死神の目覚め

第8話 私は選ばれてしまった


 水奈がどれだけの時間、真っ暗な場所にいたのだろう。


「ん……? 私、どうなったんだろう?」


死んだなら動くことも考えることも、できなくなるはずだろう。

なのになぜまだ自分を自分と認識できるのか。


 身体が重い、しかしなぜかまだ自分の意識がある。もう何も考えたくないのに、できればあのまま眠らせてほしかった。


しかし、自然と目が開いた。

「ここは……どこ?」

 水奈は目が覚めた。自分はどこかの大広間のような場所に横になっていた。

 仰向けの視界に映る上には、天井はなく、青い空が広がる。周囲には煌びやかな金の装飾に彩られた柱が何本も立っており、豪華な建築だ。床は大理石のような冷たさを感じる。


「何、ここ」

 水奈は起き上がった。足はまだふわふわしている感覚だった。


 周囲を見渡すと、その大広間の壁はなく、その外が見えた。そこは一面の花畑があった。

 そして目線を前に向ければ、銀色に縁どられた門があった。


 ここがあの世という場所なのか。それならばここは天国なのか、地獄なのか。

本当に異世界にでも転生してしまったのだろうか。


なんにせよ、自分の意思や記憶があるままにこんなわけのわからない場所で目覚めたのは不安でしかなかった。


そして、広場の奥の銀色の門。あれはなんだろうか。

「あの向こう、何があるんだろう」

 もしかしてあそこが次の人生へと続く門なのだというのか。

 自分の記憶が消えて新しい人生が始まるというのなら、喜んでくぐりたい。

 しかし、もしかして地獄へと続く門で、永遠の苦しみを味わうなどといったものになるのなら嫌だ、とは思う。


「ここにいてもどうしようもないし、とりあえず開けてみよう」


 このまま動かなくては何も進展しない、ならば先へ行くまでだ。

 水奈はそこへ走り、門の扉を押した。門は軽く、力を入れなくても簡単に開いた。


 そして、その先には大きな玉座と共に、女性がいた。

「あら、今回選ばれたのはあなたなのですね穂峰水奈さん。ようこそ」

 その女性は母性を感じる優しさがあふれる声でそう言った。


 女性は全体的に白い衣装に身を包んでいる。豪華なドレスのような衣装だが、装飾品が首元に豪華に煌びやかに輝き、高貴な身分を思わせる。

 年齢は不詳だが、外見だけなら若く見える。それは人間でいえば見惚れる美貌だろう。

 顔は化粧をしているようにも見えるが、整った顔立ちは美人である。

長く伸びる髪は絹のような金色でその、なめらかさが美しさを増す。


 まるで女神というものなのか、そんな称号がぴったりくるような気がした。

誰だろう、と水奈は思った。


なぜ初対面のなはずのこの人物が自分の名前を知っている? と疑問に思った。

現実離れしている外見だが、すでに死んでいる水奈は相手の容姿には特に驚かなかった。


「ここに来るのは現世で死を迎えた者。あなたは自分が死んだというのに冷静なのですね」

 女性は優しい口調ではあるが、辛辣なことを言っているようにも思える。

 女性が言うように、やはりここは死後の世界なのだと知る。


 水奈はその女性の言う通りに、自分が死んだというのに、取り乱す様子がない。


 通常であればこういった状況だと、若い者は絶望するのだろう、しかし水奈はそうではなかった。どうせ生きていてもいいことがないと分かった上で死んだのだから。


「ここ、どこなんですか? 私、どうなるんです?」

 とりあえず、この状態が一体なんなのかを知りたい。


 ここが死後の世界というのなら、自分はいったいどうなってしまうのか。


 そして目の前のこの人物が一体なんなのか、知りたいことはたくさんある。


「自己紹介が遅れましたね。私はメディウム。人々の魂を安らかにするもの。ここは冥界。あなたの世界でいう天国とも地獄とも取れますが、その中間地点のような場所です。あの世という意味では合ってますが死んだ者が来る場所というよりは、ここはある特定の者だけが来れる場所」


