第15話 悲しみの別れ


 あの事件発生の翌日、事件について、新聞やニュースには大きく報道された。

 テレビではアナウンサーがこう説明した。


「十月八日、午前一時頃、N市のコンビニエンスストアで正社員の春樹敏夫さん49歳が遺体となって発見されました。仰向けで倒れており、血まみれで刺し傷があり救急車で病院に運ばれましたが死亡が確認されました。店内には争った形跡と、レジの金銭が奪われていたところから強盗殺人とみて捜査してます」


 事件現場となったコンビニの外観と事件現場である荒らされた店内がニュースに映される。

この事件は「コンビニ強盗殺人」という見出しで新聞記事にも大きく載った。



 本人確認後、春樹敏夫の遺体は彼が娘と共に住んでいたアパートに運び込まれた。

 無言の帰宅で、病院ではなく自宅で改めて娘と対面する。

 遺体は布団に横に寝かせられ、白い布をかぶせられていた。

 美奈はそんな父の遺体の傍でじっと座っていた。

 

 アパートの周囲にはマスコミも集まっていた。被害者遺族としての取材だ。

 アパートには美奈の親族が来ていた。


 父親との突然の別れに、憔悴した美奈の面倒を親族が見るしかなかった。

 娘である美奈は憔悴しているために、かわりに親族がマスコミへのインタビューに受け答えしていた。


 マスコミは、被害者の住む近隣住民にもインタビューをしていた。

「春樹さんはとても人柄の良さそうな方でした。娘さんとも仲がよくて、仕事にも積極的で、町内会の行事も自分から参加してくれました。こんなことになるなんて……」

 住民達のインタビューもテレビで報道された。


 一方、春樹敏夫の遺体が運びこまれた、アパートでは、無言の帰宅を果たした彼が家で過ごす最後の時間だ。


 父子二人が暮らしているアパートは居間と個室がある、ほんの二部屋しかない間取りだ。そんな小さな住処で、二人は暮らしていた。家が小さい分、二人は距離が近く、親子仲もよかった。

 部屋の中には敏夫の使っていた家具や衣服があった。


 ほんのつい最近までこれを使っていた者がいた証拠だ。しかしこれらはもう使うものはいないだろう。

 美奈は父の遺体を見て、様々な想いが交錯する。


 父は殺される時、どれだけ辛かっただろうか、苦しかっただろうか、痛かっただろうか、と考えるといてもたってもいられなかった。


 ただいつも通りに仕事をしていただけだ、それが無理やり推し入ってきた強盗によって無残に殺された。

 なぜ誰も助けてくれなかったのか、どうして強盗は父を殺したのか。


 誰がやったのか、殺した理由を教えてほしい。しかしそんなことを知っても父が死んだという現実は変えられない。その憎しみと悲しみでもう話すこともできない父の遺体の前で、しかしすでに二十歳という大人の女性である美奈にとっては親族の手前である以上、子供のようにだらしなく泣くこともできなかった。


