第3話 そんなことは知られたくなかった

 

 それから三日間が経過した。


 家ではそんなことがあっても、水奈は学校では何事もないかのようにいつも通りにしていた。

 変によそよそしいと、家庭事情がうまくいってないことを誰かに知られそうで嫌だからだ。


 ならば学校では平常にしていようということだ。


 父も仕事を探すと言っているのなら、もしかすればまた普通の生活に戻れるのかもしれない、それまでの辛抱だと。



 水奈が教室に入って自分の席に鞄を置くと、数人の女子達が水奈の席に来た。


「ちょっと顔貸しな」

 相手はあの時の宮田と根岸と山村のグループだった。

 どうやら福田はあの一件以降、このグループから外されたらしく、この三人でいることが当たり前になったらしい。

「なんですか?」

「ちょっと話するだけだからさ。いいから来てよ」

 水奈はその誘いに乗るのは嫌だった。何をされるかわからないからだ。


 しかしだからと言って、この場で何かを言われる姿を他の生徒に見られたくない。

 仕方なく、水奈は三人についていった。






「顔を貸せ」と言われて連れていかれたのは女子トイレだった。


 洗面台の前で、三人は水奈を囲む。

 まるであの時、福田にやっていたことのように。


「……なんですか?」


 水奈はこの状況に、おそるおそる何が始まるのかを聞いた。

 雰囲気からして、恐らくいいものではないと予想できたからだ。


「単刀直入に言うけどさ」

 そう言うと、宮田の表情が一瞬にやりとした。


「あんたの家、父親が仕事なくしたんだって? 解雇されたんでしょ?」

 水奈は何か衝撃が走ったような気がした。


「なんで……それを」

 水奈が今一番不安になっていること、それをなぜ同じクラスの女子が知っているのか。

 学校に仲の良い友人がいない水奈はもちろん家庭のことは誰にも喋っていない。教師にすらもだ。ならば同じ学校の者にばれるはずもない、と思っていた。

 それがなぜ、と。


「うちの父親が働いてるとこ、別の会社とやりとりあってさ、最近そこの社員が大勢解雇されたって。そこ、あんたの父親もでしょ? 仕事辞めさせられたってことだよね」

 宮田はその繫がりで水奈の父親のことを知っていたのだ。


 家族のことを言われる、それはプライドが嫌だった。ましてや誰にも話したことのない家庭の事情をこうして仲の良いわけでもないクラスメイトに言われるのはもっと辛い。


「あんたの親が今、職なしとか知ったら、みんなどう思うかな」


 進学校は大学進学できるだけの金銭的な余裕がある家庭の子供が多い。

 水奈の家庭は今、それが危ないということが現実味を増しているのだ。


 そんなことを周囲に知られれば、水奈にとっては追い詰められるようなものだ。

 決して家庭のことなど、学校の者にはこれ以上知られたくない。

「なんで……こんなことするんですか?」

 なぜわざわざ他人の家庭の事情について触れ、人の弱みを握るようなことをするのか。


「わからない? 仕返しだよ、あの時の。あんたのことむかついたから」

 あの時、というのはやはり福田の件のことだろう。

 あの時に水奈が口出ししたことで、それが気に入らなかったのだ。


 だからこそ、こうして人を責めるのだ。あの時、福田にしていたように。


「せいぜい周囲に気を遣わせるようなことをしないことだね。あんたのためを想って言ってるんだよ」

 それは決して親切心ではない、弱者をいたぶっているだけである。


「じゃあね、つっても同じクラスだけどさ」

「行こう」と宮田達は若干笑いながら水奈を置いてトイレから出て行った。

 一連のやりとりから、水奈は恐怖に陥った。


 もしもあのことを周囲にばらされたらどうなるのだろう? 


 あいつの父親は無職だ、などといじられるのかもしれない、下手をすると、自分の家族をバカにされる可能性もある。

 担任教師に相談するべきか? しかしそんなことをして、今後の進路について何か言われたらどうしよう、という不安もある。


「大丈夫……お父さんとお母さんがきっと、なんとかしてくれる。そしたらまた……」


 この状況なのならば、父親が仕事を見つけて再び働くようになれば

 きっと以前のような幸福な家庭に戻れるのだと、信じていた。

 

 

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