 女性はメディウム、と名乗った。そして自分が何者かということも。


 魂を安らかにする、その台詞に水奈は自分の魂も回収されるのか、と思った。

「私、生まれ変わるの? それともこのまま消えるの? まさか地獄へ堕ちるの?」

 魂という言葉を使うということは、自分の魂もこの人物によって何かをされるということだ。

「あなたの思っていることとはどれも違いますね」

 水奈は首を傾げた。生まれ変わるのではなく、消えるわけでもない。しかしだからといって地獄に堕ちるわけではない、では一体なんなのかと。

「あなたがこれからどうなるかというとですね」

そして、女性は告げた。

「あなたはクレイドルデスゴッドに選ばれました」


「くれいどる……?」

 水奈には一瞬意味がわからなかった。「デスゴット」というのはいわゆる「死神」

 では「クレイドル」とはどういう意味か。英単語でいうと「ゆりかご」である。


「あなたは数多くの死者の中でそんな栄誉なものに選ばれたのです」

 しかも選ばれた、とくると自分はそんな役職に選ばれてしまったというのか。


「死神みたいなもの? それを私がやらなきゃいけないのですか?」

「そう、それがあなたがここに来た理由なのです」


 死神とは、死者の元へ訪れて不幸にする、魂を奪う、死においやるというイメージがある。


 人を死なすから死神、死をつかさどる神。


 自分はそんな物騒な者に選ばれてしまったというのか。


 冗談じゃない、自分は死んでこのまま記憶ごと自分の存在が消えてしまいたいと思っていた。

 それなのに、そんな役目を押し付けられるというのか。

 ただでさえ死ぬだけでもなのに、そんな恐ろしい役目をやりたくないと思った。


「死神、とはいいますが、あなたが思っている死神とは少し違いますね」

 死神とはやはりいいイメージがない、水奈が想像していたのはやはり物騒なものだった。

 死神というのなら、もっと恐ろしいイメージがある。

 しかしメディウムの喋り方や外見からは自分がそんな物騒なものを押し付けられるようには見えない。


「死神は人の死に現れ、魂を回収するもの。人を死なせる、死の神というイメージがありますね。でもあなたが選ばれたのはただの死神ではなく、クレイドルデスゴットという役目なのです。別名・ゆりかごの死神、ですね」


「ゆりかごの死神……」

 水奈はやはりそれがなんなのかよくわからなかった。


『死神』という物騒なものでありながら『ゆりかご』

 ゆりかごとは赤子を乗せてゆっくりゆれることで安らかな気持ちにさせるイメージがあるものだ。

 それが死神に関係するとは思えない。


「人は皆、自分が死ぬ時は恐怖に怯えます。自分はこれから死ぬのだと」

 それは当たり前のことだ。


 人は死ぬ時に、自分の人生が終わるということになる。もう二度と生き返ることはない、愛した者と話すこともできなければ、動くこともできない。眠りにつき、二度と動くこともできない。人生が終わる。それが『死』だ。


「しかし、クレイドルデスゴットは病死や老衰といった自然の死ではなく、不慮の死を迎えたものの場所へ行くんです」

 自然の死ではなく、不慮の死、とはどういうことだろうか。

「本来は死ぬ予定ではなく、他者に無理やり命を奪われたもの、本来のその者の寿命ではなく、強制的に死にされた者の場所へ赴きます」


 他者に無理やり命を奪われたもの、というと殺人といった類のものだろうか。

 病死や老衰と違い、死ぬ必要がなかったのに強制的に命を奪われた者。


 もしくは水奈のように、突然の事故によるものなども含むのか。

 そんな者の元へ行くなどかなり重い役目である。


「そんなの、やりたくない。怖い。人が死ぬところなんて、見たくもないし関わりたくない」


 ただでさえ、自分のことでいっぱいいっぱいで現世へ別れをした水奈が他人の生死に関わる役目など到底無理だと思った。


 自分がその死神というものになるのであれば、当然そうやって人生の別れを迎える者の場所へ行けと言っているようなものである。

 いくらなんでも、他人の命に係わる仕事などやりたくない。


「だからこそ、あなたの役目が必要なのです」

「なぜですか?」

「不慮の死によって命を落とすものは、本来死ななくていい命だった。その苦しみはとてつもなく想像もできないもの。もっと生きていたかった、死にたくない、など恐怖は大きいのです」


 それはそうだ。殺人や事故といったものの死去は、病気や老衰といった寿命ではない。ましてや自分から死を望んだ自害とも全然違うだろう。


「死の恐怖の上で死んだ者の魂は怨霊となってその世に縛り付けられることがあるのです。そこで最後は幸福な気持ちで魂が回収できるようにするのがあなたの役目」

 無理やりに死亡した魂は、人生の悔いから怨霊となる。


「そして、その家族にも最後の別れという形のアフターケアをするのです。つまり、死んだ者と、その家族にも互いが苦しまないように人の苦しみを救い出す。そしてゆりかごに乗せた魂を転生させて、次の人生へと送り出す。それがまさにゆりかごのように魂を迎えるクレイドルデスゴットの役目なのです」