 殺された者には家族だっていたのだ。

 人の命を奪うということは、ただ本人の命を奪っただけでは終わらない。


 家族は一生、大切な者を奪われた苦しみと犯人への怒りと共に生きて行かねばならない。


 犯人はそのことを考えていない。ただ自分の欲望が満たせればよかった一心で。それに邪魔になったので殺した。


 殺された者の家族はどれだけ理不尽な理由で家族を奪われたことに怒りを感じるのか。

 なぜ何もしていないのに、

 家族は最後、どれだけ苦しかっただろうか。どれだけ痛かったのだろうか。


 なぜいきなりそんな目に遭わされなければならなかったのか。

 なぜ、そんな時に自分が傍にいれなかったのか。なぜ助けることができなかったのか。

 父の最期の瞬間を想うと、心が張り裂けそうだった。




 犯人は、翌日の午後に逮捕された。

深夜のコンビニに押し入ってきてその会話の内容と、犯行の瞬間である敏夫を刺す場面が監視カメラに写っていた。そこで顔を割り出すことはできた。


 そこから指紋と足跡や監視カメラの服装などから犯人を割り出した。


 コンビニ内の監視カメラから映っていた人物が町の中の監視カメラにて映っていないかを確認し、後を追うのは簡単だった。


 今の時代は犯罪があっても、こうしてすぐに容疑者を確保することができる。

 犯人は「日草博 二十九才 無職」の青年だった。


 彼は犯行後、一度自宅に戻り、返り血を浴びたことにより染まった血まみれの服を着替え、盗んできた金銭を数えた。

 そして、その金を持ってそのままどこかへ逃走しようとしていたところを、駅で警察官に発見されたのだ。犯行を認めた為に、すぐに逮捕された。


 今の時代は監視カメラで誰がやったのかはすぐに特定できる。


 事件発生からわずかな時間で犯人を捜し出すなんて簡単なのに、なぜ彼は殺人などしたのだろうか。こんなことをして金を得てもすぐにばれるだけだ。




 春樹敏夫の葬儀では親族である彼の兄が喪主を務めていた。


 娘である美奈は憔悴していて、とてもだがそんな役目ができなかったからだ。

 棺の中の敏夫は安らかに眠っていた。

 殺される時の恐怖のまま死んだのなら、今もなお苦しみを味わっているのかもしれない。それとも絶命したことで痛みからは解放されたのだろうか。


 事件に遭った際の血液や刺し傷といったむごい部分が見えなくなっているだけでも救いだ。

 遺体は綺麗な状態にされていても家族を失った娘の気持ちははれない。


 葬儀に来ていた親族や彼の知人はこそこそと噂話をしていた。

「まさかこんなに早く亡くなるなんてね……美奈ちゃんどうするのかしら」

 そうやって遺族の心配をする者もいれば、中には陰口を叩くものもいた。

「だからコンビニに就職なんてやめておけばよかったのに。危険なことに巻き込まれることだってあるんだから。しかも深夜なんだろ? 無防備すぎる」

「強盗が来た時も、素直に金を出してれば助かったんじゃないのか? いくら仕事の為とはいえ、自分の命が危ないってことくらいすぐわかるはずなのに」

 悪いのは殺した犯人であるが、それは所詮他人からすれば、そんなものだ。


 美奈には様々な人は声をかけた。

「美奈ちゃん、悲しいのはわかるけど、あなたが悲しんでいたらお父さんも悲しむわよ。お父さんの為にもちゃんと頑張らなきゃ」

 励ましのはずであるその言葉も、今の美奈にとっては耐えられないものだった。


 自分が悲しんでしまうと父も浮かばれない。そんなことはわかっている。自分がしっかりと父の分まで生きて、父に寄り添って父が安らかに眠れるように見送らなければならない、それはわかっていても、やはり耐えられないものだ。


「死んだ者はどうしようもないじゃないか。運命を受け入れていくしかないよ。美奈ちゃんが悲しんでも、お父さんが生き返るわけじゃない。せめてお父さんが安らかに眠れるように、最後はきちんと見届けよう」

「誰だって悲しい時もある。悲しいのはあなただけじゃない。そういう時は自分て立ち直るしかないんだ。わかるだろ? お父さんを想うなら、娘である君がしっかりしなきゃいけないんだ」

「君ももう大人なんだ。小さい子みたいにただ悲しむだけじゃだめなんだよ。ちゃんと大人としての振る舞いで、お父さんを見送ろう?」

 周囲の者は励ましや慰めのつもりで言っているということはわかる。こちらに気をかけてくれているのだ。


 しかし、今の美奈にとっては本来死ななくてもよかった父親を亡くしたことで、その気持ちを理解できない者達には怒りすら感じた。


 なぜ父が殺されなければならなかったのだろう。

 病死でも老衰でもない。本来死ぬ必要もなかった人間が無理やりに殺されたのだ。

 しかしその苦しみは、血の繋がりのある実の娘にしかわからない。


 悪いのは犯人だとしても犯人が捕まったところで死んだという現実は変えられない。

「私だってわかってる……お父さんの為にちゃんとしなきゃいけないってことくらい。犯人は許せない。お父さんだけじゃなくて、私も苦しむのに」

 

仕事が終われば、いつも通りに帰って来るはずだった。それが一人の人間の自分勝手な都合により巻き込まれた。


葬儀の直後の火葬場で、美奈は最後に父の顔を見た。


ほんの数日前まではいつもと変わらぬ父の表情が、いまはもう見ることもできない。

遺体は火葬される為に、最後の別れとなった。


そして、数日前まで元気だった父は、白い骨を化して美奈の元へ戻ってきた。



一方その頃、葬儀会場と違う場所では犯人が逮捕され、警察車両に乗せられ護送される。その際に、顔は布がかけられているが、カメラのフラッシュが炊かれた。

その様子もニュースに報道された。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る