第11話 人の命が奪われるまで


 メディウムは空中に手を当てると、その広間に映画のような大画面のスクリーンが現れた。


 学校や会社でいえばプレゼンテーションのような形式だ。こうして任務について説明するのだろう。

「この仕事の決まりとして、デスゴット達にはターゲットが命を落とすまでの一部始終をみていただきます」

 命を落とすまで、それはつまり死亡する場面を見るということだろうか。

「なぜそんな映像を私達が見る必要があるんですか?」


 人が死ぬ場面とは、とても重いものだ。なぜそんなものを見せられなければならないのか。


「その人が最後にどういった苦しみで死んでいくのか、どういう思いで死ぬのか、それを知ってもらうことで、その者に合った方法で魂の回収をするのです。その人物の死にゆくまでの映像を見ることで、その者が最後にどういった想いで亡くなったのか。その人は死ぬ際に何を思ったか、そしてその後を救うのが私達です」


 人が死ぬ場面を見なくては、その人物の死について深く考えられない。それだとその死者をどう救えばいいのかがわからない。それを目にすることで、死神達はこの仕事ができる。


「では、始まりますよ」

 スクリーンを見ると、何かが映し出された。


 どこかの商店の中だろうか。棚のようなものに商品が陳列されているように見える。

 床や背景からして、日本のコンビニエンスストアのような場所だ。

 棚に陳列された商品が全て床に散らばり、怒声が響く。


 店員と思われる男性が怒鳴り声を挙げる男に包丁を付き当てられる。


 これは恐らく、店に乗り込んだ強盗が店員に「金を出せ」等のことを言って要求を飲ませようと脅しているのだろう。

 こんなシーン、ドラマでしか見たことがない


「この男性はもうすぐ、死にいたります」

「この人、死んじゃうんですか?」


 映像の中ではまだ生きている者がもうすぐ死ぬ。それは信じられない。しかしこういった映像を見ると、これはまさに事件現場だ。


「魂を回収するには、その人の命が尽きるまでの瞬間をきっちり見届けて共鳴しあわないといけないのですよ。そうしないと、その人の感情を理解することができないのです」


 そしてスクリーン画面を見る。

 黒のトレーナーやズボンといった、全身黒ずくめのようなファッションをした深くニット帽をかぶった若い男が突然乗り込んできた、というところだろうか。


 店員はコンビニの制服を身に着けている、中年ほどの男性だ。


 外が真っ暗なことと他の客が全くいないことから、これは深夜のコンビニ内だということがうかがえる。


 男は自分以外の客が店内にいないことを確認すると、レジにいる男性に向かって怒鳴った。

「金を出せ! すぐにだ! さもなくばお前を殺す」

 男はこのコンビニの店員であろう男性に包丁を見せて、脅したのだ。


 男が振りかざした包丁の先には、うろたえる男性の姿があった。

「ひぃぃ……なんですかあなたは! やめてください」

 突然刃を向けられた男性店員は恐怖に怯えた。


 今、その刃が自分に向けられている。下手をすると、この刃の餌食になるのではと。


 深夜のコンビニの為に幸いにも店内には他の客がいないが、この者達以外の人間がいないということは、周囲にこの状況を止める者も、警察に通報できる者もいない。


 店員の慌てぶりを見ていると、強盗はいきなりコンビニに乗り込んできたようだ。

だからこそ、この強盗は一方的に店員へと要求をぶつけているのだろう。


「申し訳ありませんが、お金は出せません」

 男性は今にも自分が殺されるのかもしれない、と恐怖に怯えながらも、対応していた。


 なぜよりによって自分が一人でいる時にこんな男が押し入ってきたのか、言うことを聞かなければ自分が殺される。だからといって、簡単に金を出すわけにもいかない。


 目の前のナイフが恐ろしい。

 軍人でも警察官でもない一般人に刃物を向けられては、普通の人間はどう対処すればいいのかわからずに混乱する。


「お前じゃ話にならねえ、他の店員を呼んで来い」

「で……ですが今は店長や他の者が不在でして」


 この喧騒の中、レジの奥からも人が出てこないということは、今店内にいるのはこの男性店員だけということになる。助けを呼ぶこともできない。


 叫び出したい、助けを呼びたい、しかし極度の緊張で声がうまくでない。


 腰のポケットにある携帯電話で警察に通報したいが、そんなことをしたらこの男はそれに気づいてすぐに自分を殺すかもしれない。


 少しでもこの男の機嫌を損ねるようなことをすれば、一瞬のうちに身体中に刃物が刺されるのでは、その痛みを想像するだけで震える。


「てめえ、この状況がわかんねえのか! 俺はお前を殺すかもしれねえんだぞ!」

「し、しかし……。私達にも仕事というものがありまして……」


 店員はしどろもどろになりながら、恐怖で怯えながら対応する。

 他の者がいない店内では男性一人で対応するしかなく、通報できない。


「もう一度言う、さっさと金を出せ!」

 男は声のトーンを上げて、さらに大声で怒鳴りつけた。


 店員の目の前にはギラリと銀色に輝く刃が向けられていて、それが恐怖をあおる。

 自分もこの刃の餌食になるのではと。


「す、すみません……どうか出て行ってくださいませんか……」


 声を震わしながらも店員は懇願した。

