第2話 見えてくる不穏

 

 翌日の昼休み、水奈は一人で図書室に行った。


 本好きの水奈はやはり学校の図書室という場所が大好きだ。

 色んな本を読むことができて、なおかつ勉強することもできる。


 これほどまでに学校で自分に合う場所とはなかなかないだろう。


 一人でいることもおかしな目で見られないのである意味教室よりも居心地がいい。


 借りたい本を借りて、図書室を出て教室に戻ろうとしたその時だ。


「あんたのそういう態度が気に入らなかったんだよ」

 階段の傍の廊下の角で、三人の女子生徒が一人の女子を囲み、何やら口争いをしているように見えた。

水奈はその者達を知っていた。同じクラスの宮田、根岸、山村、福田の四人だ。


 クラスでは目立つ集団の女子グループだった。目立つグループなので、水奈も知っている。

いつも四人で一緒に行動している者達が、何かあったのか揉めているようだ。


「うちらのグループに入れてって言ったのはあんたでしょ? それなのにあんなヘマしてくれて、うちらのイメージ下がったらどうしてくれんの?」

「そうだよ。あんたのせいで、あたし達まで巻き添えくらうのごめんだわ」


 どうやらなんらかのトラブルがあって、グループ内の一人である福田を責め立てている。

 それではまるで、いじめのようだ。強者が弱者を攻めている。

 勤勉で真面目な生徒が多い進学校にもこういったことをするものがいるのか、と水奈は思った。


 普段ならこういった他人のトラブルなど、見て見ぬふりをするのがいいだろう。自分には無関係なことに首を突っ込むのはよくないと。


 しかしクラスでは全然話したことがない者達だが、クラスメイトということもあり、ほっとけなかった。自分には関係ない、と思うよりも先に身体が動いた。

 こういうものもあとで教師に伝えた方がいいのかもしれないが、まずはこの場をどうにかしなくては、と。

 水奈の足はそのグループへと進んでいった。


「あの……」

 水奈は勇気を出して、四人に話しかけた。


「何よ、あんた」

 人が話しているところに、いきなり別の誰かが突っ込んできたことに、リーダー格である宮田が不満そうに話した。


「何があったのかはわかりませんが、そういうの、あまりいいことじゃないと思います」

「口出ししないでよ。あんたには関係ないでしょ」

「あんたうちのクラスのやつじゃん。しゃべったこともないけど、こういう時だけ話すわけ?」

 三人の威圧にも負けずと水奈は自分の意見を言った。


「一人を複数で攻めるなんて弱者をいたぶってるようにも見えると思います」

 この状況ではまるで、弱いものいじめと同じである。人として最低の行為だ。


「あんたクラスに仲良い子とかいるわけじゃないでしょ? こういうのあんたみたいなやつにわかるわけないじゃん。友達もいないくせに、偽善者気取りかよ」

 宮田は水奈について、本当のことだからと威圧的に言った。

「友達いないから、こういうのもわかんないだね。余計なことだけは口出しするんだ。そういうのうざい。だからあんたなんて友達いないのよ」

 本当のこととはいえ、それを何度も連呼されるのは水奈にとっても苛立ちはあった。


 水奈はそのことを気にしてないとはいえ、それをまるでネタにして笑われるようなものはプライド的に嫌だった。


「行こう。口出しされてもう面倒になった。相手にするのも馬鹿らしいし」

 そう言い残すと、女子グループたちは去っていった。


 その場には水奈と、標的になっていた福田だけが残された。

「大丈夫ですか?」

 ろくに話したこともない相手だが、こういった状況な以上無視もできなかった。


 しかし、福田はばつの悪そうな顔をすると水奈を睨みつけた。


「別に……あんたに助けてほしいなんて頼んだ覚えはないけど?」

 助けたというのに、福田は感謝の気持ちも一切なかった。


「助けたいとかじゃなくて、あれは見逃せなかったからです」

「ふん、あんたもあの子らが言ってたみたいに、偽善者ぶりだね」

 やはり福田もあの三人と同じように、とげとげしい態度だ。こんな態度だから先ほどはあんなもめ事になっていたのではないかとすら思える。


「バカだねあんた。あの子らに目つけられたのかもしれないよ。どうなっても知らないから」

 福田はそう言うと、その場から立ち去って行った。


 あれは忠告のつもりなのだろうか。とても親切心には見えない。まるでイラつきを吐き捨てたようにも見えてしまう。しかし元々友達のいない水奈はあまり気にしなかった。

 目をつけられたとしても、どうせ仲間外れにするような友人もいないのだから。



 あれから、午後の授業は少しだけそのことを気にしてもいた。

 放課後になり、下校しようとすると、今日は学校でそんなこともあったが、水奈はもう終わったことだから、と割り切ろうとしていた。

 家に帰れば大好きな父と母がいる、二人がいれば、水奈はどんなことにも耐えられる。



「ただいまー」

 水奈が家に帰ると、キッチンに電気がついていた。


 いつもはこの家に、学校が終わってすぐに帰る水奈が一番早く家にいる。

 その為に家の中は真っ暗なはずだった。

 しかし、電気がついているということは、誰かがすでに帰っているということだ。


 両親が辛辣な表情でテーブルの椅子に座っていた。

「あれ、二人とも帰ってたの? 今日は早いね」


 二人はいつもの笑顔とは程遠い。まるで何か大変なことが起きたかのように沈黙していた。


「どうしたの?」

 重い空気が漂うこれは一体どうしたことか。水奈はこの状況が読めなかった。

「水奈、そこに座りなさい」

 そう言われ、この空気の中、椅子に座らされた。

 まるで家族会議になるレベルの事な話があるかのような。


 先日の水奈の進路についてだろうか? そのことで大事な話でもあるのだろうか、と思った。


 そして、父親が単刀直入に本題を言った。


「お父さんな、仕事辞めることになったんだ」

 父は真剣な顔で、そう告げた。

「えっ」

 水奈は驚きの声を挙げた。


 いつも仕事熱心な父が、仕事をやめる? しかもこんないきなり? と。


「説明するとな、お父さんの会社が他社とトラブルを起こして、営業不振で社員が全員解雇になったんだ。だからお父さんも、仕事を辞めさせられたんだ」

「そんな……」

 信じられなかった。


 父親は昔から仕事熱心で、真面目で、周囲から信頼を集めていた。


 その父親が、職を失う? そんなバカな、と。


 三人の間に沈黙が流れた。一家の大黒柱が仕事を失うとなると、この家はどうなるのか。


「しばらくはお母さんの稼ぎでなんとかなるから。その間にお父さんは仕事を探すそうよ」


 これまで熱心にやってきた職を失い、今になって再就職などできるのだろうか。

 しばらくは母の稼ぎでなんとかなると言っても、それはずっとではないだろう。


「というわけで、みんなを巻き込むことになってごめん。すぐに仕事始められるように、なんとか頑張るから」

 そう言って、この日の家族会議は終わったが、食事の時も三人はろくに話もしなかった。


 今後の家庭に関わる問題なのだから、それは気楽にはなれない。


 水奈は所詮高校生とは保護者に養われている身なのでここでなんとかできるものではない。

 親が職を失えば、家庭そのものにも子供にも影響は出る。これからどうなるのか。

 そんな不安が見えてきた。


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