第14話 殺人というもの

 

 そうして冥界に戻ると、例の玉座の間で、一連のことを報告した。


「水奈、いかがでしたか? 初めての研修は」

「あまりいいものではありませんでした。魂の回収なんて、人の運命を左右する行為をわたしたちがやっていいのかとか罪悪感とか色々なことを考えてしまいます」

「これからそのアフターケアをするのよ」

 ファリテはそう言うも、水奈はまだやったことのないことに不安になった。


「さ、水奈。今日は疲れたでしょう? とりあえず部屋に戻って休みなさい。次はまた呼びますからね」

 そう言われ、水奈達は自分の部屋へと戻ることになった。


 部屋へ行く際に、ファリテが言った。

「水奈、これくらいでめげちゃだめよ。これからはこういうことをあなたもやっていくんだから」 

 ファリテにとっては慣れていることかもしれない。


 しかし水奈にとっては初めてだ。


 自分達が魂を回収するなど、人の運命を左右することをしていいのか。


「でも、やっぱり私は怖い。あの人だって死にたくないって言ってた」

「悲しいけど、これが私達の仕事なの。死んだ命を生き返らせることはできないわ」

 ファリテは冷静にそう言った。


 水奈は自分の部屋に戻り、ベッドで横たわって色々考えた。

 現世ではそうやって悲しい別れをした者がいるのに、自分はこうして豪華なベッドで眠っている。


 あんな事件現場を見てしまった為に、水奈にとっても生々しい現実だった。

 死者が魂を回収する際に、嘆いていた。それを自分達が回収してしまい、亡くなった本人には残酷な現実を押し付けてしまった。これほど悲しい仕事もない、と。

「私、明日からもこの仕事やらなきゃいけないんだよね……大丈夫かな」

 様々な想いが交錯し、水奈は精神的な疲れもあって眠りについた。




 一仕事を終えて、十分な休息を取る為の時間が経過した後、水奈達は早速メディウムのいる間に呼ばれた。

 今度は家族のアフターケアをするにあたって必要なことをしなければならないと、そう説明された。

「あなた方には今回亡くなった人の家族について知ってもらおうと思います。それを知らなければこの仕事はできません」

 そう言って、メディウムは次にやることを説明した。

「これが亡くなった方の経歴です」


 メディウムは水奈とファリテの端末に死亡した者のプロフィールを表示させた。 

 これからこの家族のアフターケアをするのだから、死者のことを知るのは必須だ。

 その為には死んだ者がどういった人物なのかを知らねばならない。

 画面には死者の顔写真と共に、経歴の文字が表示された。


 『春樹敏夫四十九歳

 コンビニエンスストア正社員。妻とは八年前に死別してり、現在大学生の娘・春樹美奈と二人暮らし。

 娘を社会に出すまでと育てるつもりで日々熱心に仕事に励んでいた。

 上司からも部下からも信頼され、店では評判の明るい店員で多くの客からも慕われていた。

 急な用事でアルバイト店員がシフトで入れなくなった際も、自分が優先して仕事に出るという部下にも優しい面もあり、勤務先でも慕われていた。

 妻と早くに死別した分、一人娘には愛情をかけて育てていた。親子仲は良く、休日にはよく娘と共にどこかへ出かけていた。』



 水奈はプロフィールを見ていたら涙が出た。

「こんないいお父さんが殺されたんだ」


 娘がいる為に、魂を回収する際に「あの子を一人にさせてしまう」と嘆いていた。

 妻とは死別しているからこそ、娘を立派に育てなくてはならないと思ったのだろう。 


 その為に、日々働いていた。娘の為に。それがこんな形で終わらされた。

 この男性の娘はどれだけ悲しむだろうか? 唯一の家族である父親を亡くしたのだ。


「私達がこの人の魂を回収するなんて一方的なことしちゃっていいんですか?」

 この者もまだあの身体にいたかったかもしれない。それを回収してしまったのだ。


「死者は遺族とは永久に話すことができません。そうなると未練を引きずり、次の人生へゆりかごに乗せて送れなくなります。その為に私達がいるのです」


 メディウムはそう説明した。


「例の、ゆりかごに乗せるってやつですか?」

 水奈は前に言っていたことを思い出した。死者の魂をゆりかごに乗せて回収し、次の人生へ送り出すと。その為に必要なのがアフターケアだ。


