第6話 もうどこにも行きたくない

 ピピピ……ピピピ……とアラームが鳴る。


 どんなことがあろうとも、朝はやってくる。

 もはや今まで通りの朝ではないような気がした。



 昨晩、両親に怒りをぶちまけた。水奈がこんな状態だろうと、あの二人は離婚の話を進めるかもしれない、どうせもう自分には何もできないのだと、水奈は思った。


 いつもの習慣で、制服には着替える。


 しかし、階段を降りて、洗面所でさっと顔を洗って身だしなみを整えると、両親がいるであろうキッチンには入りたくなかった。

 今日はもう朝食なんてきっと胃が受け付けないだろうと思った。


 何よりも昨日あんなことがあった上で両親と顔を合わせたくない。


 そう思った水奈は、両親に気づかれないように、そっと無言で玄関から家を出た。


 この日は雨が降っていた。

 まるで水奈の心を表したかのように、空はどんよりと曇っていて雨が降り注ぐ。

 水奈がこんな気持ちでも、雨は冷たく降り注ぐ。

 その冷たさは、まさに水奈に対しての世間の冷たさにも感じた。

 水奈は鞄に入っている折り畳み傘をそっと開いた。


 住宅街から表に出ると、たくさんの車が走る路上と、歩道ではこれから仕事や学校へ向かう者で溢れていた。


 雨の中、傘をさし、友人と話しながら学校へ行こうとする学生や、スーツ姿のサラリーマンなど、それぞれはいつも通りに世界は動く。

 通勤・通学中の者たちは誰も今の水奈の気持ちなんて知らない。


 皆それぞれのやるべきことをやっているだけだ。この社会にも水奈の居場所はないと感じた。


 水奈は歩き進めるも、今から学校に行くことも心が痛かった。

 学校に行けば、嫌でも宮田達と同じ教室で過ごすことになる。

 今日も一日何かされないかとびくびくしながら過ごすのだろう

 ましてや今、水奈の家庭が本当に危機になっている状態だと、今こんな精神状態で何かをされたら耐えられない気がする。


 学校に行きたくない。このままさぼってしまおうか?


 しかし、家に帰ればまた現実が襲い掛かって来る。


 先ほど両親には何も言わずに家を出たというのに、その家にまた帰ることができるのか。

「今日は、もう学校にも行きたくないけど、家にも帰りたくないな」

 このままどこかに行ってしまいたい気分だった。


 家にも学校にも、もう居場所がない。

 信じていた家族には裏切られ、学校ではあの待遇だ。


「もう、このままどこか遠くへ行っちゃおうかな」


 そう思うとなんとなく、家とも学校とも反対方向へと足が向いた。


 どこに行けばいいのか、自分はどこに行くつもりなのか、あてはない。


 すると、歩道の上を進んでいたら突然、クラクションの大きな音が鳴り響いた。

 車道で一台のトラックが猛スピードで路上を走る。


 そして、ありえない光景が起きた。


 車が、ガードレールを突き破って凄まじい勢いで、歩道に乗り上げた。


「え……?」

 何が起きたのかを水奈が認識する前に、先ほどまでの穏やかな通学路は状況が変わった。


 そして、水奈の身体は一瞬で車のボンネットの間に消えた。


 水奈はもう二度と家に帰ることはないだろう。


 あの学校に行く必要もなくなるだろう。

 もう、進路に悩む必要もなくなるだろう。

 

 ある意味、これは水奈の願ったことが叶ったのかもしれない。




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