メディウムはそう説明した。


「なんで、そんなことを私がやるんですか。そんなの嫌です」

水奈はまだそれが信じられなかった、そんな重い役目をなぜ自分が、と。


「その話、断ることはできないんですか? 絶対にやらなきゃいけないんですか? 私はそれをやりたくないって言ったらどうなるんですか?」

「一度決められたことはもう断れません。あなたは栄光あるこの役職に選ばれたのだから」

「なんで私が選ばれたんですか?」

「あなたが適材と選ばれたからです」


 迷惑な話だ。水奈としては、死んだのならばさっさと自分の記憶を消すなどとして、自分そのものが消滅してしまえばいいのに、と思っていた。


 それを選ばれたからとう理由で、勝手に役職を押し付けられたのだから。


「そんなの、別にやりたいわけじゃなかったのですが。お願いです、それだったら私ではなく違う人を選んでください。私は嫌です」

「誰かがやらなくてはならない栄光ある仕事なのですよ。選ばれたあなたは幸運だった」

 これでは意地でもこの話を受けなければならないのか。水奈に拒否権はないのだ。嫌だっていることを無理やりやらせるなんて理不尽だ。


 自分は死んで、何もかも消えて、存在自体を消したかったのに、と。


「なぜそんな重大な役目をさせるんです? ボランティアのようなものですか?」

「それよりももっと、ずっと素晴らしいものです。クレイドルデスゴッドの役職についている者はここにたくさんいます」

 自分以外にもこれに選ばれた者がたくさんいるのだと知った。自分だけではない、と。

 そんなにもたくさんの者がこの役目をしているのだと。


 それでも水奈は嫌だった。ただでさえ人生を辞めたかったというのに、面倒なものを、それもかなりの重大な役目を嫌々やらされる。しかし、やはり拒否権はないようだ。


 これまでただの普通の少女として生きていたのに、そんな役目がとてもできるわけない。


「どちらにせよ。あなたはここへ来てしまった以上、ここから先に行くことはできません。生き返ることも、永遠に眠ることも、あなたはあなたに与えられた役目をやらなくてはならないのです」

 どっちにしろこの冥界のような場所から逃げることはできないのかもしれない。


 ここは言うことを聞くしかない、と諦めた。

 どんなに水奈が嫌がっても、この話を受けるしかないようだ。


 できればあのまま消滅させてほしかった。こんなことをさせられるくらいなら、あのまま眠りについて、何も考えられないようにする方がよかった。


「水奈。不安でしょう。では、あなたのお世話係を呼びます」

 水奈の気持ちよりも、メディウムは話を進めた。

 どうやらもう断ることはできないらしい。


「ファリテ、来なさい」

 メディウムはベルのようなものを鳴らした。


 目の前に突如紺色のローブに身を包んだ少女が現れた。


「はい。お呼びでしょうか」

 どうやらここは瞬間移動といった魔法のような力もあるらしい。


「今日からあなたのお世話係になるファリテよ」

 メディウムは少女を水奈に紹介した。


「よろしく、新入りさん」

 少女は紺色のローブに身を包んでいた。頭には銀色のようなサークレットをつけていた。

 それには蒼い宝石が数個埋め込まれていた。

 そして、手首にはエメラルド色で真珠のような白い宝玉が埋められた細かな模様が刻まれた銀のブレスレットをしている。

髪は黒色で瞳の色も黒で肌色。日本人と同じような見た目である。

だからか、日本人である水奈には少しだけ、馴染める容姿だ。

人間離れしたメディウムと違い、この少女になら親近感は沸く。

年頃は水奈と同じくらいだろうか。背の高さも水奈と同じくらいだ。


「この子もクレイドルデスゴッドなのよ。あなたと同じく選ばれてこの役目をやってるの」

 クレイドルデスゴッドというものは、衣装は独自だが、人としての外観は普通の人間である。

 きっとこのファリテという少女も、水奈と同じようにこうして選ばれてここに来たのだろう。

「これからはこの子があなたに色々お世話をすると思うわ。仲良くしてちょうだい」

 年が近く、見た目と年頃からして親近感は沸くので、水奈はここにもこういった者がいたのだと安心した。自分だけがここでは違和感ある存在だったらどうしようという不安もあった。

 ここにも年が近い同性がいたからか、水奈は少しだけ安心できるような気がした。

「よろしく……お願いします」

 世話をする、ということでこれから世話になるファリテに挨拶をした。

「この子は水奈っていうのよ。早速だけど水奈を部屋に連れて行ってちょうだい。きっと新しい状況で色々戸惑ってると思うわ。まだここに来たばかりだから色々と案内してあげて」

 すでに水奈がここで生活をすること前提化のように、メディウムはそう言った。

「了解しました」

 ファリテはそう言うと、水奈に手を差し出した。


「行きましょう、水奈。まずはここを案内しなきゃ」

 ファリテは水奈の手を引いた。

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