「残された家族を癒す為には一人一人方法が違います。それを見つける為に、一連のやりとりを見るのです」

「水奈、これも仕方ないことなのよ。私達がやらなきゃ、救うことはできない」

「でも……」


「では、始めます」

 メディウムはあそこに行く前と同じように映像を見せた。


 スクリーンに映し出されたのは女性だった。まだ若い、恐らく春樹敏夫の娘・美奈だろう。

 今度はこれから死にゆく者がどういった状況で死亡するのかを見るのではなく、今回はその者が死亡した後の映像だ。




 春樹敏夫、その娘である春樹美奈の元へ事件発生の数時間後、つまり明け方に警察から電話がかかってきたのだ。

 就寝していたところに、朝の早い時間からの電話。その時点でただごとではないと、美奈は電話に出た。

「春樹敏夫さんについてのことで、すぐに病院へ来てほしい」と。


 その話を聞いた時、美奈は心臓が破裂しそうなほどに鼓動が激しくなった。

 こんな時間にそんな連絡が来るなんて、と。まさか、事故にでも遭ったのか、それとも病気など体調不良で倒れたのか。


「お父さんに何があったの……?」

 突然何があったのか、美奈には母がいない娘には、自分が行くしかない。美奈は急いでタクシーで病院に向かった。


「春樹敏夫さんのご家族さまですね」

 病院に着くと、警察と医師は一連のことを話した。事件に巻き込まれたかもしれない。

 その為に、本人かどうかを確認して欲しいと。

 その話を聞いた時、美奈は衝撃的だった。父が事件に巻き込まれた? そんなバカな、と。

 美奈は心臓がバクバクした。

 嘘だろう? 父は元気だ。それが本人かどうかを確認しろ? 父が死んでいるかもしれないというのか?


「ご本人か、確認していただきたいのですが」

安置室には警察から回収された納体袋が置かれていた。


 ちょうど大人一人分の大きさである寝袋のような納体袋には、何が入っているというのか。

 もしかしてこの中身が父とでもいうのか。嫌だ、認めたくない。どうか別人であってくれ。


 医師はそのファスナーを開け、中身を露出させた。


 その瞬間、美奈は衝撃的な現実を突きつけられた。


「お父さん……!?」

 それは紛れもなく、父の顔だった。

 遺体? これが遺体だと? ただ眠っているだけではないのか、と信じたかった。

 それがもう目を開けることもなく、身体は冷たくなり、二度と動かない。


 嘘だろう? 父が死んでいる? もう二度と話すこともできない?


持病があったわけでもない、ほんの昨日まではいつも通り元気な姿だった。


 最後に会った時も、何事もなかった。


 今日も普通に家を出て、仕事が終われば、いつも通り帰ってくるはずだった。

その家族が、今はもう二度と喋ることもできない物体と化していた。


「なんで……なんで……」


 娘はただ、その場で立つこともできず、足から崩れ落ちた。


 衝撃的過ぎて涙も出てこない。そのくらい突然だった。


 病院の安置室にて、春樹敏夫は家族と無言の対面だった。


検死によると、死因は刃物で刺されたことによる失血死。

検死の後、遺体の血はふき取られ、綺麗な状態にして家族の元に引き渡された。

事件発生時の血まみれな姿など、家族には見せることができない。

 家族に見せれば、自分の家族がどれだけ酷い目にあったのかを感じ取られてしまう。


 警察は娘である美奈に状況を話した。

 仕事中に何者かが店に押し入ってきて敏夫を刺す場面が監視カメラに写っていた。

 どうやらその人物に刃物で刺されたらしい、と。


 つまり、これは殺人事件に巻き込まれたのだと。


 美奈にとってはたった一人の家族を、失った。人の手で、無理やり。


「なんで……お父さんが殺されなきゃいけなかったの……!」

 その事実を知った時、娘である美奈には悲しみよりも憎しみでいっぱいだった。


 父は何もしていない。いつも一生懸命に仕事をしていた。人の為と日々接客でいろんな人に慕われていた。誰かに恨まれるようなことなんてしていない。


 強盗犯は、自分の邪魔だという理由で殺した。


 その殺した人物にも家族がいるなんてことも考えずに。





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