第9話 これからはここで
この空間は不思議な場所だった。
メディウムのいた場所から繋がる通路には、金色の装飾で彩られた壁に、大理石の廊下。壁にはロココ調の両開きの扉が並ぶ。
壁には絵画がかけられている。どれも雲へ上がる天国を思わさせる絵だ。
まるで中世ヨーロッパの城だ。本当にアニメで流行りの異世界に来たかのようである。
ここは水奈が自分で住んでいた日本とは全く違うのだと実感させられる。
ここに来たばかりの今の水奈は入ることができないが、案内されて聞いた話によると、死んだ者の魂を管理する部屋や次に行く場所などを選ぶ事務室、デスゴットの待機室、そして現世へと向かう扉がこの城の外にあるそうだ。魂を転生へと繋げる間もあり、そして先ほどメディウムがいたクレイドルデスゴッドとして選ばれた者が来る場所も。
ファリテはそういった場所を案内した。
やはり年頃が近い為か、ファリテは話しやすく、すぐに打ち解けることができた。
「ここって、どうやってクレイドルデスゴッドに選ばれるの?」
水奈はやはりそれが気になった。なぜ自分が選ばれたのかと。
できればあのまま死んだままで眠りたかった。こうして意識があって、何かをするなんて嫌だった。あの時、これで楽になれるとも思っていたのに、と。
「メディウム様が適正があるっていう人を選ぶのよ。私も細かいところまではわからない。ただの抽選のようなものかもしれないし、それともちゃんとした理由で選んでいるのか」
ここにいるファリテでもそれはわからないようだった。
「例えば、メディウム様が言ってたみたいに、病気や老衰みたいに寿命で死んだ人がここに来るじゃなくて、突然死とか、無理やり殺されたとか」
水奈は殺されたわけではないが、事故だったので突然死ではあった。だから選ばれたのだろうか。それに、殺されたという部分が気になる。ここには殺されたことによって来た者もいるというのか。
「あなたも……そうなの?」
そういった理由ならファリテもそういった死に方をしたのかと気になった。
自分のように事故ならまだしも、無理やり命を奪われたというのなら重いものだ。
「うん、まあね。そういうところかしら」
理由は教えてくれないが、やはり彼女もそういった突然死なのかと思うと、悪いことを聞いたと水奈は心が痛んだ。
「私もここに来た時はびっくりしたわ。そんなの私にできるわけないって」
「……一緒だね」
ここにいて、クレイドルデスゴットとしての役目を負わされている者達も、きっとそれぞれ事情があって選ばれたのだろう。
「水奈、今日からここがあなたの部屋よ」
金色の装飾に縁どられた、木製のドアの部屋へ案内された。
中に入ると、室内はそこそこ豪華なつくりだった。
貴族が使うような屋根付きの大きなベッドがあり、豪華な装飾が施された立派な机に椅子、窓はないが、変わった模様の壁は豪勢さを感じる。広い部屋はまさに映画の一部のような部屋である。
「こんな豪華な部屋、使っていいの?」
「私達は一応大事な役職だからね。そこそこの待遇はされるわよ」
まさにここも中世ヨーロッパ風の金持ちが住む部屋だと思った。
しかし、壁にその雰囲気にそぐわないものがあった。
机の上にはパソコンがあり、ファリテが何やら空中で指を動かすと、大きな液晶画面が空中に浮かび上がった。近年のSFアニメなどで見る、あれだ。
「指令はここから来るから。調べものとかもここでして」
中世ヨーロッパの城のようなこんな場所にも機械のような端末があるのか、と思った。
雰囲気に合わない未来のような場所だ。
ここは現世ではないので、そんな技術が使えても不思議ではないのかもしれない。
ここは現世ではなく、死者が来る場所なので雰囲気もなにもないか、とも考えれば納得する。
これはこれでファンタジーでありながら未来のような空想の場所に来たと思えばいい。
「これはあなたへの端末。情報はそこへ来るから。常に持ち歩いててね」
スマートフォンのような画面が液晶の板を渡された。
この道具は現世を思い出させる。とはいうものの、生きていた頃の水奈のスマートフォンには連絡先を追加する友人もいなかったわけだが。
「私達は死んでいるから疲れや食欲はないのだけど、ここで形だけでも休息はとれるわ」
疲れも食欲も感じないのは、人の身体としては便利だが、食べることができないのは寂しい気がした。
「ここ、食べるとか飲むとかできないの?」
死んでいるのだから、飲食など必要ないといえばそうだが。
「もしも何か食べたいと思ったら、ここからオーダーをして。メディウム様が私達に食べられるものを錬成してくださるわ。食べたいものも食べられるから」
ファリテが空中の液晶画面のライフリクエスト、というボタンを押すと、必要なものがオーダーできるらしい。食事は和洋中と揃っている。
ここには様々な国から選ばれた者も来るそうなので、恐らくそれぞれの文化に対応してるのだろう。
それは文房具から本といった日用品もだ。重要な役職に選ばれただけに一応それなりの待遇はあるようだ。ある意味、日本の庶民的な生活よりは豪華な暮らしになるのかもしれない。
ここでの生活について説明すると、ファリテは今後のことについて言った。
「あなたへの研修は明日から。私がついていくから」
「もう明日には研修になるの? 早くない?」
「ここに来たからにはすぐに戦力にならないと人手不足だからよ。少しでも早くに仕事を覚えてもらって」
一通りの説明が終わると、ファリテは自分の場所に戻ると言った。
部屋から出て行こうとするファリテに、一つ聞いた。
「ねえ、私の服は?」
ファリテはローブを身にまとっている。それがここの衣装だろうか。
水奈の服は、今も死んだ時に来ていた学校の指定制服であるセーラー服のままだ。
「あなたの衣類はまだ作られてないの。ここに来たばかりだし。ここでの衣装はみんな特注品だから、できるまでしばらく時間はかかるわ」
「じゃあ、何を着てればいいの?」
「あなたはしばらくその服でいてねってことよ。生前に身に着けていたものの方が気が楽でしょう」
気に入っていたはずの制服も、今となってはあの嫌な思い出の学校を思い出さすのでいいとも言えなかった。しかし、他の服もない。今はこのままでいるしかない。
「じゃあね、また明日。わからないことがあったらまた聞いて」
ファリテの後ろ姿を見送ると、水奈はベッドに横になった。
豪華なベッド、まるでお姫様になったかのような、現世の自分の部屋とは大違いだ、と思いながら寝転ぶ。
死んでいるのだから、身体に疲れなど感じないと思っていたが、どうやら初めての場所に緊張で精神的には疲れたのだろう。自然と眠気が来た。
水奈は眠りにつく前に考えた。
「まあ、これでいいかもね」
ただ死んだよりも、何かの任務を与えられてもそれなりの待遇ならこれはこれでいいかもしれない。
どうせすでに死んだ身だ。あの両親の元へ帰らなくていいのであれば、ここでもいいような気がしてきた。もう学校へ行かなくてもいいし、進路に悩む必要もないのだから。
水奈はそう思うと、眠りについた。いるべき場所はここでいい、この暮らしでいいのかもしれない、と。
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