 すでに興奮状態になっている相手に向かってこんなことを言っても無駄だとはわかっている。


 しかし、この短時間のやりとりで、先に男が動いた。

「金を出せ」と脅したが、しかし店員がそれを拒んだ。


 ほんの数分でこの状況になっただけだ。

「ちっ!」

 男はわざとらしく、大きな舌打ちをした。


「てめえなんぞもうどうでもいい! 怖いっていうんなら今楽にしてやるよ!」


 店員の対応に、怒りに狂った男は、要求を飲まなかったことに腹を立てて、会計の台に身体を乗り上げた。


 一気に男と店員の距離が近づく。もちろん凶器と共に。

 男は凶器を振りかざした。それがこれから起きることを暗示させていた。


「や、やめてください!」

 目の前の刃物が一気に自分に距離を縮めたことにより、心臓がドクン、と弾けそうなほどに鳴った。


 これは最悪な状況になるのでは、と店員の頭をよぎった。


「や、やめてください! 殺さないでください!」

男性は必死で命乞いをした。殺されたくない、怖いと。


「うるせえ! 静かにしてろ!」

 男にはもう、その声は聞こえなかった。いや、自分の怒りの方が大きかったのだろう。


 もう目の前の者の声も届かないくらいに。

 それだけ今、この男にはもう自分の目的を達成させることしか考えていなかった。


「ひぃぃいいいいー!!」

 とうとう恐れていたことが現実になる。

 店員は恐怖でもう動くこともできなくなった。


 男は恐怖で動けなくなった店員の上に覆いかぶさり、勢いよく包丁を振り下ろした。


どちゅ、という生々しい音がする。


「た、助け……」

 その一振りで、店員の身体に痛みが走る。


 あまりの痛さに、店員はもがき始めた。手足をばたばたとさせる。

 店員はなんとかもがき、助けを呼ぼうとする。この店内には他に誰もいないとわかっていても。

 水の入った風船を割ったように、刃物で刺した男性の皮膚から血が噴き出る。

 ぱっくりと裂けた切り傷からは血が溢れ出す。


 そんな店員の痛みなど気にせず、男は興奮のあまり、勢いよくナイフを抜いては、振り下ろす。


「はあっ、はあっ」

 もはや男性にとっては店員の痛みなど知ったこっちゃない。


 とにかく自分の怒りで興奮のあまり、まるで恨みがあるかのように、とにかく刺す。

 先ほど会ったばかりの店員に、容赦もなかった。


もう自分が何をやっているのかもわかっていないかのようだ。頭に血がのぼり、やけになっている部分もあるのだろう。


「くそっ、くそっ」

 それでも男の行動は収まらない。

 ナイフを刺しては抜く度に、血しぶきが飛び、男の服に返り血を浴びせる。

「うっ…!」

 その叫びが、男性の断末魔となった。


 どれだけ痛くて苦しいだろうか、想像するだけで恐ろしかった。

 怒りのあまり、男はとにかく刃物を振るうのをやめなかった。


 店員にまたがったまま、包丁で自分の身体の下にいる店員を何度も刺す。


 しばらくして、店員が動かなくなったのを見て、男はようやく刃物で刺すのをやめた。

 ようやく興奮が収まってきたのだ。


「ふー……」

 冷静になった男は、行為が終わった後の周囲にようやく目を向けた。


「死んだか……」

 まるで赤い絵の具が入ったバケツをひっくり返したかのように、床一面血の海が広がっていた。その色は鮮やかで、たった今流れた血なのだとわかる。


 店員の身体はというと、刺された部分の服は裂かれ、そこから見える刺し傷から血がだらだらと流れていた。もう動かない。


 無残な姿で店員はこと切れていた。まさに今、斬撃の中にいたように。


 一方男はというと、たった今店員を刺した行動により、顔も衣服も返り血で真っ赤に染まっていた。

「最初から金を出しておけりゃよかったんだよ」

 まるで自分のやったことが悪くないかのように、非があるのは店員の方だ、といわんばかりに、男はようやく立ち上がった。


 男は店員がこと切れているのを確認すると、ようやく目的に動けると傍に会ったレジを開けた。


 男はレジの中を物色する。

 今、この男には金を手に入れることしか考えられなかった。

 万札や、千円札といったものを数える。


「ちっ、たいして入ってねえな!」

 愚痴をこぼしつつも、万札や千円札といった金銭をつかみ取り、ポケットに入れた。

これだけのことをしておきながら、男には金のことしか頭になかった。

床には血まみれになった店員がいても、救急車を呼ぼうといった素振りも見せなかった。

 自分がこの店員を殺したのだから、自分から救急車を呼ぶはずもない。


「くそっ、ここにはもう用はねえ!」

 今殺した店員のことなど、どうでもいいかのように。


 札束をポケットにしまい、まるで何事もなかったかのように、外へ逃げていく。

人を殺し、レジから金銭を盗み出し、真っ暗な外へと逃走したのだ。


 現場にはただ、先ほどまで仕事をしていた男性の遺体だけが残された。


 ほんの数分前までは、何事もなく元気だったはずの店員は、もう二度と動かない。


 病気でも老衰でも衰弱でもない。ほんの数分前にはいつも通りの体調だったのだ。 


 それが今は身勝手な人の手によってほんの数分で命を奪われた。


 これが、この店員が絶命するまでの一部始終だ。

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