転生させて新しい人生へと旅立たせる。それにはその人を殺した人がまだ現世に生きていたままではいけないのよ。ゆりかごだからこそ、その為に犯人の魂もゆりかごに乗せて、そのゆりかごから振り落とす。そしてその犯人を輪廻の輪から外して二度と生まれることができないようにするってことよ」
その言い方ではゆりかごというのは安らかなイメージがあるが、それを裏返すと、実に残酷なものなのでもある。
クレイドルデスゴットとは、安らかな天使のように見え、その裏では残酷なこともする。
ゆりかごという安全な場所のようで、使い方を間違えれば危険な物になるように。
「水奈。そういうことですよ。私達の役目はそうやって、舞台の裏方をするようなものなのです。誰かが裏で働かねば、かえってそれは失敗に繋がる」
つまり、クレイドルデスゴッド達は、天使のように見えて悪魔のような残酷な仕事でもある。
まさに舞台の裏側で、人柱でもあるのだ。そうやって世界の秩序を保つために、暗い使命を引き受け、支える。
「説明はこれまでです。では、行きなさい」
水奈はまだ納得できない部分もあったが、メディウムに背中を押される形で、出現させた扉から、ファリテと共に現世へ降りた。
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