第7話 もう大人にはなれない

 

 雨が降り続ける中、レインコートを身に着けた警察官達が現場検証をしている。


 周囲には一般人が入れないように黄色のテープが張り巡らされている。


 まるでドラマなどで見る事件現場だ。女子高生が一人死亡しているから当然か。


 警察官が話している内容によると、路上が雨でスリップしやすかった為に、運転手がブレーキと誤ってアクセルを踏んでしまい、加速した勢いでガードレールに衝突して歩道に乗り上げたということらしい。


 事故の起きた反対側の歩道では、その現場を見て「何があったのかと」口に出す者、路上走る車の運転手たちもその現場を通り過ぎる度に「事故でもあったのか」と考えたりする。


 そして、原型をとどめない水奈の身体、いや死体は処理されていく。


 そんな様子を、水奈は現場の後ろからぼんやりと眺めていた。


 身体は軽い、死んだ時と同じ服装である学校の制服は身に着けたままだが、鞄も傘も、持っていたものが何もない。


 警察官が現場検証をしている場所に、先ほどまで自分の身体があるのだろう。

 警察官の中には事故の目撃者から証言を集める者もいるが、当の犠牲者である水奈は何も言うことができない。死んでいるのだから、当然口を聞けるわけがない。


 信じられないことが起きたというのに、水奈はどこか達観していた。


 普通の少女ならここで泣き叫んだり、混乱したりするだろう。

 しかし水奈はもう普通の女子高生ではない。死んでしまったのだから。


 そこで、水奈はぼんやりと考えた。

「私がいなくなれば、もうあの二人は喧嘩することもないかも」

 真っ先に考えたのは家族のことだ。両親は自分のことでもめていた。

 学校では地味な生活をしていた。辛い目に遭っても、家に両親がいれば安心できた。

その家族もあの通りだ、自分は二度と幸福にはなれない。


 昨夜は両親とあんな喧嘩をしたのだ、もう許してくれないだろう、と思えた。


「別に、あんな親、もうどうでもいい」


 この状況を受け入れているのか、それとも開き直りなのか、水奈は何も考えたくなかった。


「離婚でもなんでもすればいい。私のこともお荷物だっただろうし、私の将来のこととかそれが負担だっただろうし。私が死んだのならもう学校であの子達とも会う必要もないし」


 ある意味、これでいいとも思えてしまった。

 今日の朝が家族と会える最後だったなのならば、何か話しておけばよかったかもしれないと一瞬思ったが、どうせ死ぬのならば最後にどんな会話をしようが結果は同じだ。

 もうあの家に帰る事は二度とない。それならばこれでもよかったのでは、と。


自分はこれからどうなるのだろうか。


ここで死ぬのならば、もしかして最近のアニメや小説で流行りの異世界転生というものになるのだろうか、と一瞬思ったりもした。


現代日本で死んだ主人公が、異世界へと転生するあれだ。


異世界で転生することで、新しい人生を始める。


 それまでに住んでいた場所とは全く違う世界で転生前の人格を持ちながら、ある意味チート並の能力で、異世界で活躍する。それはそれで楽しいのでは、と。

 しかしあれらは所詮創作物のファンタジーなものである。その作品を見た者がが楽しむ為の。

 もしそうなるのであれば、自分の意識を持ったまま転生なんてしたくなかった。

 こんな嫌な記憶を持ったまま、次の人生を送るなんて嫌だった。

 自分の人格が消えてしまえば、嫌なことも忘れられる。それならば転生よりも、このまま消滅した方がずっとマシだ。全てのしらがみから解放されるのであれば、それもいい。


「せめて、最後は綺麗な姿で死にたかったな」

 事故であんな身体で死ぬよりは、まだ綺麗な形のまま死にたかったかもしれない。

 しかし、どうせ身体の形が残っていたとしても、死んだ命は生き返らない。


「でも、もう少し生きていたかったかもね」

 水奈は最後にそう思った。


「生きていれば、まだいい未来もあったのかな」


 もしも生きていれば、家庭が良い方向になり、以前の幸福に戻れたのかもしれない、学校でもあのいじめが解決したかもしれない、進路だって改めて新しい道を考えられたかもしれない。


 しかし、今になって何を考えても、もう時間は元に戻せない。


「大人にもなりたかったな」


 水奈は退屈な毎日に早く大人になりたいと思っていた。しかしここで死んでしまったのだから、それはもう未来永劫そうなる日は来なくなった。


「でも、これでいいや。もう何も考えなくてもすむんだから」

 水奈の視界は次第に真っ暗になっていった。


 目の前から、自分が死んだ場所である事故現場も、いつも見て来た町並みも、どんどん見えなくなっていく。とうとう最後に家族の姿を見ることもなかった。


 きっとこれが「死」というものなのだろう。自分はこのまま眠りについて、二度と目を覚まさない、と水奈は思った。


 自分の人生がこれで本当に終わるのだと。





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