第10話 研修の始まり

 

 水奈が眠りについてから、どれだけの時間が過ぎただろう。


 ピー……ピー……と電子音が響いた。


 ここには窓がない、なので朝なのか、夜なのかはわからない。


 どこから電子音が鳴り響いているのかと思えば、液晶画面が浮いた。


「なに、これ。どこを触ればいいの?」

 画面に映るどこをタッチすればいいのかわからないが、とりあえず画面に触れてみた。

「おはよう、水奈。よく眠れましたか?」

 画面に現れたのはメディウムの姿だった。どうやらこうして仲間や上司と連絡を取り合うらしい。

「今からファリテと一緒に私の元に来てちょうだい。今回の任務について説明をするわ」

 死んでから現世でいえば、どれだけの時間が経過したかは不明だが、ここに来たばかりで、もう翌日はこの仕事の研修となると、昨日の朝までは考えられなかったことだろう。まさかあの日が自分の生まれ育った家での最後の朝で、翌日からは死後の世界にいるというのだ。


 部屋のドアの前ではファリテが迎えに来ていた。


「あそこのテレポーターに乗れば、メディウム様の元へ飛べるわ」

 昨日、ファリテはどこからともなく一瞬でメディウムの前に現れた。


 恐らくここの移動手段はこういったもので、基本的に場所から場所へとテレポート方式の移動なのだろう。ここは現実世界とは違う場所のようなものなので、瞬間移動といったことも技術してもある。ここにいる者は死んでいるのだから当たり前だが。


「よく来てくれました。ファリテ、水奈」

 移動した先には、すでにメディウムが例のあの玉座の間で待ち構えていた。

「では、まずはあなたに任務の説明を受けてもらいます」

 メディウムは空中に画面を出現させ、何かの図を表示させた。

「私達の仕事・クレイドルデスゴットとは、別名『ゆりかごの死神』唐突な死により、命を奪われる者の魂を回収して、それをゆりかごに乗せて、そしてここへ運び出し、ゆりかごに乗せて現世へ送り出す、つまり転生させて新しい人生を歩ませるサポートをするのです」

 画面には、人が横たわって「瀕死」という文字が表示された映像が出る。そこへファリテと同じような衣装を身に着けた者が、横たわった人物の魂を抜きとるような図が出た上で、その人物の表示が「死」にかわる。そして、それを死神衣装の者がゆりかごのような物体に魂を乗せ、連れて帰ったのちに、そのゆりかごを現世に送り出すような絵が表示された。


「放っておくと、唐突な死を迎えたものは、無念により現世に留まる。そして理不尽な理由で大切な者を奪われた親族や知人たちはその故人を悲しんでしまう。その想いが死者の魂が転生もできず、遺族の悲しみも晴れず、残留となって人の負の感情となり、新たな憎しみを生み出す」


 もしもクレイドルデスゴットが魂を回収せずに放っておくと、その魂の図が黒くなり、地に叩き落されるかのような絵になった。その下に、死亡した者の残された遺族であろう悲しんで泣く人々の絵が表示され、それが赤く燃え上がるような負のエネルギーとなり、真っ黒な霧となって、新たな憎しみを生み出すという絵になっていた。


「大切な者を失った者達は、悲しみによりその後、加害者を憎しむ。加害者が捕まり、死刑にされようと、罪の裁きを受けようと、亡くなった者の命は戻ってこない。それがまた、遺族にとっては悲しみを超えた怒りや憎しみとなり、次の犯罪へと繫がりかねない。報復、復讐、その連鎖は断ち切らなければならない」


 図には黒い霧から次々と矢印が伸びて、「報復」「復讐」といった物騒な文字へと繋がっていた。


「それを救うのが私達の仕事です。こうすることで現世の秩序を保ち、新たな負の連鎖を生み出さない。なのでそれを迎えて送り出す「ゆりかご」の存在が必要なのですよ」

 それらを聞いているうちに、水奈は気になったことがあった。


「なんで、私達の別名は「死神」なんですか?」

 死神といえば、死者の元へ趣き、死なせるという恐ろしいマイナスなイメージがある。

 こういった役目なのであれば、死神ではなく、むしろ天の使い魔として、天使のような言い方がいいのではないか、それならまだ可愛らしく神々しい。なぜわざわざ恐ろしい響きである「死神」という用語を使うのか。


「その人物が亡くなる瞬間を安らかに逝かせる。もう助からない命をそこから救うことはできない。その魂を回収するために、結果的に最後にその者を命を奪うこともあるのよ、それがクレイドルデスゴット。それで天使ではなく死神となってしまうのです」

 すでに救うこともない程に死に追い詰められたその者を楽にするために命を奪うこともあるので、結果的には死神となってしまう。神の使いである天使は神々しいイメージもあるので、そんあことをしないのかもしれない。


「だから私達は聖職者である天使の肩書はもてないの。楽にするためとはいえ、それは魂、つまり命そのものを奪う行為で、結果的にそれはやっぱり死をまつる神でしかないから」

 ファリテは淡々とそう説明した。おそらく彼女もまた、ここへ来たばかりの時に同じような疑問を抱いたのだろう。


 死神なんて、恐ろしいイメージがある、それならば天使と言われた方がずっと人聞きが良い。


「それに、私達もまた私達自身の望む形で死んだわけじゃないから。安らかな眠りにつけなかった者は天使にはなれないのよ」


 無理やりに死亡したものが天使にはなれず死神となる。皮肉なものだ。本人が望んで、もしくは納得のいく死に方をしたわけではないのに、死神にさせられる。


「悲しいけど、どこかで誰かが犠牲になることで世の中は成り立っているのです」


 こうして不本意な死を迎えた者がこの役目に選ばれる。こき使われる。それは水奈たちもある意味その職務の為に自身の犠牲になっているのかもしれない。


「それに、死神と呼ばれる本当の理由もあるのですが、それはおいおい説明しようと思います」


 この仕事にそう呼ばれる秘密があるのだろうか。しかし今は教えてもらえないようだ



「説明はこんなところですね。では今回の任務を説明します」

 

メディウムは水奈の初任務についての説明を始めた

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